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category外伝

外伝 デザートローズ 4

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 二人の後について辿り着いたのは、格で言うならば並程度の宿だった。
 ふと、疑問に思って問うてみる。
「もっと良い所はとれなかったのか」
 ふふふ、と笑う女の漆黒の更紗がほんの少しだけ揺れる。
「いいえ、生憎とそこまでの贅沢をできる身分ではありませんから」
 次いで彼女は、どうぞと無骨な椅子を示す。
 それに従って腰を下ろし、無粋にならぬ程度に視線を彷徨わせる。
 商いで名を売る事に躍起になっている者達ならば、分不相応にこぞって上宿をとりたがるものだが、どうやら女はそうではないらしい。彼女の言を信じれば至極尤もな選択ではあるが、それに関しては怪しい所だとエルンストは思う。
 路銀は節約したいが、かといって衝立のみで仕切られた下宿(したやど)をとるのは憚られるといった所だろう。この主従が何者かに追われている、と仮定するならばだが。
 女はエルンストが腰を下ろしたのを確認して、己も席に着いた。
 老爺は閉じられた扉の前に佇んだまま、そこから一歩も動こうとしなかった。外側の人の気配に注意を払っているのか、あるいは、己を警戒しての事か。いずれにせよ、虚空を睨む白濁した眼が、隙のない光を宿している。爺だと侮ってはいけない。こちらも動き方を注意しなければ、一瞬のうちにやられてしまう―――そんな気がする。
「で、あんた達のやんごとなき事情とやらをきかせてもらおうか」
 そう述べて、眼前の女の眼を見据える。
 皺ひとつない褐色の瞼に包まれた女の瞳は、沈むような碧だった。
「何からお話すれば良いのでしょうか・・・」
 彼女はそう言って、逡巡するように視線を彷徨わせる。流した視線を再び眼前の男に戻して先を繋ぐ。
「わたくしの夫は、とある土地の領主をしておりました。しかし、領土の覇権争いに敗れて亡くなり、わたくしは寡婦となったのです。混乱に乗じて邸(すまい)から逃げだしましたが、わたくしには相続権がございますので、追われております。わたくしは遺産の相続を望んではおりませんが、それを申して逃れられる相手ではございません。親類がセルフォトにおりますので、そちらに身を寄せるつもりでおりますが、なにぶん不慣れな土地の事。案内無しには参りません。ですが、事が事だけにそれと知られるのは最小限に留めたいのです。・・・この身に関わる事ですから」
 なるほど、とエルンストは心の内で呟く。
 簡潔だが要領を得た説明だ。例え己に裏切られたとしても、後々自分たちに降りかかる災難を最小限に留めるため、肝心な部分は暈して(ぼかして)ある。寡婦なのだから、顔を隠した喪装姿も不自然ではない。必要以上に姿形を人前にさらさずともよく、仮に最悪の事態に陥っても、黒衣を脱げば逃れやすい。
 この女、なかなかの切れ者のようだ。否、切れるのは翁の方なのか。
 いずれにせよどうするか。ガイドとしての経験に基づくなら、この客は少々ヤバい。
 エルンストは考え込む様にこめかみに手を当て、残った方でトントンと卓を弾く。
 そんな己を見つめる女の視線は揺るがなかった。焦るでもなく、責めるでもなく、哀願するでもなく、ただそこに静かに在るだけ。
 そして、彼は悟った。生温い風が運んできた予感の正体を。
 だが、予感に身を委ねて安く売れる命など持ち合せてはいない。乗るか反るかは賭けの勝率を引き上げてからだ。金よりも命。賭けの醍醐味が薄れると誹られ(そしられ)ようとも。
「爺さん、あんた徒者(ただもの)ではないだろう。万一敵に遭遇した時、己の身を守る技量は持ち合わせているか」
 エルンストは振り返らずにそう問いかけた。もちろん、答えは聞かなくても解っているが。
「自信がなければ奥様のお供を申し出たりはすまい」
 翁はそう言って、小さく笑う。
 エルンストもまた、その答えを聞いて苦笑を浮かべる。
「俺達がどうして客一人につきガイド一人と定めているかだが、雇い主の身の安全の確保と、もう一つ・・・足の問題がある。乗獣を買わなけりゃならん。あんた達、セルフォトを目指すなら距離は最長だが、二人分のガイド料とライネル一頭分の路銀は持ち合わせているのか? 結構な額になるが・・・」
 エルンストの問いかけに女は黙って頷いて、懐から石を取り出した。
 差し出されたそれに、彼は眼を見開く。
 陶磁を思わせるとろりとした乳白の、艶やかに咲いた花の形をした石。砂泉から花の形をしたまま産出される極めて珍しい水晶で、名を白咲晶(はくえき)―――アゲレードと言う。
 それを手にとって、矯めつ眇めつ眺め視る。
 一般的な石ならば不純物が多いと価値は下がるが、アゲレードに至っては、その不純物がむしろ歓迎される場合がある。
 彼女が差し出したものもまさしくそれで、花芯に近い部分に薄紅の不純物を内包している。花弁の先へ行く程に色は白く溶け込み、えもいわれぬ彩をしたその石花は見事なまでに美しかった。これは上物だ。しかも、めったにお目にかかれないばかりか、相当に価値がある代物だ。ここアドヴェダの宝石商で扱っている一般的な大きさのものよりも二周りは大きい。
 だが、それだけに少々厄介だ。
「確かに、路銀には十分すぎるほどだが、これは駄目だな」
 そう言いながら石を女の方へと返す。
「何故です?」
「物が良すぎるんだ。足がつくだけならまだ良いが、下手すりゃ盗品と疑われる。吊り書きがなけりゃな・・・」
 そうですかと少し沈んだように呟いて、彼女はそれを懐にしまう。それと入れ代わりに、もう一つ別の物を取り出した。
「ではこちらを」
 エルンストの眼前に置かれたのは、碧い石の据えられた指輪だった。
 それを手にとって確認する。その石は、女の瞳と同じ色をしていた。
 台座は精霊銀。碧は限りなく澄んでいて不純物の内包は見受けられない。削りだしも細工も見事で、こちらもまた上物だった。確かに高価ではあるだろうが、こちらは石花ほど珍しいわけではない。
 裏返して見ても、台座の内側にこれといった刻印もなかった。これならばまずまずの値になるだろう。もっとも、路銀としてはぎりぎり足りるか足りないかという所だが。まぁ、残りは換金してからだ。
「わかった。あんた達のガイドを引き受けよう。俺はエルンストだ」
 彼のその言葉に、女はホッとしたように肩を下ろして、長い睫毛に縁取られた目元を崩した。口元を覆っていなければ、花が綻ぶように笑っているのがみえただろう。
 エルンストが差し出した手をそっと両手で包みながら、女は口を開いた。
「わたくしはアゲートと申します。あの者はヤーク。どうぞよろしくお願いいたしますね、エルンスト」
 予感が今、巡りだす。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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