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category外伝

外伝 デザートローズ 1

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 生きる事は、尊きかな、罪深きかな・・・
 死す事もまた尊きかな、罪深きかな―――



「ご報告致します。ハイゼル陛下、前線において敵兵に討たれ、ご崩御なさいました」
 敗走の最中早駆けで後宮にやってきた騎士は、それだけを告げて足早に踵を返す。
 せめて水の一杯でも与えて労ってやりたかったものを、王族の退路を確保すると言い残して去って行く。色のない眼差しで剣戟に刻まれた外套の裾の流れを見送る。
 今更そんな事をして何になると言うのか。騎士団でも五指に入ると謳われ、王の師団にいた男だ。どうせ落ち延びる事も叶わぬ王族を救うくらいならば、己だけでも逃げれば良いものを。
 泣き崩れる女官の姿を瞳に映しながら、女は冷めた表情で立ち尽くしていた。
 こんな日が来る事を、ずっと覚悟していた。どう足掻いても避ける事は出来なかった負け戦。
 それでも、彼でなくてはならぬと思う己の焼けつく直感に従って、婚礼を決めた。
 それはあまりにも短い蜜月。
「アゲレード様、御仕度をお早く。下女(したばたらき)の姿で混乱に乗じて紛れてしまえば、姉君のいらっしゃるセルフォトまで逃げる事も叶いましょう」
 くたびれた老爺が下女の衣一式を手に、早口でまくしたてる。
 女は枯渇した碧色の瞳でそれを見下ろして、心情の感じられぬ声で言葉を紡いだ。
「お前は、わたくしに民を見捨てろと言うのですか、ヤーク。王妃であるこのわたくしに」
「御意」
 輿入れの際、生家から共にやってきたヤーク。幼少のみぎりより己の教育係件護衛として誰よりも側近くにあった者。
 倫理も責任も、彼にとっては何の意味もなさぬ事は承知している。極限の状態において何よりも優先すべきは主の命であるという事は、従僕たるものの身に刻まれた使命であり性(さが)であるのだから。
 憔悴した顔つきですすり泣く女官をぐるりと見渡して、女は苦しげに眉根を寄せた。無言で翁の手から衣を引き抜いて身を翻した。
 
 この日から三日の後、四百年という長きに渡り国を築いた王朝が幕を下ろした。
 スルカヤ王国の滅亡である。



「やめても良いのだぞ、この婚儀」
 数か月後には夫になる筈の男は、初対面の己と差向って開口一番にそう述べた。
 先王が崩御し、玉座を継いだばかりのその男は若い。
 精悍な顔付きの肌は褐色。硬そうな頭髪は漆黒。
「わたくしはお気に召しませぬか」
 女はただそれだけを音にする。その声は、染み入るように静かだった。
「気に入るかそうでないかだけで言うならば、気に入ったから厄介なのではないか」
 男はそう言って、武人特有の骨ばった大きな手を女の頤(おとがい)に掛ける。そのまま、強引に面をあげさせた。金色の髪が、花の芳香を放って揺れる。女よりも大きな上背で、瞳を射るように覗き込む。 
 彼のその行為に、女は身じろぎもしない。見上げる形で映り込んだ男の瞳は、鮮やかな蒼だった。
「そなたは聡明だ。俺としても不服はないのだがな・・・だからこそ忍びない」
 男はそう言って、驚くほど繊細に笑んで手を外した。
 彼のその表情に、女の眼差しが少しだけ動く。
 何をもってこの男は自分を聡明だと評するのだろう。初対面の己が発した言葉はわずかばかり。だが、それが男の世辞だとは思えない。
「この婚儀、さして抑止力はない。そなたを娶っても、勢いづいた流れは止まるまい」
 山脈や大河を挟んで多数の国家がひしめくこの大陸。元々は独立した小部族が領土を広げて行った結果が国家の乱立だった。現在は力の弱い他部族を吸収して、表だって四強と言われる国家が存在するが、近年は互いが互いを睨みあう同盟関係が続いている。
 だが、その同盟関係にも綻びが出来つつある。うち一国の情勢がきな臭いのだ。
 王族の系譜をたどれば荒野の蛮族だったニヒケッテ帝国。荒れ地を生き抜いて来た蛮族ならではの戦略で、まずは後背に構えたこちらに攻め込んでくる事は必定だった。
 数年の停滞で着実に力を温存していたのか、充実を待って他の三国を取り込む意向である事は、密偵を放って動きをとらえていたから間違いはないだろう。
 まして、地の利を生かして増えた軍勢。半数を国に残したとしても、八万の兵卒で攻め入られては負ける事は分りきっていた。
 だからこそ、現ニヒケッテ国王に召し出されて寵姫となった女の末妹である彼女との婚儀を内々で進めた。
 気に染まぬやり口だが、義姉弟ともなれば、侵攻抑止の口添えを得られるかもしれぬと重臣共に説得(そそのか)されて。ただ、民の平穏を願うからこそ。
 だが、それも徒労に終わりそうだ。ニヒケッテに制圧された国の惨状は目に余るほど酷いと聞く。古来より女性を‘戦利品’として扱ってきたような部族の長、寵姫の嘆願だからと見逃してくれるような手ぬるい男ではなさそうだ。
「むざむざそなたを慰み者にするくらいなら、戦が早まった方が良かろう。犠牲はたとえ一でも少ない方が良いからな」
 粗野な振る舞いとは対照的に、男の言葉は誠実だった。
 若干寄せられた眉根に、淡々と語っているようでその実心には苦渋が満ちている事を感じ取った。
 スルカヤは良い国だ。王城にたどり着くまでの間に内密で足を運んだ市井には活気があふれ、民の表情は安穏として生気が満ちていた。
 良識と節度を持って領民を治めているからこそ、人の心に豊かさが溢れているのだとわかる。
 だが、例え賢君でも、国力の差は埋められない。それが現実というものだ。
「わたくしの意思で嫁ぐ、と申し上げたら?」
 もとより政治の道具として流れ流されて行くことしか出来ぬ身。ならば己が納得できる相手に添いたい。
「数か月だけの仮初めの夫婦でも良いのか? その先に待つものも、そなたにとっては苦難でしかあるまい」
 男の真剣な眼差しに、女は玻璃細工の様に美しい相貌を崩してふわりと笑んだ。
「添える日数の長さが、夫婦の絆の深度を決めるのだとは思いませぬ。わたくしは、わたくしの為に、苦難をも乗り越えてみせますわ」
 女の言葉に、男は面映ゆいような苦笑を浮かべた。
「では俺は、そなたとって最上の伴侶となれるよう努力しよう、アゲレード」
 彼女の瞳に、笑った王のその顔は意外にも年相応に映った。


 
 輿入れしてからほんの数か月。敵に特徴が伝わっておらず、身代りが己だと思われたのか、それとも捨て置かれたのかはわからないが、追手の気配を感じる事無く麓近くまでたどり着いたのは幸運という他なかった。追撃を恐れて山中の道なき道を進んだのが功を奏したのかもしれない。いずれにせよ、脱いだばかりの己の衣を纏った女官の、毅然とした表情が脳裏に浮かんだ。そして、あの騎士も頑張ってくれたのだろう。
 それを思うと、アゲレードの胸は切り裂かれたように痛んだ。
 己一人の命は、どれだけの命で購われてゆくのだろう。
 心の中で懺悔を繰り返す―――必ずやその責任は取る。だから、今しばらくの猶予を、と。
「痛みますか」
 下山途中で見つけた洞穴で休息をとっていた最中。傍らのヤークが心配したように尋ねる。先ほどから脹脛(ふくらはぎ)を軽く揉んでいたのを、目敏く見られていたようだ。
「いいえ、大丈夫です」
 アゲレードはそう返したが、本当は強って(こわって)ひどく痛んでいる。
 年齢で言うならば、彼女の方がずっと若い。だが、ヤークは元武人。生まれてからずっと後宮で暮らしてきたアゲレードとは足腰の鍛錬の度合いが違う。
 誰が見ても老人だとしか言いようのないヤークと比べ、これしきの事で音を上げるやわな己の身体が恨めしかった。しかし、弱音を吐くことは許されない。死んでしまった者達は、痛いと言う事すら叶わぬのだから。
「わたくしの事は気にしないで」
 だからと言って、気にしないでいられぬ事など承知の上だが。それでも、そう言わずにはいられない。一刻も早く進まなければ。
 主人の言葉に、老爺の白く濁った眼球が、ついと動く。老いてだぶついた面に、心情は埋もれて分かりにくい。
「わかりました。ですが、ここから先は敵兵の眼が怖い。闇に乗じて抜けるのが得策かと」
 十を伝えずとも理解する。それを可能にしているのは、重ねてきた年月に因るものだろう。ヤークが心を読んだのなら、己とてそうだ。
 夜動く方が安全であるのは確かなのだろうが、もっともな理由をつければ十分な休息が得られる。翁は、有無を言わせず己を休ませる気なのだ。
「では、そう致しましょう」
 アゲレードはそう言って、少し寂しそうに苦笑した。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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