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category第2章

3・竜巻の気持ち

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「今月の給金だ」
 ロードライトのその表情が、感謝しろ、と物言わずとも語っている。
「ありがとうございます」
 一応そう返すが、はっきり言ってこんなに薄給では有り難味も薄れる。
 手渡された200バルクを見つめて、うっかり出そうになったため息を飲み込んだ。
「お前、うまい具合にこんなところに居るんだったら、アカチェの竜巻を静めて来い」
 ロードライトはそう言って、手のひらに呼応石の片割れを現し、それもメリロに手渡した。
 物質移動の法呪など朝飯前だ。悔しいが実力は本物である。
メリロはいぶかしんで手のひらを見つめた。
 夕焼けのせいで分かりにくいが、薄く光を放っている。
 呪の弱い方。いわゆる雌石と言われる方だ。
「なぜ呼応石が関係あるというのです」
「行けば分かる、馬鹿弟子。あたしにごちゃごちゃ聞くんじゃないといっているだろ」
 いつもこんな調子なので、メリロは特に気にしない。
 返事があったらついている、くらいのものだ。
 それ以上何も言わず、メリロはおとなしくそれらを小物入れにしまった。
「エルンストの息子、お前にも役立つはずだ。飛ばしてやるから行って来な」
 メリロの後ろから、顔だけ出して様子を伺っているリッキーを見ながら、命令口調で言い放つ。
 その言葉に誰が反論できるだろうか。
 肯定も否定もしていないのに、ロードライトはすでに空間移動の呪をかけにかかっている。
 物質移動で現した杖を持ち(数え切れないほどの宝石で飾り立てられている。金で精巧に作られた翼も付いている)、五芒星<ペンタグラム>を描く。
 最後を結んだその先が、弧を描いて振り下ろされたのが合図だった。
 メリロの視界は一瞬途切れ、奇妙な浮遊感にとらわれた。

「何回やっても気持ち悪ぃ」
 消えた両足の感覚が、一瞬にして大地をとらえた。
 軽い眩暈がメリロを襲う。
 船酔いの後のような感覚を味わいながら、メリロは視線をめぐらせた。
 初めての感覚に酔ったのか、リッキーがその場にへたりこんでいる。
「大丈夫か?」
 しゃがみこんでリッキーの顔色を確かめる。
「だいじょーぶ。・・・メリロって何者?って言うか、あの人」
 エルンストは詳しいことを本当に何一つ言わなかったらしい。
 状況に謎が多いのか、リッキーには疑問が渦巻いているようだ。
「俺は修行中の巡導師。あの魔女は俺の師匠」
「マジでーッ!」
 その驚きたるや尋常ではなかった。
 その後リッキーは得心するまで『マジで』を連呼し続けた。
「リッキーには悪いが、俺は治癒術は使えないんだ」
「そうなんだ」
 少しがっかりしたようだが、それもつかの間のことだった。
「じゃあ、今度メリロの師匠に母ちゃんのこと頼んでみようっと」
 希望を見出したのか、気を取り直したらしいリッキーは元気にそう述べた。
 メリロは複雑な気持ちでリッキーを見る。
 通常巡導師と言えば、一般的に怪我や原因不明の疫病を治したりするのが主な仕事なので、医者と同じような存在に見られがちだ。
 しかし、その治癒方法は医者とは異なる。
 疫病ならば原因になったものがあり、それに対して強い呪をかけて破壊する。
 怪我ならばその人の自己治癒力を高め、通常より早く完治するよう促す。
 その力の作用が、同等に働かなくては効力を発揮しない。
 故に、死んだ人を生き返らせたり、失った体の一部を再生させたりはできないのだ。
 肺砂症は古くから砂漠の民がかかる病だ。
 それが今なお不治の病とされているのは、法国のロード達にも治せないからだろう。
 肺にたまった砂を取り出すという事に、イコールとなりえる呪がないのかも知れない。
 一生懸命なリッキーをがっかりさせるのは目に見えていたから、メリロはあえて自分の生業を黙っていたのだ。
 しかし、目の前でうれしそうに喜んでいるリッキーにそれを伝えるのはためらわれた。
「あれ?ライネルがいない」
 リッキーはあたりを見回しながらそう言った。
「大丈夫。一仕事終えたら返してもらえるから。預かるって」
 勿論、ロードライトがそう言ったわけではない。
 だが、異常なほど獣好きなロードライトの事だ、おそらくそんなところだろう。
『獣好き』というよりは『毛皮好き』なのだが。
「そうなんだ」
 それを聞いたリッキーは安堵したようだ。
「さて、一仕事かたづけるとするか」
 呟いて、メリロは小物入れから手渡された雌石を取り出した。
 手のひらの石から、強い光線が一直線に向かって伸びる。
 本来なら弱弱しい光も雄石の居場所が近いのか、それは夕焼けのもとでもはっきりと見て取れるほどだ。
 二人はその方向に向かって歩いて行く。
 少し進んだところで、急に強い風が吹いてきた。
 一瞬のうちに、それは暴風へと姿を変えた。
 進むこともできずに、二人がそこでうずくまっていると、その身ごと持って行かれそうな竜巻が近づいてきた。
 おどろいているリッキーが口をパクパクさせているが、もはや何を言っているかは聞き取ることができない。
 それは、あっと言う間のことだった。
 一瞬にしてその中に飲み込まれてしまう。
 観念して瞼を閉じてうずくまっていると、いつのまにか耳鳴りは消えている。
 取り巻いていた暴風も感じられないので、メリロは思い切って瞼を開いた。
 目の前に、きれいな女性―――のように見える―――が浮かんでいた。その手に雄石を持って。
「やはり、あの人は死んでしまったのですね」
 彼女はそう言って、悲しげに眼を伏せた。
「あなたは一体・・・」
「私は大気の化身」
「カリア・・・」
 メリロの後ろからリッキーが呟いた。
「人間はわたくしを勝手にそう呼びます。
わたくしの名はエアリアル。あの人がそう名づけてくれました」
 エアリアルはそう言って手のひらの石をいとおしそうに見つめた。
「もう、行かなくては」
 彼女はその手を差し出す。
「それをこちらに」
 メリロの持っている片割れを求めている。
 何も言わずにそれを彼女に手渡した。
 二つの石は再び会い見え、ようやくここで一つになる。
 一瞬強く発光し、そしてそれはあっけなく散った。
「アーサー、私もそちらに・・・」
 呟いた後、彼女は二人に微笑んだ後風とともに消えうせた。
 一連の出来事は、あっけなく終わった。
 アカチェに吹いていた風は、ようやく還る所を見つけたようだ。
 メリロはなんとなく物悲しいような気がした。



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