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category外伝

女神の加護(後編)

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 切っ先が触れた瞬間に放出された呪力を刀身に補いつつ、敵を見据える。
 種の違いとか関係なく、怒りは空気を震わせるという事を、俺はこの生業を選んで初めて知った。切られた痛みで、熱が増してやがる。
 憤怒の形相で、八つ裂きにせんと俺に照準を絞ったスクァルスは、醜悪な顎を大きく開けて威嚇してくる。何度でも生え換わるという補填式の歯が並んでいる。
 そんな事くらいで戦意を喪失するほど、おれのケツは青くないぜ。
「来いよ、木偶鮫」
 命のやりとりをしようぜ、いかれたこの俺と。
 呟いて、睨み合ったその刹那。俺と奴の視界をさえぎるものがある。
 
 ドッ ドッ ドッ ドッ―――
 
 血が沸き立ち、逆流する。沸騰しそうなその感覚が、逆に俺を冷えさせる。
 嫌な汗が頬に伝う。
 その反射の原因を作ったのは、あのひよっこ。
 クソ!
「バカヤロウッ! 状況を読めー!!」
 海獣の射程範囲にのこのこ入り込んでやるやつがどこに居る。よりによって、臨戦態勢全開で牙を剥いてる敵の前だってのに。
 再び両足に呪を封じ、反発を起こして一気に飛ぶ。
 俺の剣とスクァルスの牙の距離は同じ。
 僅差でかろうじて先に届いたその腕で馬鹿野郎をなぎ倒したが、それが俺の運の尽き。奴はキッチリ俺の利き腕を抉っていた。
「ぐぁっ!」
 言葉にならねぇ痛みが網膜から流出していく。ばたばたと俺の肩口から垂れていく温いそれ。そして真逆に、感覚は急速に失われて行く。柄を握った手が痺れる。
「あ・・・・あああ・・旦那、すまねぇ!」
「おせえよ、早くつれてけ」
 仲間二人を背後に庇いながら、剣を左手に持ち替える。
 さっきとは別の冷や汗が滴る。
 最低だな。助けたのが野郎だなんてよ。これがイカした姐さんなら、艶っぽい話に発展したかもしれねぇってのに。つか、こういう事言ってっから、女神に嫌われんだな。
 だが、不幸中の幸いは、痛みが麻痺してるって事だ。
 汗で滑る剣の柄を握りなおして、海獣を見据える。
 どうにかこうにか引きずって行ったのか、仲間の気配がようやくその場から消えた。それに胸をなで下ろす。
 だが、安心している場合じゃねぇ。
 止まらねえ汗が目に入って視界がぼやける。やべえな、全然勝てる気しねぇ。
 やるかやられるか―――それが意思の疎通ができない敵との戦いの掟。船を守るには狩るしかねぇ。だがこの戦い、少々俺に分が悪い。
「俺の悪運もここまでかよ」
 かすれる声で吐き捨てて、唇を舐めた。
 もう一つだけ、船を守る方法がある。それは、ヤツの欲求を満たしてやる事だ。すなわち、俺が食われてやれば良い。
 不必要な殺戮を繰り返すのなんざ、人間だけだ。
「ふっ」
 思わず笑いがこみ上げる。
 そんな犠牲的精神、持ち合せてないと思ってたんだが、な。
「しっかりなさい、シグネス! 情けない色放ってんじゃないわよ!」
 ああ、馬鹿野郎がもう一人居やがった。
「お子様は中で待ってろって言っただろーが!」
 俺の後ろで腰に両手を当てて踏ん反り返っているだろうクソガキに向かって我鳴る。
「何よ、諦めちゃって! そんな男に命預けられないわよ、クソオヤジ!」
 かーっ、言わせておけばこのマセガキ! よりによって、クソオヤジときたもんだ。
 だが、お陰で目が覚めたぜ。萎えかけた闘志が復活した。
「後でそのケツぶったたいてやるから覚悟しとけ!」
 叫びながら、笑みがこぼれる。やってやろうじゃねぇの、エセ姫様。
 だが、俺の体力も限界だ。次の一撃で決める。
 持てる呪の全てを封じにかかる。商売道具だからそれなりに銘のある剣だが、この一回しか保たねぇだろうな。
 芯材に精霊銀を使ってあるから、少々の呪力添加じゃびくともしねぇが、やはり限界はある。限界値を越えたら芯を残して刀身は砕け散る。
 どう転んでも高くつくな、この仕事。ま、命以上に高いもんなんかありゃしねぇけど。
 良くも悪くも文字通り最後の一撃を叩き込んでやろうと踏み出したところで、飛鮫は羽へと進化させたそのヒレを震わせた。
 俺の視界から消え、一度高く飛びあがったあと、真っ直ぐに下降していく。
 その軌道を目測して悟った。
「危ない、シェリー! 逃げろ!!」
 振り返ってがむしゃらに走る。
 甲板を蹴っても蹴っても近づかねぇ。もどかしい。もっと速く動けよ、俺の脚!
 くそったれの俺の命なんざくれてやる。だが、子供の命は守ってくれよ。なぁ、女神さんよ。
「うおおおおおー!!」
 もう、何がなんだかわからなかった。とにかく、海獣のデカイ躯体が小僧を覆い隠していた。やられたか、そうでないかなんざ考えねぇまま、そいつの尾鰭近くを串刺しにする。
 海獣の声なき悲鳴がこだまする。
 身を捩って飛びあがって行くそいつを呆けたように見上げた。
 しっかりと握りしめたままの剣が、悶えたスクァルスの尾から抜ける。それを見上げた俺の顔に、やたらと小便臭え血が掛って我に返った。
「シェリー!」
 荒い呼吸を宥めながら視線を移したそこに、青ざめ、腰を抜かした小僧を見つけて安堵の息を吐き出す。
「怪我はないか?」
「うん。でも、シグネス・・・」
「何だ?」
「あれ・・・」
 小さな指が示すその方向を振り仰いで眼を細めた。
「しつけえのは嫌われんだぜ、木偶鮫」
 人語が理解できるはずもない敵に向かって投げかける。
 思わず口数が多くなっちまうのは、マジにやべえからだ。
 奴にも意地ってもんがあるんだろう。互いに手負いの身だが、どちらかが果てるまでは終われない。
「良く聞け、シェリー。中に入って鍵をかけろ。そして、出来るだけ船倉に近いところへ行け。運が良ければ助かる」
 もう呪力添加すらできない鈍ら(なまくら)を構えて言う。予想通り、刀身にはひびが入っている。その隙間に入り込んだ赤黒い血が、松明の灯で無情な程はっきりと現実を突き付ける。
「シグネスはどうするの?」
 俺に全部を言わせるなよ、子供のお前に。
「将来人の上に立つんだろう、お前。無駄な犠牲はな、少ない方が良いんだ。どの道俺はもう助からん」
 実際、視界が霞む。剣を零しそうになるのは、汗で滑るからだけじゃねぇ。こっち(ひだり)も、力が入りにくくなってきやがった。
「人の上に立つ者は、最後まであきらめちゃダメなのよ!」
 泣き声でそう叫んだ小僧は、俺の腰元にしがみついた。
 クソガキ! 人の上に立つなら感情に振り回されちゃなんねぇだろうが!
 それを強引に振りほどこうとしたその時。握った剣が弾ける。
 粉々になってバラけて行く刃の中から、蒼白く発光する芯材が現れて眼を瞬いた。
「な・・・んだ、こりゃ」
 俺の剣の芯材は精霊銀。呪力制御においては最高峰といわれている金属。故に、巡導師はこれを求めてやまない。かく云う俺も巡導師ではないがそのうちの一人。
 そして、気付いてしまった。こいつが並みのガキじゃねぇって事に。
「お前、呪力量が桁外れだ」
「え?」
 いきなり言った俺の言葉が理解できないのも当然。だが、説明している暇はねぇ。
 俺は小僧の目線まで膝を折って、その手に柄を握らせる。芯材だけになっちまった長年の相棒は、今は無残な姿をさらしている。
「この棒っきれに力を込めろ。お前の思うままで良いから」
 困惑した表情を浮かべながら、それでもしっかり頷いた。その小さな手を包む様に一緒に握って、視線を再び敵に向ける。
「とにかく込め続けろ。途中でやめたら承知しねえからな」
「わかった」
 芯材から蛍火が浮かぶのを確認して、それを星の形に動かす。
「俺の言葉を繰り返せ」
 カビの生えかけた古代語を記憶の中から掘り起こす。
『マファリョ』 「まふぁりょ」
『セノティア』 「せのてぃあ」
『ゼロナクト』 「ぜろなくと」
『アローゼ』 「あろーぜ」
『マイアロフ』 「まいあろふ」
『ミオレムハ』 「みおれむは」
 光の筋が描いた星の中に、浮かんでは消えてゆく古代語。
 組まれた因果が干渉する直前。最後の“ミオレムハ”の一語を見届けて苦笑した。
『シャリオン』
「しゃりおん」
 星の軌跡が渦を描きながら一度内側の五角形に取り込まれる。そこから小さな竜巻のように流線を紡ぎながら火花を発する球体が現れる。それが、スクァルス目掛けて放たれた。
 雷(いかずち)の形成呪語“シャリオン”。まだ巡導師を目指していた学生時分、ついに一度も成功しなかった自然系大撃呪語。
 こいつはきっと、大物になるぜ。
 強烈な雷撃は、見事飛鮫に直撃する。バチバチと派手な電光を放ちながら、白眼をむいて海に落ちて行く。
 大きな落下音と高い水飛沫を放って海へと叩きつけられた瞬間に、丸焦げになった鮫は、じゅっ、と小さく鳴いて消えて行った。
 その衝撃で水面が揺れ、船がゆうらりと動く。
 しつこい奴のこと、再び浮かび上がってくるんじゃねぇかと身構えたが、俺の杞憂に反して二度と姿を見せなかった。
「やった・・・か。ああ、疲れた」
 朦朧とする意識のまま、手を離してそこに倒れ込む。
 仰向けになって最後の至福を堪能しようと天上の海を覗いたが、霞んだ視界にきらめきは映りはしなかった。
 だが、気分は悪くない。
「シグネス? ねぇ、シグネス」
 シェリーの声と手が、俺の思考を揺り動かす。
 ぼんやりと映るクソガキの顔。今の俺には、お前の顔はこの世の誰よりもべっぴんだぜ。ははは、熟れた頃合いの美女に見えら。
「シグネス・・・シグネス」
 泣くなよ、小僧。今、最高に良い気分なんだぜ、俺は。
「泣くな。セドナは俺の願いを聞き届けてくれた。・・・これ以上を望んだら、バチが当たらぁ」
「でも!」
 しょうがねぇガキだな。最後ぐらい笑ってくれよ、頼むから。
 そして、俺はそれを思い出した。本当は贔屓の姐さんにせがまれてた土産だったが、もう会えないんだから無駄になっちまう。こいつならきっと、姐さんよりも憎らしいほど似合うだろう。
 そいつを見て、俺を思い出してくれるやつがいれば、俺の人生もまんざらじゃなかったと、冥府の片隅で思えるだろうさ。
「シェリー、右・・側の・・皮袋に小さい布の包みがある。出してくれ・・・ねぇか?」
「うん」
 しばらくそれを探していたが、見つかったのか動きが止んだ。
「見つかった・・か?」
「うん」
「お前にや・・る。縁起の悪いシロモノだが・・・まぁ、受け取っと・・け」
 ありがとうよ、ちびっこい幸運の女神。男だろうって? ハン、そんな事は小せぇ事だ・・・ろ。
「シグネス?・・・・シグネスー!!!」



「で、その時もらったのがその耳飾りなわけね」
 艶やかな黒髪の若い女は、隣に座る青年に向かって親しげに言う。彼女は更に先を紡ぐ。
「その人があなたの初恋って訳?」
 彼は首元で切りそろえられた金色の髪を少し掻きあげて、薄く笑う。そこから覗いた耳飾りは、美しい透明水晶だった。
「違うわよ、そんなんじゃなくて。何て言ったら良いのかしら。とにかく良い色だったのよ。心地よい色って言うか。人の良さがにじみ出てるって言うか。自然と癒される人だったわけ」
 女同士の会話のように、青年は答えた。
「ふうん。でも、死んじゃったんでしょ?」
 彼女の気遣うような顔つきに、彼は楽しげに笑う。
「でしょ? そう思うわよねー」
「何、それじゃ、そんな劇的な場面を飾りながら、生きてたってわけ?」
「そうなのよ。夜通しの見張り番じゃない? 寝ちゃっただけだったの。ま、失血も手伝って、なんだけどね」
「その人、ご愁傷さまね」
「そうなの、目覚めた第一声が」
 くつくつと笑いを漏らしながら「ここは冥府か、だったのよ」と続けた。
 彼の耳に、傍らから「お気の毒」と小さく届いた。
「あれから、アタシのお守りみたいなものなのよ、これ」
 その耳朶に吊られている石を手で弄びながら、幼かったあの頃に思いを馳せる。
 そんな彼を見つめながら、女は薄く笑った。そして、膝に置いた右手の中指に嵌めた質素な指輪を見つめる。
「私のお守りはこれ。母の形見の品なの」
「あら、そっちも素敵ね」
 そんな彼と笑いあい、互いに空を見つめた。
 春の暖かな陽気に包まれた、午後のひと時。もうすぐ、昼一番の授業が始まる。


 ――完――


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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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