「覚醒したのか・・・」
「それによって影響はないのか」
「いや、それよりも対策を考えなくては」
「あの力・・・未知数で影響がはかりしれない・・・」
「今のところ親族が2名死亡していることが報告されております」
「先だって北の海岸でバルデアスが凍結処理を」
「まだ凍結で収まるか」
最後のセリフが初老の男の口から発せられ、その視線が妙齢の女に注がれる。
けだるそうに、女は口を開く。
「今の所は・・・」
女の視線は円卓を一周した。
どいつもこいつも、雁首を並べて己の保身に余念がない。
ご苦労な事だ。
その腐りきった呼気に、吐き気がする。
だが、女のその能面のような表情はピクリとも動かない。
そんな素直さは、とうの昔に捨て去っている。
腐敗した男の頤が動く。
「事故の混乱から記憶を喪失しているとバルデアスが言うので、刑の執行を猶予していたがそうも言っていられまい」
「起こるべくして起こったにしても、責任は負うべきだ」
女は内心あざ笑う。
何をそんなに恐れているのだ。自分達が焼かれるとでも思っているのか。
「母親の育児放棄及び虐待の事実を考慮し、翼骨を封印するということでよろしいか」
内部監査で断罪が確定した者に量刑を科す役を担っている男が、原則に則った刑を提示する。
あくまで、元老院側だけの理論だが。
女はまたも内心であざ笑う。
虐待の末の出来事に、責任を取らせる法などあって良いものか。
罪をこじつけて、自分達のご都合主義で刑を科している。
罰せられるべきは己達だと気付かない愚か者共が。
それでお前達が化け物と恐れる者の手足をもいだつもりか。
「バルデアス、異存はあるまいな」
その存在を確認しておよそ十五年。
丁度彼女が異例人事で元老院入りを果たした頃だったろうか。
けして大きくはない国土の外れで、原因不明の不審火が立て続けに起こった。
調査をするうちに、火憑きと呼ばれる幼女を確認する。
不審火を起こしたのは状況、目撃証言を含めてその幼女と断定された。
「ございません」
当時の議会は紛糾した。
幼女を巡導師養成学校に入学させ、その監視下に置いて養育する。
あるいは幼女を処刑する。
あるいは一生涯軟禁する、などの元老院の身勝手な安全策が検討されたが、そのどれもが実現しなかった。
監視下に置いておきたい、あわよくば始末してしまいたい、という思惑はあるが、そのどれもに予測不可能な事態への責任の所在が明らかにならなかったからだ。
結局、元老院入り数ヶ月の下っ端に問題を押し付ける形で議会は終了した。
それ以来、彼女は幼女の成長を陰から監視しつづけた。
ギリギリの線で命を繋ぎとめておけるよう。
それが、女にできる精一杯のことだったからだ。
けれど、あのとき国の手厚い保護を受けていれば、もっと違った未来が与えられていたのではないかと彼女は思う。
否、結局は元老院の思惑に翻弄されるのなら、どちらも茨の道か。
「では、半月後の新月の曜日正午に刑を執行する。本日の議会は以上」
木乃伊たちが三々五々部屋を出て行く。
女はそれを凝視しながら見送った。
一番末席のものが最後に部屋を出るというのが慣例だからだ。
最後の者が部屋をでてから一呼吸の後。
「くそくらえだ、そんなもの」
吸い込んだ腐敗臭を吐き捨てるように呟いた。
女はためらうように扉の前で手を止め、逡巡したのち木戸を数度叩く。
扉の内側から
「お入り」
と返答があった。
それに従って扉を開ける。
「久しいな、フロウ」
簡素なローブを身に纏い、真っ白な髪に枯れた肌を持つ古木のような老人が一人。
後ろ手に扉を閉めてから、軽く一礼した。
「かたっ苦しいのはナシだといつも言うておるのに」
「そうもいきません、ディアマンテ様」
ホクホクと頬を緩めるこの翁こそが、現セルジアンゼル法国王ディアマンテ13世である。また、フロウと呼ばれた女の師でもある。
「だーれも見ておらぬのに、真面目じゃの」
「どこかに間者がおるやもしれません」
そう言って、フロウはにやりとほくそ笑んだ。
はははと翁は声をあげた。
「ここに限ってはそれもあるまいよ」
わしもそこまでモウロクしとらんわい、と拗ねたように小さく続く。
「ご用向けは・・・」
「翼骨を封印する事に決まったらしいの」
「・・・はい」
こういう報告だけは本当に早い。
緊急事態でない限り、法王が元老院の議会に出席することはない。
法王の元へは様々な報告があるのみで、政治には関与しない。
それがこの国の政治のあり方だ。
議会の意見が2つ、もしくはそれ以上に割れたとき、その調停役を務め、事の正否を外側から意見するのが立場的な主な仕事で、それ以外は対外的な外交などの仕事が多い。
但し、傀儡政治なのではなく、その発言には圧倒的な影響力がある。
だからこそ、よほどのことでない限りは口出ししないのだ。表向きは。
翁がまだ元老院の一員であったとき、時の法王=12世である=が急逝し、法王就任にあたって欠員補充人事に至った際、慣例を無視し、数々の異論を一蹴してこの懐刀のフロウをねじこんだ。
その結果が、通常ではありえないフロウの元老院入りだった。
「名をメリィと言ったか」
「はい」
「刑の執行後、わしが預かろう」
フロウは目を見開いた。
願ってもないことだった。
刑執行と合わせたように、直後から南方諸国への巡導が決まっている。
執行後の不安定な時期についていてやれないから、どうするべきか策を練っていたところだった。
師に預かってもらえるのなら、安心して巣を空けられる。
「よろしくお願い致します」
そう言って、フロウは深々と頭を下げた。
「孫弟子鍛える良い機会じゃ」
フロウの真紅の瞳を覗き込みながら、翁はやんわりと微笑んだ。
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