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category第2章

2・鬼師匠現る

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 アシュケナを出発した二人は、街の南東の方位にあるアビアタを目指すことになった。
 特に目的があったわけではない。
 南西の方位に位置するアカチェまでの間に、厄介な砂塵が吹いているとかで、迂回もかねてアビアタを目指しているというわけだ。
 もちろん、この情報はリッキーからだ。
 ライネルの背に揺られて、二人は気ままな旅を満喫している。
 特にメリロはエルンストから譲られたライネルの乗り心地に満足していた。
 砂の上を飛行するように走るこの乗獣は、かなり頭がいい。
 調教した者が良いのか、天性の資質であるのか、メリロが手綱や足で操作しなくても、ほぼ自らの意思で走っているように思える。
 だから、このまま眠ってしまっても正しい道を走って行くのでは、とメリロが思うほどだ。
 実際、この瞬間に走ることをやめてしまった。
 落ちかけている太陽の暁と、その境に揺らめく蜃気楼が見通しを遮るからだ。
「きょうはここで野営にしよう」
 そういいながら、メリロがライネルから降りた瞬間だった。
 
 キィ―――――――――

 わんわんと脳内に響くようなこの感覚を、メリロは決して忘れた事などない。
 やつがやってくるのだ。

 凪いでいるのにメリロの周りだけ大気が動く。
 バサバサと風が舞う。
 脱げたフードからこぼれた銀髪が、風に踊らされる。
 一瞬全ての動きが止まる。
 そして、その刹那。
「ばか弟子め、まだ生きているのか」
「残念ながら」
 生きることをやめたいわけではないが、この師匠の弟子で居続けることはやめたいと、メリロは以前から思っている。
 そんな侮蔑の意味もこもってか、自然と返答は冷たくなる。
 一連の出来事を呆然と見守っていたリッキーは、ようやくライネルの背を降りた。
「メリロ、この人誰?!」
「ロードライトだよ、このあいだ話した」
「メリロの師匠って女の人だったの?!」
 ロードライトを完全に男だと思い込んでいたらしいリッキーは、口を開け放ったまま二の句が告げられないでいた。
 無理もない。見た目は完全に女だが、放つオーラが毒々しい。
 そのロードライトは、上からリッキーを見下ろして、面白そうに眺めている。
 腰元まで届く漆黒の髪。ガーネットのような燃え立つ瞳の色。
 墨で曳いたようなはっきりとした眉。
 切れ長の瞳はどこか冷たさが滲む。
 唇には真っ赤な紅を差し、上がった口角が意地悪げ。
 雪のように白い肌。
 ボディラインがはっきりと分かる薄くて柔らかい素材の白いドレスをまとい、どこから見ても娼婦然としている。
 膝上から切れ込みの入ったデザインのドレスの裾から、長い素足がのぞいている。
 足元には踊り子のような、飾りがたくさんついたサンダルを履いている。
 ロードライトのその姿は、砂漠には不似合いだった。
 寝起きの娼婦がちょっとそこまで買い物に出かけた、というような感じだ。
 眉目秀麗で背が高く、スタイルも抜群で完璧なほど美しいくせに、とにかくオーラが毒々しい。
「メリィ、これは何だ」
 ロードライトは、面食らっているリッキーの額を人差し指でつつきながら、 片眉を上げてしげしげと眺めている。
「訳あって、この子の親から預かってる」
「アシュヴァンか・・・。お前、名はなんと言う」
 高圧的に尋ねるロードライトを前に、後ずさりながらリッキーは口を開く。
「リッキー。リッキー=アシュヴォレイト」
 それだけをようやく小さな声で告げて、メリロの後ろに回りこんだ。
 どうやらおびえているようだ。
 そんなリッキーの姿を面白そうに見ながら、また意地悪そうに笑っている。
「アシュヴォレイトとはアシュヴァンでも直系の筋だな。
 お前、もしかしてエルンストの息子か」

「何でしってんの?」
「あんた何で知ってるんだ!」

 二者の声は同時に放たれた。
 驚くのも無理はない。
 ガイドのエルンストと、飛べるロードライト。
 メリロが考えても、接点が見つからない。
 まして、リッキーなら尚更だろう。
 昨日出会ったばかりのメリロの師が、自分の親の知り合いだったなど、偶然にしてはできすぎている。
「あいつはあたしのダチなのさ」
 そう言って、鬼師匠は不敵に笑った。


 ――――――――砂。凪。闇。
「エルンスト、あなた道に迷うことはないの?」
「砂漠か?それとも人の道にか?」
 エルンストはロードライトに尋ねる。
「両方」
「砂漠には迷ってないな、ここ何年かは。人の道にはしょっちゅう迷う」
 パチン、と砂の上の焚き火が小さくはぜる。
「フロウ、あんたは迷っているのか?」
「わたし?そうね、わたしは迷っているんだと思う。きっと」
 だから、飛べなくなった。
「スランプか」
 エルンストの一言に、フロウは痛いような表情を見せる。
「歌を忘れた鳥は、鳥かごの中にはいられないのよ」
 そう言って、フロウは伏せているライネルの背に頭を凭せ掛ける。
 また、静寂を割って焚き火がはぜった。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学