FC2ブログ
category外伝

外伝 デザートローズ 3

trackback--  comment--
 斡旋所の中は人でごった返していた。
 その人々には、ある一定の法則が当てはまる。
 分厚い皮の外套に褐色の肌。片耳に輪の耳飾りをした、エルンストと同じ匂いを醸し出している者達と、一貫性のない出で立ちをした、そうでない者達だ。後者には、民族衣装めいた格好の者まで混じっている。
 砂漠にはわかりやすい目印や道がない。慣れない者が案内なく砂漠を渡る事は自殺行為に等しい。慣れている者でさえ道に迷った挙句、人知れず死んでしまう事も少なからずあるほどだ。
 エルンストと同じような格好をした人々は、砂漠を安全に渡りたい者の道案内を生業としている“ガイド”と言われる者達。それ以外の人々は概ねガイドを求める客か、もしくは旅の情報を求める者たちだ。
 このガイド斡旋所は便利な施設だ。各地の斡旋所はガイドの組合によって経営され、彼等独自の情報網が布かれている。故に、各地の紛争や気象、災害等の情報がここにはいち早く入ってくる。特別金を払わなくても、情報は広く提供されているので、常に人の出入りは多い。最も、この盛況ぶりはここぐらいのものだが。
 ガイド以外の者はまばらに散って順番待ちをしている。連れのいる者が相当数いるので、手持無沙汰に雑談がそこかしこで花咲いて、ざわざわとやかましい。
 人々の間を街中と同じようにすり抜けて、筒元(もとじめ)の居るカウンター近くへと歩を進めると、そこへたどり着く前に旧知の友と出くわした。
「よう、エルンスト。久しいな」
 厳つい顔に人好きのしない笑みを浮かべて軽く手を挙げた男に、己も手を挙げ返す。
「よう、バザック。かみさん元気か」
 互いに拳を握って挨拶がてらガツリと突き合わせる。
「おう、心配するんじゃなかったってくらいピンピンしてたぜ。出がけに詰まってたのが、この間久方ぶりにけえったら生まれててよ。抱けば泣くし、夜泣きするわで落ちつかねぇよ」
 ははは、と大きな声で豪快に笑うバザックに、思わず笑みがこぼれる。
 そこいらの盗賊風情より余程迫力のある強面のバザックだが、中身は情に厚くて頼りになる優しい男なのだ。腕っ節もなかなかのものだから、ガイドを雇うならこういう人間に限る。最も、もちろん客にはそんな事が分らないから、初めての者には敬遠されがちなのも事実だ。だから、彼には馴染み客が多い。
 本当は嬉しくて仕方がないくせに、憎まれ口ばかり叩いてしまうのは、素直に喜ぶのが恥ずかしいからだ。
 もちろんエルンストにはそんな事は承知の上だから、肯定も否定もせずに笑うにとどめておく。
「で、どっちだ」
「あー、男だった。童名(わらしな)だけは決めて出てきたんだがな。エルンスト、良かったら成名考えといてくれよ」
 彼らのようにガイドを生業とする砂漠の民をアシュヴァンという。彼ら部族の古い風習で産まれてすぐの男児にだけ、幼名が用意される。
 男児は育って後にガイドとして独り立ちする時が来る。その時に初めて、成名をもらって一人前と認められるのだ。
「分かった。良い名を考えておく」
 成名を考えてくれと頼まれるのは大変に名誉な事だ。バザックとは気が置けない間柄だが、それでもやはりうれしいものだ。
 それほどまでにバザックが寄せてくれる想いに、エルンストの胸は熱くなった。
「で、ここは相変わらずだな。どんな具合だよ」
 先にたどり着いていた厳めしい友に、客の捌け具合を訪ねてみる。
 急ぐ必要はないので、もしも順番待ちが長くかかりそうなら、先に勤労少年の食欲を満たしてやろうと思うのだが。
「さっきから流れてないな。いやな、女と爺さんの二人連れで揉めてんだよ。客一人につきガイド一人だってルバイオスのヤツが懇懇と言ってんだが、爺さんがガイド一人で二人連れて行けと訊かなくてな」
 金に汚い商人連中に有りがちな話だ。ガイド料が惜しいから、そんな無茶な要求をしてくる。だが、ガイドを一人だけ雇おうが、二人に増やそうが、料金は変わらない。客の頭数で料金は決まっているのだから。それならばガイドの数を増やす方が、よほど旅は安全にできるというもの。
「は、しょうがねぇなガメツイ商人は」
「それがよ、そうでもないらしい。どうも訳ありな感じだな、俺の見た感じ」
「ほう・・・」
 独り立ちしたてのひよっこならばともかく、熟練のガイドともなれば何も言われずとも初見で人の裏側の匂いを嗅ぎ分けてしまうものだ。
 良くも悪くも人間相手の癖のある商売。不味い人間を運んだなら、即己の命を落としかねない。だからこそ、ガイドという人種は人を値踏みする。
 バザックは熟達した腕の良いガイドだから、彼の直感は無視できない。
「女の方が特にな。あれはどうも何処かの貴族の奥方だぜ」
 人々の喧噪に紛れ込ませるように、バザックは殊更声を低くしてそう述べた。
「ふん・・・そりゃまた厄介だな」
 浮気した挙句事が知れて、亭主の追跡から忍んで逃げていたりするのだろうか。
―――馬鹿げている。ならば何故供が爺のみなのだ。
 エルンストは、そんな自分の下世話な想像に内心で苦笑する。当人を己が目で見る前に想像で人を判断する事は、品性を欠いた行いだと言うのに。
 それはさておき困った事になった。時間がかかるのは致し方のない事としても、バザックの言葉から察するに、両者の話の決着はなかなかつかないだろう。
 同行客が一緒ではないので特に急いではいないが、だからと言っていつ終わるとも知れぬ時間を過ごすほど暇な訳ではない。
 ルバイオスは生真面目な男だから、おおよそどんな客に対しても無碍な態度を取ることがない。裏を返せば、道理の通じぬ者でも、適当にあしらう事が出来ないという事だ。
 今頃、苛立つ他の客を前に押し問答を繰り広げている事だろう。
「融通が利かんからな」
 エルンストの言葉を長引くやりとりに対してと捉えた友の返答を言うに任せ、それをきっかけに彼は人ごみの奥に視線を移した。
「俺は少し様子を見てくる」
「ああ。何なら適当にまいてやれ」
 楽しそうに相好を崩すバザックに無言で頷いて、エルンストはカウンターに向かった。

「そうは言ってもね、爺さん、決めごとなんだよ。何度も言うようだが、頭数で料金は決まってる。一人だろうと二人だろうと貰うもんは貰うんだから、拘る必要もないだろう」
「そちらにはなくても、こちらには意味のある事。だからこうして何度も頭を下げている」
 そこでは予想通り、収束の兆しのないやりとりが行われていた。
 弱ったように頭を掻いて、憚る事無く大きなため息を吐き出したルバイオスを見据えながら、老爺は悔しげに口を結んだ。
 そこに、女の声がかかる。
「もう諦めましょう、ヤーク。これ以上ご無理を申しあげては、他の方々にご迷惑がかかります」
 全身黒尽くめの華奢な人影から声がかかる。
 頭から黒い更紗を被り、同じく黒い服を身に着け、口元を覆い隠した人物―――喪婦だ。
 なるほど、バザックの言う通り、確かに身分の高そうな女だ。発音に訛りがなく、言葉づかいが丁寧で品がある。
 それと同時に、自分の下世話な想像がいかに下らなかったかを思い知る。
「しかし、アゲ・・ート様」
「何か他の方法を探しましょう。取り決めとしてある以上、それを曲げては衆目に示しがつきますまい。無理な申し出にもかかわらず、良心的な対応をして下さった事だけでも感謝しなくては」
「・・・承知しました」
 ヤークと呼ばれた翁は、女の言葉にあっさりと頷いた。
 どうやら話の通じぬ者達ではないらしい。そうまでしても拘る理由、否、拘らなくてはいけない理由があるのだろう。
「ルバイオス、規約は確かに気安く破るものではないが、だからと言って誰もかれも十把一絡げには出来んだろう。訳は聞いたのか」
「ああ・・・エルンスト。いや、まだだ」
 すっかり忘れていたと見える。拙いと言わんばかりにルバイオスは視線を泳がせた。
 持ち前の気性で職務には忠実だ。事細かに規約を説明したのだろうが、この男には客の立場を察してやる柔軟さがない。先代の筒元―――彼の父からこの仕事を継いでから年数が浅いのだから仕方がないのかもしれないが。
「爺さん、理由如何によっては俺達もどうにかできるかもしれん。訳を話す気はないか」
「この衆目の中では・・・」
「ふん・・・ではこうしよう。あんた達、宿は取っているか」
「はあ・・・この手前の通りに」
「そこで話を聞こう。それなら、俺一人だけで済む。耳にした事は一切口外せんと約束する。俺もガイドとしての沽券に関わるしな」
 エルンストがそう述べても、翁は逡巡するように黙りこくった。
 それすら即答できぬほど慎重を期さねばならぬ事情があるのか。そんな様子のヤークの決断を待つエルンストに、傍らから答えが返される。
「分かりました。では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」
 黒づくめの女の、覇気のあるその声に老爺の視線が一瞬流れるも、彼がそれに異を唱える事はなかった。
 それほどまでに女は翁にとって絶対的な存在なのだ。
 呆然と見守るルバイオスに深い礼をして、主人は踵を返す。
「では、参りましょう」
 女の紡いだその声音で、エルンストはようやく彼女がまだ若いのだと悟った。



 2へ4へ

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学