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category外伝

ルチルレイン(後編)

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「大丈夫かい?」
 心配そうに覗き込んでくるジョエルの声で我に返る。
「あ・・・大丈夫。それよりも、あんたは何者?」
「私は呪術師だよ。呪術を使う事を生業としている」
 レザンはジョエルの言葉が理解できなかった。初めて耳にした言葉だったからだ。
「じゅじゅつ?」
 小さく首を傾げながら、呟く。
 少年のその様子を馬鹿にした風もなく微笑んで、男は「私が使った技の事だよ」と穏やかに返した。
 レザンは得心して頷いた。魔法の事だ。
「じゃ、このきらきら光る記号みたいなのが呪術なんだね」
 眼を彷徨わせて男の周囲に取り巻く光の残滓を追いながら言う。
 それを聞いたジョエルは大きく瞳を見開いた。
「君は構成語が視えているのか?!」
 興奮したように叫んで、少年の両肩にやや乱暴に手を掛ける。
 レザンはそれに驚いて、若干の怯えを刷きながら半歩後退った。
 彼のその様子に我に返り、男は恥じ入る様に手を離す。
「あ・・・や、すまない。少し、びっくりしてしまって」
 まだ恐怖感が拭えないのか、子供は硬い表情で物言わず顎を引いた。
「君は、きっと百年に一人いるかどうかという逸材だよ。ほとんどの人はね、君のようには視えないんだ」
 呪術の構成要素が、帯状の古代語の羅列となって視覚で認識できる者が稀にいる。体質なのかそれとも素質なのかはわからないが、彼らは総じて呪力の濃度が濃い傾向にあった。
 呪術師として生きるならばこれ以上はない程の才能になるが、それに気付かずに生きれば変人、または超人として扱われる事が多い。
 人には透えぬ(みえぬ)ものを見、不可思議な現象を本能で察知し、天候を聴くからだと言われている。それらの真偽は別として、少数派である事に変わりはない。
「・・・私の弟子にならないかい?」
 ジョエルの言葉に、レザンは俯いて唇を噛んだ。
 うかうかと失敗をした自分が腹立たしかった。
「おいらは・・・皆と一緒に暮らしたいから」
 動揺を抑えきれぬまま、ただそれだけを告げる。
 瞳に映るのは大地への糧ばかり。その軟らかな茶色に穴を穿たんという程に見つめながら身を固くする。
 人の良さそうな男の事だ、己をだます為に言っている事ではないのだろう。人攫い、あるいは人買いなどという下種な生業を持つ者も世の中にはいるようだが、彼はそのような悪人には見えない。少なくとも、こんな所へ来てまでそのような事をする価値がないように思える。
 自分以外の者には透えぬものがあるのだという事は、以前から薄々気がついてはいた。
 だが、それが必ずしも他者に好意を持って受け入れられるのではない事も解っていた。
 だからこそ、それに気付かれる事がないように注意していたつもりだった。すべては、大切な家族のため。そして、閉鎖的な村で生きるため。
「そうか・・・。でも、もったいない事だ。地位も、名誉も、財産も、努力すればきっと得られるだろうに。それくらい、稀な力を持っているんだよ、君は」
 心底がっかりした風な声に顔をあげた。見上げたジョエルは、苦笑いをしていた。
「そんなものが無くたって、生きていける」
「確かに、そうだね。けれど、君には欲しいものはないのかい?」
 男に悪意はないのだと感じて、少しなら本音を話しても良いか、と思えた。
「そりゃぁ・・・羊か山羊をもう何頭か増やせたら良いな、とは思うけど」
 真剣に言いつのる少年に、男の頬は思わず緩む。あまりにも、かわいらしい願いだったからだ。
 環境が人を育てると言うが、それを体現しているのがこの少年だ。
 地位も名誉も財産も、向き合い方を間違えるとたちまちに醜悪な欲望へと姿を変える。そんなものはなくとも生きられると言い、欲しいものは家畜だと言う。それが純粋に己だけの為に欲しいものなのではなく、共に暮らす者の為に欲しいものであるのだと気が付けぬ程に純粋だ。ひいては己の為にもなるのだとはしても。
「それくらいの事はすぐに叶えられるようになる、と私が言っても、君は首を縦には振らないのだろうね・・・」
「うん」
 確固たる意志の前に、男は口惜しさを感じながらも引き下がるしかなかった。
 本当に、残念でならない。それでも、みすみす諦めきれぬから、ジョエルは懐をまさぐった。
 そこから、蒼い石を取り出してレザンに差し出す。
「何、これ」
「呼応石(こおうせき)という。この糸を外すと私に分かるようになっているんだ。
 ・・・その、もし君の気が変わったら、いつでも呼んで欲しい。迎えにくるよ」
 レザンは手渡された石をまじまじと見つめた。それには赤い糸が巻かれている。そこにも、細かな記号が浮かんでいた。呪術が掛けられているのだと、それで分かる。
「一生呼ばないかもしれないよ?」
 少年の素っ気ない一言に、ジョエルはまた苦笑した。
「良いんだよ、私が勝手に待ってるだけなんだから」


 ジョエルとの出会いから三か月が過ぎ、コルテ山は雪に閉ざされていた。
 冬になるまでの間に収穫した穀物と野菜、長期保存用に仕込んだ塩漬けの肉や魚、それにチーズや果実の蜜漬けなどで糊口を凌ぎながら春を待つ。
 男衆は雪下ろしや薪割りに余念がなく、女衆は夏からこつこつと染めた家畜の冬毛の糸巻きをする。巻き終わった糸で衣類をこしらえたり、機を織ったりする。自分たちで使うだけでなく、春先にやってくる行商人に売る品物にもなる。そうして得るものが、少しばかりの村の収入になるのだ。最も、そのほとんどが買い物へと消えるから、ほぼ物々交換に近いのだが。
 密閉された村の中、決して多くはない子供たちはそれぞれが買ってもらった本を回し読みして手持無沙汰を乗り切る。識字率は割合と高い。代々の村長が子供に読み書き計算を教えるのがこの村での習いだからだ。
 レザン少年も他の子供達と同様に、三軒隣のヤヤンから回ってきた本を暖炉の前で寝そべって読んでいた。中身は、少年ならば胸躍る船乗りの冒険活劇物だ。
 物語も佳境という場面に差し掛かって、どさり、と背中に飛び乗る不届き者がいる。
 妹のニノだ。
「おにーちゃん、あそんでよぅ」
 げんなりした表情を浮かべながら、レザンは本から顔をあげた。
 ニノはまだ小さい。遊びたい盛りだから、本を読む事にはあまり興味を示さない。例え本を読んだとしても、彼女の読める本は字が少なくて、あっという間に終わってしまう。
 だからいつもこうして遊び相手になれとせがまれる。おちおち本など読んでいられないのだ。
 折角良い所なのだから、邪魔をしないでほしかった。
 勢い返答は邪険になる。
「さっきも遊んでやったじゃないか。お前母さんに蒸しパン作ってもらうんだろう?」
 おやつの蒸しパンを作ってもらうのだと、ようやくニノの相手から解放されたのはわずか半時程前の事だ。いつもの事なのだから、聞かなくても解っているのだ。手伝うと騒いだ末に台所を追い出されたのだという事くらい。それでも意地悪く言ってしまうのは、高鳴る想像をかき乱されたからだ。それくらいは、許してほしい。
「だって、おかあさんが、むしおわるまでおにいちゃんとあそんでなさいっていったもん」
 腰に馬乗りになったまま拗ねている妹にため息をついた。いい加減、重い。
「わかった、遊んでやるから早く降りろ」
 うれしそうにきゃっきゃとはしゃぎながらひいて行く重みを感じて、本を閉じる。
 そして身を起して妹を振り返った。
 彼と同じ赤みがかった薄茶の前髪が、うっすらと化粧をしている。
 レザンは笑いながら、それをポンポンと払った。
 そして、異変に気がつく。
「ニノ、もっとこっちにおいで」
「なあに、おにいちゃん」
 内緒話でも始めるのかとうきうきした表情で近付いてきたニノの額に自分のそれをくっつける。
 すこしばかり、熱い。
「お前熱があるじゃないか。今は何ともなくても、寝てなきゃダメだ」
 えー、と間髪入れずに不満の声をあげるニノの反論を、厳しい表情を返して封じる。
 喉元まで出かかっていたのだろう、兄の渋い表情に瞳を潤ませながらぐっと押し黙る。
 あと数年たてばニノもヤヤンのように兄の言葉など聞かなくなるのだろうが、幸いにもまだ彼女には有効だ。それは素晴らしすぎる効果を生んだ。

―――まずい、泣く。

 子供特有のふっくらとした柔らかな頬を歪め、眼には涙がせりあがって来る。
「ねつなんかないもん」
 彼女はそう吐きだして、甲高い声で泣きだした。こうなってはもうレザンでは手がつけられない。
 大きなため息を吐き出して、すっくと立ち上がった。
 ニノをその場に置いて、扉へと歩く。取っ手を引きながら口を開いた。
「母さん、ニノ熱出してる」


 妹の熱は下がるどころか高くなるばかりだった。
 昔から熱冷ましとして伝わっている薬草も効かず、苦しそうに寝台に横たわるニノの体は驚くほどに熱い。
 そんな状態で二日を数え、彼女はとうとう瞼すら開けなくなくなった。
 危険なのはわかっている。昔から、死の気配には敏感なレザンだ。
 何故か、家畜や人に死期が近づいているのがわかった。そして、何の手も施さなければ確実に死んで行くのだ。
 そして今、ニノにもその気配をはっきりと感じる。
 しかし、どうすれば良いのか分らない。
 夜通しの看病に疲れて眠った母の代わりに、雪解け水に布を浸しながらレザンはため息を吐く。
 きつく絞った布を脇のものと取り換えてやってから、木桶を持って立ち上がった。
 ぬるくなった水に雪を足してやろうと戸外へ向かう。外へと繋がる扉を開くと、相変わらず冷たい綿毛が景色を斑に染めている。
 一瞬にして体温を奪ってゆく寒さに身を震わせながら、桶の水を少し捨てる。それから軒下の真白な雪に素手を差し入れ、凍える塊りをすくった。
 水の中で姿を崩しては消えて行くそれを見つめながら、ふと思い出した。桶を足元に置いて立ち上がると、ズボンの内側を探る。
 そこから小さな袋を取り出した。ニノにおもちゃにされては困ると、肌身離さず身につけていたものだ。
 中から蒼い石を取り出して、三か月前の出会いを思い浮かべる。
 あの後、彼は‘ハジ’の葉を採集してから「またね」と言い残して姿を消した。文字通り、その場から消えてしまったのだ。きらきらと金色に光る記号の残像を置いて。
 どこからともなくやってきた魔法使い―――呪術師ジョエル=フォンテ。彼なら何とかできるかもしれない。ただし、己はここを離れなくてはいけないだろうが。
 昔から“おつむ”の方は村長の折り紙つき。聡い子供だと言われてきたのだ。だからこそ、わかる事がある。
 ニノの病を治してもらう為だけにジョエルを呼ぶのは、あまりに虫が良すぎるのだという事が。弟子になる気があるなら呼べと手渡された石。
 致し方あるまい。妹の命には代えられない。
 意を決して赤い紐を解く。すると、石から記号の環が浮かび上がった。それは消える事無く石を中心に廻っている。だが、他の者にそれは視えないのだろう。
 何か起こるかとしばらくそうしていたが、期待に反して何も起こらなかった。
 からかわれていたのだと、レザンは肩を落とした。
 足もとの桶を再び抱えて、踵を返す。そして、扉に手を掛ける。
「お待たせ」
 耳に懐かしい声に振り返った。そのとっさの行動に、桶の中の水が踊る。
 以前の男とは違い、丈の長い外套のような服を着ていた。その手には、細長い棒。
「あんた・・・本気だったのか」
「やっとその気になった・・・訳じゃなさそうだね?」
 桶を抱えたまま驚いた表情を浮かべる少年に、ジョエルは苦笑を浮かべた。
「誰か具合でも悪いんだろう? 気にしなくて良い、私の領分だから」
 気を慨した風でもなく穏やかに笑んだ男をまともに見返す事も出来ず、俯いた。
「こんなに冷たくなってる。君まで体を壊してはいけない。早く案内してくれ」
 両肩に暖かな手を掛けている男の言葉に、だまって頷いた。


 呆気ない出来事だった。
 状況が飲み込めないでたじろぐ父と母にニノを治してもらうのだと説明して、ジョエルを子供部屋に通した。
 彼はすぐに呪術とやらを使って、ニノの熱を下げて見せた。
 ジョエルの手があの日と同じように優雅に舞い、光る星がニノの身体に吸い込まれて行くのを、両親も己もぼんやりと眺めていた。
「もう大丈夫です。変異型精菌の病です。精菌破壊の呪を掛けましたから、しばらくすれば熱は下がるでしょう」
 そう言ってほほ笑んだ彼の言葉の意味の半分も理解できなかったが、半信半疑で確認したニノからは、確かに死の気配は去っていた。
 両肩に背負った重い荷物から解放されたような気がして安堵の息をつく。
 父母が涙ながらに何度も何度も礼を言うのを、聞くでもなく耳にしていた。
「レザン君、もう一度言うよ。私の弟子になりなさい。ここは領主から見捨てられた村だ。今後こんな事があっても、医者もいない、巡導師もいないのでは救える命も救えない。少なくとも、君は誰かを救える力を秘めている。天から与えられたその才を、家族のために使わないか・・・そして、それ以外の人の為にも」
 背を向けた己に静かに言ったジョエルの声に、首を振った。縦に。

「おにーちゃん、いっちゃやだー」
 旅立ちの日の朝、すっかり体調の良くなったニノは玄関でレザンにしがみつく。
「こら、お兄ちゃんを困らせないの」
 ぐずるニノを、母は窘めながら強引に引きはがす。
 元気でねぇと言う母に頷いて笑顔を返す。父は朝食を摂りながら、達者で暮らせと一言告げたきり家の中からは出てこない。
 母に抱かれてぐずるニノの手に、彼女の命をつないだ石を握らせた。相変わらず記号の環が浮かんでいた。
「じゃ、お預かりします」
 ジョエルは母にそう言って、細長い棒―――杖を振るった。
 金色に光る針のように細長い記号が、雨のように降り注ぐ。
 瞳の中の故郷を飾るその光景を、己は一生忘れないだろう。
「行ってきます」
 少年は大好きな故郷に向かって呟いた。


 客がやってくる気配を感じとって、午後のまどろみから目覚める。
「懐かしい夢をみたものじゃ・・・」
 老人はそう独り言ちて長椅子から起き上がった。
 本当に、懐かしい夢を見たものだ。追憶の彼方の郷愁を胸に立ちあがる。
 階下へと足を運んで来訪者を出迎える。
「法王様、お呼びと伺い参上いたしました」
「フロウといいお前さんといい、わしをからかって楽しいかの?」
「ま、便宜上よ、便宜上」
 ふふふ、と笑った男の耳には、水晶の耳飾りが揺れていた。

――完――


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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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