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category外伝

外伝 Crimson blue

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 輝黄色の大地に、風が吹き抜けていく。砂塵を巻き上げて通り抜けるその一陣も、大気に満ちた熱を攪拌しただけで、清涼感をもたらすには至らない。
 砂に描かれた美しい風紋は、風の精のその一吹きに刻々と表情を変えて行く。
 重い外套のフードの内側で、姿なき者がビョウビョウと啼いていた。射影に塗りつぶされたその額に、濡羽色の前髪が押し付けられる。
 手綱を手に滑らかな毛並みの獣に騎乗したまま、深紅の瞳は呆然とその光景に見入った。
 沈みゆく暁が、空と大地を染め上げていた。その色は、かつての己の罪の様に禍々しくはなく、ただただ美しい。
「ああ、きれい・・・」
 紅眼の者から、女の声音が紡がれた。
「自然は時に無慈悲だが、それでもこの美しさに、いつだって心が癒される」
 後方で同じく騎乗したままそれを眺めていた男の言葉に、女は振り返った。
 逆光の中で、薄く笑んで口を開く。
「同感。・・・私達巡導師は、こういう景色に出会う事が少ないから、とても貴重な経験だわ」
 巡導師―――呪術を使う事を生業としている者達。彼らはその力を使って空間を転移し、世界を股に掛ける。だからこそ、時の流れのままに陸路を駈け、大地が彩りを変えていく様を目にする事は少ない。女もまた、そんな者達の内の一人。
「フロウ、あんたの心も癒されればいいな」
 気負う風でもなく、ただ自然とその言葉を口にした男に、フロウと呼ばれた女は傷ついたような表情を見せた。
「今日はここで野営ね」
 フロウはそう言って、無理やりに表情を消しさった。
 その行為が、かえって男の心に深く印象付ける事になったのだとは知らずに。


 野営の準備を終え、簡単な食事を摂った後、二人は騎乗してきた獣の背にもたれながら焚火を囲む。
 昼とは違い、夜の砂漠は格段に冷える。薄手だが目の詰まった毛織の布に包まって、酒をちびりちびりと舐めるように口にする。竜舌蘭からできた酒は、ほんの少量でもあっという間に身体を燃やす。それ故に、飲みすぎは禁物だ。
 瓶の蓋一杯分の酒を飲みほし、程よく意識も身体も溶け合ったところで、フロウは口を開いた。しらふでは、面と向かって聞く勇気はなかったから。
「エルンスト、あなた道に迷うことはないの?」
「砂漠か? それとも人の道にか?」
 男は静かに問う。
「両方」
「砂漠には迷ってないな、ここ何年かは。人の道にはしょっちゅう迷う」
 パチン、と砂の上の焚き火が小さくはぜる。
「フロウ、あんたは迷っているのか?」
「わたし? ・・・そうね、わたしは迷っているんだと思う。きっと」
 だから、飛べなくなった。
 罪を犯して早三年。未だに、死への願望は強い。
 何かに背を押されたら、例えそれが僅かな力の干渉だとしても、転がるように境界線を越えるだろう。そんな危うさを、彼女は自身で自覚していた。
「スランプ・・・か」
 エルンストの一言に、フロウは痛いような表情を見せる。
 彼のその言葉が、最も的確な表現なのだろう。
 自らの進むべき道を、見失いかけている。今まで生きてきた人生の中で味わった事のないくらいの挫折感と喪失感を抱いている。
 どこで標(しるべ)を見落としたのか。
 いつ、大切なものを無くしてしまったのか。
「歌を忘れた鳥は、鳥かごの中にはいられないのよ」
 そう言って、彼女は伏せている獣の暖かな毛並みに頭を埋めた。
 また、静寂を割って焚き火がはぜる。
「歌を忘れてしまっても、鳥は鳥だろう。鳥かごの中だけが、生きるべき場所とは限らない」
 男はひどく曖昧な表現のそれを零して、火に照らされた女の黒髪に視線をやる。
 泣いているのかと思ったが、また、そうでない事もエルンストには判っていた。
 こんな女を、他にも知っているから。もっと器用に生きれば良いものを。不器用にしか生きられない女は、誰にも知られぬようにひっそりと泣くのだ。
「では、俺からも聞こうか。今まであんたが歩いてきた道とは、一体何だ」
 立つべき場所さえ曖昧な彼女に、この先の道を問うても答えられはしないだろう。だが、歩いてきた道ならば、記憶を振り返る事ができる。結局、過去の自分と向き合う事が出来なければ、本当の意味で前に進む事はできないのだと、彼は自身の経験からそう思っている。
 エルンストが生業としているガイドという仕事は、客の一切の身上は詮索せず、淡々と職務を全うする―――ただ安全に砂漠を渡って目的地まで送り届けるのが暗黙の了解だが、彼はそれに常々疑問を抱いている。
 短くても五日、長ければ何カ月も客の命を預かる仕事。互いの信頼関係なくして、はたして成り立つものであろうかと。ありていに言えば、無難な会話のみで、果たしてそんな関係を築くことができるのだろうかと。
 だからこそ、則(きまり)を破ってまで彼女に問う。その心に刺さった憂いの棘は、一体何であるのかと。
 彼のその問いに、フロウは埋めていた顔をあげた。半ばもたれるようにして半身を起し、しばらくそうして眼を閉じる。
 再び瞳を見開いて、虚ろに火を見つめながら口を開く。
「何がしたいのか分らなかった。学べば学んだだけ、際限なく知識を得られた。最初はそれが楽しかった。 ・・・でも、途中で虚しくなってしまった。まるで普通の人間ではないかのように扱われて。それでも私にはそれを理解してくれる家族も、友達も、師(せんせい)も、恋人もいた。とても恵まれていたわ。だから、彼らに恥じないよう、自分を律して頑張ってきたつもり。でも、頑張ったのはそれだけのため。何か崇高な理想に燃えていた訳じゃない。私はただ、失望されるのが怖かっただけなのよ」
 また、瞳を閉じる。
「私が今まで歩いてきた道は、愚かな行いの堆積でしかないわ」
「崇高な理想とやらがなけりゃ、巡導師になってはいけないなんて事はないだろう。それに、親しい人たちは過去のものじゃないだろう。これからだって、あんたの傍にいる筈だ」
 エルンストの言葉に、フロウは自嘲気味な笑みを漏らす。
 彼女のその様子に、彼はおもわず眉根を寄せる。男の瞳に、彼女があまりにも痛々しく映ったからだ。彼女が、歌を忘れた鳥なのではなく、翼を捥がれて血を流している鳥のように思えてならなかった。
「そのうちきっと、みんな居なくなるわ。お父様はもうこの世にはいないし、恋人には捨てられたの。そのせいで友達を罪人にして・・・」
 どちらに向いて一歩を踏み出せば良いのか分らない日々。空間転移のその最中、身体と時空が混ざり合うその一瞬が怖くなった。その混沌とした闇さ(くらさ)に、否応ない恐怖を感じるようになった。空間を駆けるだけの何でもないその行為が、これ以上はない程に己を苦しめる。
「あんたにそんな事を思われてるなんて知ったら、みんな悲しむと思うがね。それに、捨てられたなら、捨てられたなりの理由があるんだろう。・・・あんた、肩肘張りすぎてるんじゃないのか。人間、みんなそんなご立派でも、強くもないだろう。自分の足できちんと歩いて、それでもどうする事も出来ないとき、誰かに頼ってしまっても、それは依存じゃないだろう?」
「そうかしら・・・誰かの負担になるのはごめんだわ。そんな自分を許せないもの」
 ああ、とエルンストは心のなかで唸った。彼女の最後の台詞に、すべての要因が込められているような気がする。
 やはり、不器用な女なのだ。
 弱ったように、エルンストは己の顎を鬚ごとわしわしと揉む。
 この生真面目なわからず屋に、どう言ってやれば良いのだろう。
 小さな溜息を一つ吐き出して、蒼い瞳をうっすらと歪める。
「かわいくない女だな、あんたは。そりゃ捨てたくもなる」
 普通の女性ならこんなにも酷い言葉を浴びせられたら相当に怒るだろう。だがしかし、フロウはその言葉に無気力な視線を流しただけだった。
「ええ、かわいい女じゃないのでしょうね」
 意思の感じられぬ声音に、男はまた溜息をついた。今度はわざとらしく大きい。
「男が皆そうだとは言わないけどな・・・俺は自分の恋人から、頼りにされたいけどね。苦しい時ぐらい手を差し伸べてやれる男になりたいじゃないか。守ってやりたいとも思う。馬鹿馬鹿しい男の本能かもしれんが、やっぱりいつだって好きな女は守ってやりたいんだ。そう言う意味ではな、あんたは隙がなさすぎる。そういう所が、あんたの恋人はつらかったんじゃないか?」
「そう・・・なのかしら。あの人を無意識に追い込んでいたのは私だったのかもしれないのね」
 しゅんと肩を落として寂しそうに笑うフロウに、エルンストは殊更豪快な笑みを刷いた。
そして―――だがな、と否定の言葉を紡ぐ。
「そういう不器用さもいじらしくてかわいいさ。俺も、青い頃には判らなかったがね」
 その予想しえなかった正反対の台詞に、フロウは一瞬呆ける。
 彼女のその様子に、エルンストは堪え切れないといった様子でくつくつと声を漏らして笑った。
「かわいくないと言ったり、かわいいと言ったり・・・結局どっちなのよ」
「だから、男はそんなに器用じゃないって話だ。雰囲気で察してくれとか、よく言うだろう、女性は。だが、解らないんだよきちんと言ってもらわなけりゃ」
「あなたの言いたいこと、理解できないわ。何の話をしているの?」
「本当はぼろぼろに傷ついているのに、それを隠して笑って見せて、それまで以上に頑張られてもみろ。男はな、単純だから“強い人”なんだと思いこんでしまうんだ。自分が守ってやらなくても、独りで充分やっていけるだろう・・・ってな」
 フロウは驚いたようにはっと瞳を大きく見開いたあと、獣に凭れかかっていた背を起こして溜息を吐いた。その肩口から、被っていた織物が徐々にずり落ちて行く。
 エルンストは、そんな彼女の紅い瞳をじっと覗き込んだ。
「ああ、そうね・・・そうかもしれない」
 フロウは力なくそう漏らして、かつての恋人を想った。
 愛し合った日々が幻だったのではないかと思える程、彼との別れを受け入れる事が出来ずにいた。彼が、結婚しようとまで誓い合った己との別れを選んだことが理解出来なかった。
 誠実だったはずの彼が、何故そんな行動をとったのか。惚れた欲目からそう思うのではない。実際、どんな立場の人に対しても、優しくて、誠実な人物だったのだ。
 しかし、納得できる結論をようやく見つけた気がする。少なくとも、今までのどの考えよりもすんなりと受け入れる事ができた。
「だけど・・・あなたも変わった人ね。あなたみたいな型破りなガイドがいるなんて、思いもしなかった」
 ふふふ、とフロウは笑って、覗き込まれた蒼い瞳を一瞬だけ見返す。
 すぐに流した視線の先には、環の耳飾りが吊られている。ガイドを生業とする彼の、その一族たる証しだった。
「必要以上に客と親しくするべきではないという暗黙の了解みたいなものもあるが・・・。俺はそうは思わない。俺は、俺のやり方でやるさ。自分で選んだ道だからな」
 達観した様子でそう述べる彼の力強さが、フロウにはたまらなく切なかった。
 すべては自分の責(せい)だと判っていてさえ、詮無い事を考えてしまう。
 
 こんな風に、解ってくれたら良かったのに。
 手を離さずにいてくれたら良かったのに。

 フロウは再び暖かな毛皮を枕にして、澄み切った空を見上げる。
 果てない闇に零れた、人々の涙の煌めき。空を染めるその輝きは、己の闇にも光をもたらすだろうか。
 涙が枯れたその後に残る、大小二つの月。寄り添う様に、手を携えて。
 今度は素直に、光に手を差し出すだろう。己の弱さを認める事が出来たから。
 憎しみに燃える紅い心と、絶望に凍える蒼い魂と。これからも、その狭間を行き来するのだろう。抱き合った素肌の暖かさを忘れるその日まで。
「ああ・・・本当に、きれい」



 男は風呂の中に半身を沈めて、至福の溜息を洩らす。
 弛緩して天井を仰ぐ。先ほど別れた、相変わらずと言えば相変わらずだった友を思い浮かべた。
 十年以上の年月を経た再会。
「容姿は変わってなかったが・・・随分薹(とう)が立ってたな」
 男はそう言って、楽しそうに笑う。
 心残りはあれど、最早己に成せる事など何もないと思っていたのに、ここにきてなお、生きよと神は言う。
 それをもたらしたのが、己が息子と友とその弟子だなどとは、どんな皮肉か、運命か。
 どちらにせよ、友は齢を重ねてしなやかな強さを手に入れたらしい。結構な事だ。
「アゲート、私はもう少しこちらで足掻いてみる。見守っていてくれ」
 今は亡き妻に向って、男はそう呟いた。




 ――完――

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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