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category外伝

外伝 デザートローズ 2

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 砂漠の雨季は短い。南方の湿潤な大陸から季節風に乗って流れてくる雨雲が、この乾いた大地を潤して行ったのはつい最近の事だ。
 次の雨季が来るのはしばらく先のはず。それにも拘わらず、ねっとりと水分を含んだ生ぬるい風を肌に感じる。男は日焼けした精悍な顔を渋面に変えた。
 予定外の恵みはここに生きる人々にしばしの潤いを与えてくれるが、男はそれを素直に喜ぶ事が出来ない。
 この厳しい土地で生きてきた己の、しかし何ら根拠のない本能的に捉える予感でしかないのだが。
 いつもと少しばかり違う日常。
―――何かが起こるような気がする。
 男は大きな猫のような獣二頭の手綱を引いて街を歩く。
 色とりどりの市の日除けの下の陳列には、この地以外の特産品も多分に混じっている。
 沿岸地域で獲られた魚の燻製や、北の寒冷地で育った動物の毛織物、はては海洋を隔てた大陸で産出される水晶まで。ありとあらゆるものが混然と流通している。
 ここアドヴェダは砂漠地帯アカチェのほぼ北に位置するオアシスである。他にも大小様々なオアシスが点在しているが、この街はその中でも特に顕著な一面を持っている。
 それは、世界流通の要であるという事だ。
 街から北を目指せば、大陸を分断する標高の高い山脈群に突き当たる。山地からは質の良い織物、材木、その裾野に広がる平野からは穀類や野菜、果物などが。そして南に進路を変更すれば海へと繋がり、世界各地から商船で運ばれる特産品―――香辛料、岩塩、鉱石などがたどり着く。近年は空の民テオラの風艇(かぜぶね)が生鮮品を運んでくるようにもなった。
 そして何よりも、年間を通して一定量の地下水が湧き出ているという事が、この街が発展した要因の一つとして挙げられるだろう。
 アドヴェダは厳しい環境下にありながら、その立地条件のみで発展した。他のどの大陸を探しても、このような街は極めて少ない。故に、ありとあらゆる人や物が流入し、品物の市場価値がこの街の価格を基準に流通して行く。
 同じ大陸の裏側の大国スルカヤがニヒケッテ帝国によって三月程前に滅ぼされた事などまるで無かったかのように、この街には相変わらず大量の人と物が押し寄せている。
 だから商いは盛んで、街には小売店がひしめいている。
 絵描きの色粉箱(えのぐばこ)をひっくり返したように、雑然と様々な色が溢れていた。
 商魂逞しい店主達の客引きには目もくれず、男は人通りが少なくはない街路を慣れた様子で黙々とすり抜けて行く。
 しばらくそうして器用に人の波をかわせば徐々に露店は少なくなり、土造りの平屋の一角を経た後しっかりとした石造りの建物が多くなる。
 商人の活気あふれた呼び声も、人々の喧噪も段々と耳から遠ざかって行く。
 街のほぼ全てが商業施設と言っても過言ではないが、男がたどり着いたこの一角は他とは毛色が違う。
 石造りの建物には概ね問屋が入っている。その他に、上宿、商業組合、ガイド斡旋所なども混じっているが―――要は、小売業者がいないのだ。
 男はその内の一つ、ガイド斡旋所の前で足を止めた。
 入口では数名の男や少年が慌ただしく動き回っている。まだ内側に入ってもいないうちからこの始末だ。
 男はうっすらと苦笑いを浮かべて、そのうちの一人に声をかけた。
「リコ、精が出るな」
 その声に、大きな巻き癖のかかった鳶色の髪を持つ少年が振り向く。
 驚いたような顔をしたその両頬から鼻頭に掛けて散ったそばかすが印象的だ。
 すぐに快活な笑みを浮かべて、口を開く。
「エルンストさん! 最近姿がみえなかったから心配してたんですよ」
「こっち方面の客に長いこと当たらなかったからな」
 男はそう返して、不精髭の浮いた褐色の相好を崩した。
「相変わらずだな、この街の斡旋所は」
 出入口の両脇に並んだ獣たちを見やって、エルンストは苦笑した。
 そこには、男が連れているのと同じ獣―――ライネルや、砂トカゲ、馬などが隙間なく繋がれている。一種壮観とも言える眺めだが、他の街ではここまでの数を眼にする事はあまりない。それだけ、この街に余所からやって来る者が多いという事だ。
「おかげさまで昼飯にありつけないほど繁盛していますよ」
 良いのか悪いのかどちらか分らないような返事をして、リコはわざとらしくげんなりと笑った。忙しすぎて昼休みをもらえていないのだ。育ち盛りの身にはさぞつらかろう。しかし、一番下っ端の者が後回しになるというのは、社会においては致し方のない事なのかもしれない。
「そうか、良かったな。じゃ、俺のも頼む」
 エルンストは愉快気な笑みを刷きながら、握った手綱を少年に差し出した。
 気の毒に、と思う気持ちがないではないが、世の中そんなに甘くは出来ていないのだ。もっとも、積極的にその状況を酷くする己も人が悪いとは思うが。
 呆気にとられるリコの手に引っ掛けて、すれ違いざまにまだ華奢な肩をポンと叩く。
「もう! 後で石窯パンでも奢って下さいよっ」
 くつくつと小刻みに揺れる両肩を見送りながら、少年は悔しそうにその一言を投げかけた。
 男はそれに振り返りもせず、利き手を中空でひらひらと振ってみせた。
 わかっている、という意味だ。
 扉の先に消えるエルンストに、少年は小さなため息を吐き出した。


 


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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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