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category外伝

ルチルレイン(前編)

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一話完結にしようと思ったのですが、ちょっと長くなりそうなので2回に分ける事にします。
今上がってる分だけとりあえず掲載します。

で、今回の外伝については、本編(三部)には全然絡んできません。というか、本編読んでなくても支障ありません。読んでも読まなくてもというものなので、気が向かれたら気軽に読んでやって下さい。

このルチルレインはレザン先生の少年記になります。久しぶりの掲載がじじいかよ、という気がしないでもないですが。そこはぴっちぴちの少年なのでお許しを(笑)。

では、ごゆるりとー。
◆外伝◆   ルチルレイン

 

 早朝の森には霧が立ち込めていた。
 しっとりと水分を含んだ腐葉土を踏みしめながら、少年は迷いのない足取りで進んでゆく。踏み下ろした場所から、ぐじゅ、ぐじゅ、と水が染み出しては戻る。
 肌にまとわりつくような大気が、少年の赤み掛った薄茶の緩やかな癖のある髪を湿らせている。
 季節は夏でも、山の朝は寒い。やや丈が短めの枯草色の外套をしっかりと着込んではいるものの、足元から差し込んで来る冷気が小さな体から熱を奪ってゆく。
 少年は寒気に少しだけ背中を震わせながら、朝露に煙る新緑の木陰を進んだ。
 しばらくそうして歩き馴れた道を行けば、目的だった場所が見えて来る。
 そこから数歩を運んだ所で、少年はとっさに足を止めた。
 白い靄の奥で何かが蠢いた気がして、眼を細めて凝視する。
 山に生きる獣かと思ったが、そもそも彼らは感覚が鋭い。人の気配には殊更敏感だから、足音と匂いを察知してめったなことでは近付いて来ない。それでもなお人の前に出てこようなどという獰猛な種はこの辺りを縄張りにしてはいなから、ひょっとしたら傷を負った獣かもしれない、と思ってそろりと足を動かした。
 じりじりと歩数を七つ数えたところで、今度は大きく眼を見開いた。
 そこに、男が立っていたからだ。もちろん、村の者ではないし、見知った顔でもない。
 こんな辺境の山奥に、軽装で登って来る者が居ようなどとは思ってもみなかった。
 呆然と立ちつくす少年に気付いたか、男は振り返って驚いたような表情を浮かべた。
「おや、こんな朝早くに働き者だね」
 気安い風に言うその男は父母と頃合いが同じくらいだろうか。柔和に笑ったその男の肌は、村では出会う事のない白さだった。
 領主の奥方の肌が、こんな色をしているだろうか。もっとも、貴人を目にした事などないのだけれど。
「あんたは、何をしているの」
「私かい? 私は、ハジという薬草を探しているのだがね。・・・知っているかい?」
 この辺りの野草の事なら大体は分かっているつもりの少年だが、その名に聞き覚えはなかった。そもそも、名もない物の方が多いのだから。
「それ、どんな形?」
「大きさは手のひらくらいでね。丸っこくて先端が少し尖っている。青緑の中に走る脈は太くて白い。葉の裏側も白いかな」
 男は、どうだいと尋ねるように眉をあげた。見上げる形になって覗き込んだ男の瞳は橙茶だった。
「それなら、ここじゃなくてもう少し奥だよ」
 少年はそう言って歩き出す。村の者でなくては分らないような場所に生えている野草だ。
 どうせ案内せねばならないだろうと思って歩き出したが、男は歩き出す気配を見せない。
 連れて行ってやると言わなければわからないのだ。育ちが良いらしい。
 少年は薄く笑いながら振り返った。
「早く、置いてくよ」
 すぐには分らなかったのか、男は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
 そんな彼に構うことなく、本気で置いて行くとばかりにずくずくと腐葉土を圧縮したところで、慌てて動き出す気配を感じた。
 じゃぐ、じゃぐ、とやや大きな足音が後ろから聞こえてきて、あっという間に男は追いついて来た。そして己のすぐ後ろをついてくる。
「ありがとう、助かるよ。私はジョエル。ジョエル=フォンテ。君は?」
―――やっぱり。
「レザン・・・家名なんて御大層なもんはない」
 ぶっきらぼうに返しながら、少年は内心で自分の予想が当たっていた事に頷く。
 ここ、コルテ山はセロシノハン国の自治領である。その頂に程近い山奥にあるのどかな寒村――スピング村が少年の住まう村だ。だが、自治権をもつセロシノハンからは見捨てられて久しい。
 山には旨みのある鉱脈など存在せず、税を徴収しようにも冬場は厚い雪に覆われる。ほぼ自給自足で生活する世帯数三十にも満たない村を統治するには、はっきり言って無駄の方が多い。納税と兵役の義務を負わせる代わりに、教育と医療の面倒を見てやらねばならない。仮に強制的に納税のみを負わせても、税として徴収できる作物などたかが知れている。
 手間と利を天秤にかけて旨味の少ない土地なれば、領土の境界を示す為だけに存在していれば良いのだ。
 自治領である事を認める代わりに、互いに不可侵を貫いてもう幾世期もたつ。
 そんな調子だから、コルテ山でのみ生活するスピング村の住民達には家名など必要がない。個人を特定するのには名だけで十分なのだ。
 もっと麓の方の村であっても、状況はさして変わらないだろう。せいぜい、名の前に羊飼いだとか麦作り、はたまた鍛冶(たんや)などの業名(なりわいな)がつく程度だ。女子供に至ってはだれそれの嫁やら、どこそこの子と呼ばれる。
 それを思えば、後ろを行く男が家名を持っているのがわかっただけで、育ちが知れようというものだ。少なくとも、人の多い都市部からの来訪者である事は間違いがない。
「ところで、君の仕事は良かったのかい? 私に付き合っていて怒られたりしないのかい?」
 気遣う様に言う男の言葉に、笑む。その、どこまでも純粋な人の好さに。
 もちろん、そこに行くことが無駄にならぬからなのであって、わざわざ男を導く事のみに目指すのではないのだから。
「どうせついでだから」
「ついで?」
「うん。おいらの欲しい野草もそこに生えてるんだ」
 どのみち、先ほどの場所での採集後に移動するつもりだったのだ。先に行くか後に行くかの違いなどさして手間でもない。
 昨日から妹が関節の痛みを訴えている。病気なのではなく単なる成長痛なのだが、それでも当人にとっては骨が軋む様に痛むのだからかわいそうだ。
 レザンにも身に覚えがあるが、あれは本当に痛い。
 山の野草を数種類一緒に煎じて作る鎮痛剤は、妙な副作用もなくて身体が楽になるので、重宝している。
 と言っても、両親に見つかったら怒られるので、こうして早朝に出てきたのだ。
 山の野草を調合している事は、レザンと妹だけの秘密だった。
「へえ・・・珍しい。君の村には香薬師がいるんだね。いや、辺境の地とはいえ大したものだ。土地に根付いた古来よりの知恵、というやつか」
 ジョエルは何やら勝手に村の大人の使いだと勘違いしているようだが、それに関しては言うに任せておいた。万が一にもこれ以上厄介事は増やしたくない。それに、否定していないが嘘はついていない。どう受け取るかは個人の自由なのだから。
 しばらく会話せぬまま歩き続ける。後ろに続くジョエルも顔の見えぬ相手には話しかけにくいのか、それ以上口を開くことはなかった。
 やがて、山道の途中でレザンは立ち止まる。そこでようやく少年は振り返って男を見上げた。
「この下だよ」
 告げられた男は、興味深そうにそこを覗き込んだ。
 男の視線の先には、道などない急斜面が続いている。乱立する樹木の射影に、こんもりと堆積された落ち葉の枯れ色が濃縮している。
 踏み込んだら、足が沈んで行きそうなくらいだ。
「滑りそうだね」
 行くことを躊躇っているのかと再びジョエルを見上げると、その言葉とは裏腹にうっすらと笑みを浮かべている。
 自信があるのかそれとも単なる向こう見ずなのかは分らないが、怖がられるよりは余程良いかとあきれつつ足元を見下ろすと、何気なく男のつま先が瞳に映った。
 綺麗な光沢がある鞣革(なめしがわ)の靴が、盛大に汚れている。水分を含んだ部分は濃い色に変色してしまっていた。
 それをみて、レザンは彼に対して少し気の毒な気持ちになった。
 スピング村は寒村だが、外部との交流を全て遮断しているわけではない。自給自足に近い生活をしていても、やはり山の恵みだけでは賄えないものもあるのだ。たとえば塩、香辛料、綿織物、鍛造品、革細工などだ。
 それらのものは年に二回――春先と秋口に行商人がやってくる事で賄われている。
 その中でも革靴は特に高価なものだ。住環境に合わせて常に取引されているのは男のもののように革が柔らかそうで洒落たものではなく、頑丈なだけが取り柄の無骨で底の厚いブーツが多いが、それだって結構な値がする。どれくらい高価かというと、穴が空いても樹脂で補修して底が抜けるまで履くし、子供の場合は家族以外のものでもお下がりを順々に回して行く程なのだ。
 一見して高価そうな革靴。斜面を下る事になればこれ以上に汚れる事は容易に想像できる。
 それに、山の生活に慣れた己ならばともかく、男が怪我をせずに下りる事が出来るかも疑問だ。
 仕方がない―――
「あんたはここにいて。おいらが採ってくるから」
 レザンの言葉に、ジョエルは一瞬びっくりした顔をして、またすぐに相貌を崩して笑う。
 彼は少年の柔らかい癖毛の上に大きな手を置いた。
「ありがとう。でも、心配はいらないよ」
 男はそう言ってレザンの頭から手を外し、そのまま少年の目の前に差し出す。
 いぶかしむ様に見上げると、男は尚も子供のように楽しそうに笑いながら、「早く」と急かした。
 訳が分らないが、そうしていても始まらないので、彼はしぶしぶ男の手に小さなそれを重ねた。
 力強く握り返されたジョエルの白い手はほんのりと暖かく、骨ばっていて若干柔らかかった。父母の硬くなった手とはあまりにも異なっている。
 やはり、高い身分なのに違いなかった。
「底まで降りれば良いんだね?」
 確認するように尋ねる声に、黙って首を縦に振る。
 男はそれに頷いて、空いた方の手で上着の内側から細長い棒のようなものを取り出した。
 何をするのかと少年が硬い表情で見つめる先で、それは光を発しながら優雅に舞う。青白い光は大気に留まって、星の形を成した。
『ファム ナ ヘ』
 星が弾けるのと、男の声が重なったのは同時だった。
 散り散りになった星がきらめきながら二人の身体にまとわりついてゆくのを、少年は声を無くして見ていた。
 そして、ふわりと身体が宙に浮く。
 驚愕して傍らを見上げると、そこにはいたずらが成功した子供のような表情の男。重力に逆らって彼の栗色の髪が揺れている。
 その一筋にまでまとわりついた光―――否、正確には細かな記号の群れ。
 視覚では落ちている感はあるのに、何の抵抗も感じられない。
 視角に流れてゆく景色をぼんやりと見送り続けると、程なく両足が柔らかな大地を捉える。
 ゆるやかに過ぎ去った時間も、実際には刹那の事でしかないのだろう。
 レザンはしばらく自失していた。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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