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category第2章

1・故郷

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 エルンストから手渡されたライネルに自分の荷物をつみ、メリロは家の前でリッキーを待っていた。
 短い付き合いだったが、なんとなく憎めない感じだった相棒は、エルンストが引き取ると言った。
 高額なほうと交換したのでメリロに損ないのだが、なんとなく寂しい気がする。
 なんでも、リッキーの姉のビアンカが使うのに丁度いいとかで、エルンストにも損はないらしい。
 どのみち自分はもうこの町を出ることはないから、とも。
 ついに姿を見ることはできなかったリッキーの母の看病があるからだろう。
 あるいは、砂漠を渡ることができぬほどに、己もまた病が進行しているのかも知れないが。
 いずれにせよ、お互いが良いのならメリロに文句はなかった。
 起きたのが意外にも早かったのか、まだ昼にはいたっていない。
 しかし出発がこのまま長引けば、街を出るのは明日にしたほうがいいかもしれない。
 ここへくる前の二の舞になりかねないのだから。
 小さなガイドは一向に姿を見せる気配がない。
 先に旅の必需品などを買い揃えようかと逡巡していると、扉が開く音が聞こえた。
「もう二度と帰ってこないよ!」
 中で何があったのか分からないが、リッキーは捨て台詞をはいている。
 間違いなくエルンストに対してだろう。父親は徹底的にやる気らしい。
 これでは、勘当というよりは、家出に近い。
 なんと言えば良いのかわからず、呆然とそれを眺めていると、皮の外套を着込んだリッキーの後ろ姿をようやく確認することができた。
 家の中から荷物を街路に向かって投げている。
 どうやら持って行く荷物らしい。
 二つ三つ投げつけると、そのまま扉は壊れるかという勢いで閉まった。
「怒ってるなー・・リッキー」
 おもわず呟かずにはいられない。
 程なくして、家の裏手からライネルと、砂トカゲを引いて現れた。
 そしてそのままメリロの方まで歩いてきて、言いにくそうに口を開く。
「さっきはごめん」
 うつむいて話すリッキーの目元が、少し赤くなっているように感じた。
 小さな声で述べた後、街路に撒いている荷物を回収する。
 それをライネルの背にくくりつけていく。
 メリロに背を向けたまま、リッキーはまた小さな声で呟いた。
「姉ちゃんとこにこいつ連れて行けって。勘当したくせに用事は頼むのな」
 どうやら先ほどはこのことについての議論をしていたのか。
 リッキーにすれば最後まで用事を言いつけられて面白くないらしいが、それはエルンストの心遣いに違いない。
 今会っておかなくては、再会するのはずっと先になるであろうから。
 
 二人はリッキーの姉の家に行く道すがら、旅の必需品を買い込んで行く。
 もちろん勘定はメリロ持ちだ。
 昨夜大盤振る舞いした乾燥肉の足らずを買い足し、乾燥パンも同じ店で。こちらは人間用だ。
 三軒隣の酒屋で水袋を五つずつ。
 普通の水をただ皮袋に詰めただけのものでは、旅の途中で腐ってしまい飲めなくなるので、旅人が買うのは呪がかけられているものだ。
 旅の必需品だから、割に安価で売っている。
 それと、度数の高い酒の小瓶を一つ。飲むためではない。
 火をつければ燃えるし、傷につければ消毒になる。いろいろと使いでがあるのだ。
「あとは・・・餌と、果実の砂糖漬けだな・・・」
「ライネルは肉食わないよ、メリロ。ドゥードゥーの穂が好きなんだ」
 ドゥードゥーとは麦の穂がふさふさしてやわらかくなったような穀物だ。
 乾燥して煎ってあり、袋に目一杯詰め込まれたものが、乗獣の餌として売られている。
 砂漠のような乾燥した地域でもよく育ち、その穂は栄養が豊富に含まれているため重宝するが、味がいまひとつなため、好んで食すのは乗獣くらいのものだ。
 こちらもわりと安価で手に入る。
 かさばるのが少々難だが。
 穀物屋の前でメリロがいくつ買おうかと悩んでいると、小さなガイドは二つあれば十分だと再びアドバイスをくれた。
 一つずつ荷物に加えると、残りは果実の砂糖漬けだけになった。
「姉ちゃんとこ、漬物屋だから」
 そう言って、リッキーは二頭といっしょに歩いて行く。
 ついでに買えるなら手間が省けて良い。
 メリロはリッキーの後をついて行った。
 しばらく歩いていくと、商店街のはずれに差し掛かったところにそれはあった。
 小さな小さな店だ。しかし店の扉は開け放たれ、何人かの人影が見える。
 繁盛しているようだ。
「アリガトね~、また来て」
 店の中から愛想の良い若々しい声が聞こえて、年配の女性が出てきた。
 馴染みの客なのか、籠を持った女性は笑顔で帰って行った。
「姉ちゃん」
 店の中をうかがいながら、リッキーが姉を呼んでいる。
 客に、待つように、と先ほどの声が言って、程なくして若い女性が中から出てきた。
「どうかしたの、リッキー」
 優しそうな表情の、かわいらしい女性だった。
 リッキーと同じで、この女性もアシュヴァンの血が濃い。
「これ、父ちゃんが姉ちゃんにって」
「砂トカゲじゃない、助かるけどどうして?」
 不思議そうにする姉に、リッキーが小声でなにやら説明している。
 長くなりそうな気配を感じたのか、なかの客が出てくる。
 赤い果実の砂糖漬けの瓶を掲げながら
「ビアンカちゃんいつものもらって行くわね。御代は置いといたから」
 こちらも馴染みの客なのか、そう告げて帰って行く。
「ごめんね、セレノさん。アリガトね!」
 女性の後ろ姿に叫んで、また弟の話に耳を傾ける。
 ひとしきり説明し終えたのか、話し声がやんだ。
 ビアンカは何も言わずにリッキーの頭に軽いゲンコツを入れた。
「怒られるの分かってたでしょうに」
 諭すでもなくそう呟いて、メリロに視線を向けた。
 そのままメリロに向かい、深深と頭を下げる。
「この子の姉のビアンカと申します。父から話は聞いています。どうぞ中へ」
 メリロ達が起きだす前に話はつけていたらしい。
 やはりエルンストは侮れない。
 舌をまいてうなっていると、いつのまにか砂トカゲとビアンカは消えていた。
 二匹を店の前につないだ後、リッキーとメリロは店の中に入る。
 小さなカウンターがあり、その中に色とりどりの果実漬けの瓶が所狭しと並べられていた。
 その外側にもいくつか棚があり、そちらには小瓶が種類ごとにバランスよく同じ形に積まれている。
 赤い果実の一山の一番上が、一つだけ不自然にないので、先ほどの客が買って行ったのはその分だったとわかる。
 告げていた通り、その代金と思われる300シルバ(1バルク=1000シルバ)がカウンターの上に置かれていた。
 所在無くメリロがそれらを眺めていると、カウンターの奥にある扉からビアンカが現れた。
「なんで、しってんの?」
 間髪いれずにリッキーがビアンカにたずねる。
「今日の仕込みの時間に父さんが来たのよ。あんたの様子がおかしいから、多分家を出すことになるだろうって」
 カウンターの上の売上を、呪のかかった引出しの中にしまいながら話す。
「詳しいことは聞かなかったけど、難しい顔してたわ」
 ビアンカの表情も若干難しい。
「いっしょに帰ってきた旅の方が、信用できそうだから頼んでみるって。
 あなたが父さんの話していた人だったんですね」
「信用できるかどうか分かりませんが・・・リッキーのことを引き受けました。
メリロといいます」 
 そう言ってメリロはビアンカに頭を下げる。
「父さんの人を見る目は確かだわ。だから私が思うことは何もないわ」
 頭を上げると、ビアンカが笑いかけている。
 リッキーをみると、若干不服そうにしている。
「姉ちゃんがさびしいだろうと思って、しょうがなく親父の用事を引き受けてやったんだ」
「あら、そうお?」
 さびしいのをこらえているのだろう。
 親父、と言うあたりがリッキーの強がりなのか、今までは使わなかった言葉を使っている。
「それはどうもアリガト」
 ビアンカは片目を瞑ってリッキーに礼を述べた。
 エルンストの配慮が功をそうしてか、姉弟のしばしの別れの挨拶はうまくいったようだ。
 乾燥木苺の蜜漬けと檸檬の砂糖漬けを一瓶づつ手に入れ、二人はビアンカの店を出た。
 しばし食い下がったが、結局ビアンカが代金を受け取らなかったので、餞別代りにもらうことになってしまった。
「リッキー」
 歩き出そうとするリッキーをビアンカが呼び止める。
「あんたの帰ってくるところはここよ。
 ・・・・ここは故郷(ふるさと)なんだから」
 ビアンカの言葉に、背を向けたままただ頷いて、少年は歩き出した。
 その背中が小さく震えている。
 泣いている、とメリロは思った。
 後ろ髪惹かれる想いでメリロが彼の姉に視線を送ると、彼女は深く礼をした。
 表情は見ることができないが、弟をよろしく、と言われているような気がする。
 少年の家族はこんなにも彼を愛している。
 愛すべき家族が待つ場所。それこそが全て。
 少年にとっての世界の全て。
 だからこそ・・・その場所は故郷というのだろう。



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