「なんだか、変な感じだね」
照れくさそうにリッキーが言う。
「メリィって呼ぶの、慣れないや」
メリィもまた、照れくさそうに微笑んだ。
「好きに呼んでくれたら良いよ。リッキーの呼びやすいように」
「でも、やっぱりメリィって呼ばなきゃいけない気がするよ」
その言葉に、メリィは否定も肯定もしなかった。
もう、時間は止められないから。
自分がメリィという人間だという事を、自覚して生きなくては。
逃げるわけには行かないのだから。
「メリィはこれからどうするの?」
「私は・・・とりあえず修行かな。
自分に与えられたこの力を、意味のあることにしたいから」
「そっか。おれももっと修行するよ。ガイドを雇うなら俺だっていわれるくらい」
ニ人は、お互いを見ながらしっかりと頷いた。
メリィの顔には、もう大きな眼帯はない。
刻まれたペンタグラムが消滅しているそのことが、彼女の誠の人生が始まったことを表しているかのようだった。
「リッキー、手を出して」
さして疑問をもった風もなく、リッキーは素直に利き手を差し出した。
そこに、メリィは小さな袋を乗せた。
エルンストから手渡されたものだった。
必要分だけ使わせてもらったから少し減ってはいるが、まだ充分に残っているそれを、メリィは黙ってもらっておく気にはなれなかった。
エルンストから譲り受けたライネルは、少年の家に置き去りにしてきたから、これでようやく貸し借りなしだ。
どのみち乗獣は、もう自分には必要ない。
「これは?」
「エルンストさんに渡してもらえば分かるよ」
「そう・・・」
リッキーはそう言って、腰元の小物入れにしまいこんだ。
「もういいかい」
若人ニ人の会話を見守っていたロードライトが、きりの良いところで口をはさんだ。
別れは名残惜しいものだが、いつまでもこうしてはいられない。
ニ人は同時に頷いた。
「じゃあ、またね。きっとまた会おうね!」
リッキーは笑顔でそう言った。
そうだ、今生の別れではない。
またいつかの再会を心待ちにして。
「うん、きっと」
光の軌跡が少年を包む。
振り下ろされんとする杖の向こうに向かって手を振った。
うっすらと、透けて行くその頬に、光が乱反射したように感じた。
リッキーらしい。
そして、少年はあるべき場所へと帰って行った。
「さぁ、修行だよ」
ロードライトのいつもと変わらないその言葉にただ頷いて、メリィは空を見上げた。
太陽は光差し、雲は流れ行く。
大気は世界を吹き抜け、大地は静かに佇んでいる。
そこに生かされている。
それだけが、己に与えられたもの。
全ては、ただそれだけのこと。
--完--
前へ