FC2ブログ
categoryスポンサー広告

スポンサーサイト

trackback--  comment--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
category外伝

外伝 デザートローズ 5

trackback--  comment--
「ではこれを」
 エルンストは腰元から真鋳の札を取り出してアゲートに手渡す。彼女は受取ったそれを不思議そうに見つめて小首を傾げる。
「これは一体何です?」
 燻が入って黒く鈍い光沢を放つそれには、象形化された太陽と直線を複雑に組み合わせた紋らしきものが刻印されていた。
「これは俺のガイド証明札だ。言わば、あんた達から金を預かったという受領書の代わりみたいな物だ。万一俺が持ち逃げしても、あんた達はそれを、さっきの斡旋所に持ち込めばいい」
 太陽以外の部分の模様が、持ち主ごとに異なっている。それで、誰の札かを特定するのだ。
「そうすればお金が返ってくるというわけですか? どれくらいの価値があるものを渡したのか分らないのに?」
「そうだ。言うなればその札は俺達の誇りみたいなものだ。そんな恥知らずな行為はしないという証だ。そして、万一の行為があった場合、例え請求された額が実際の額よりも多くても、俺達は一族の矜持にかけて支払うだろう」
 例え客を騙った痴れ者に奪われたとしても、札そのものには、持ち主の意思で手渡さない限りは札として形を成さない呪が掛けられているので悪用できないようになっている。そして、それは偽造する事が出来ないという有益な一面も兼ね備えていた。
「一辰後(いっしんのち=二時間後)に斡旋所でもう一度落ち合おう。俺は所用があるのでな」
 そう言って足早に席を立ったエルンストを見上げて、女は尚も問う。
「他に何をするのです?」
 アゲートは思案するような色を浮かべて呟いた。そして、気がついたように「ああ」と漏らした。
「前の方たちがやりとりしていた書類・・・あれを交わす必要があるのですね」
 とんだ世間知らずかと思いきや、存外に洞察力に優れた女の言葉を耳に受けて、エルンストは薄い笑みを浮かべた。
「そうだ。信用商売なんでな、俺達は。では、また後で」
 見送るためか席を立とうとしたアゲートを手で制して、エルンストは扉へと歩を進める。それにもかかわらず椅子を引いた音が耳に届いた。律儀な事だ。
 去り際にかちあったヤークの視線が、足を進めても動かずにゆるゆると流れて消えて行く。
 頭の片隅でそれを訝しく思いながら、エルンストは宿を後にした。
 
 立ち去った男の後ろ姿を見送って、女は安堵の吐息を漏らした。
「あの男を信じるのですか」
 やや緊張を解いたように肩を下ろして、翁は独白するように呟く。
 それを見た女主人は困ったように笑った。
「少なくとも、悪い人ではなさそうよ。貴方は心配が過ぎてよ、ヤーク」
 やんわりと窘められた翁は、了解したように頭を下げた。
 心地よい沈黙が、飾り気のない部屋の中に満ちていた。

 
 エルンストは馴染みの店を目指して雑踏を行く。人気の少ない路地裏に入り、徐々に細って薄暗さを増す道を抜ける。どん詰まりの奥まった場所に、その店はあった。
 相変わらず客を寄せ付けない風体の扉が、ずっしりと構えている。どこか「帰れ」と言われているような気分にさせるその扉は、砂埃と煤に黒く彩られ、もはや元来の素地が見えぬほどだ。
 そもそもエルンストが思い出せる限りは昔からずっとこの状態だから、店主はこの扉を綺麗にしてやる気はないらしい。衛生問題云々の前に、商っている品物が品物なだけにいかがなものかと彼は思う。
 いつもの癖で振り仰いだ小さな軒先に掛る古びたキャストサインには、ペンタグラムが打ち抜かれていた。
 扉に手をかけて重いそれを引くと、路地裏に吹き溜まった湿気を掻き散らすかのような盛大な泣き声をあげる。これもまた、「帰れ」と言われているような気分にさせる一因かもしれない。
 踏み入った店内には、男が一人佇んでいた。
 エルンストの顔を確認した男は、おや、と驚いたように眉をあげた。
「ここの所顔を出さんから、どうしたのかと思っていた」
「ここの人間は皆同じ事しか言わんな」
 苦笑いを浮かべながら、そう返す。それを受けた男は、声をあげて楽しそうに笑った。
「ははは、それは先を越されたな」
「反応がリコと同じじゃ、あんたの名折れだろうよ、フォードバック」
 ニヤリ、と皮肉な笑みを浮かべてさらに続ける。
「醜聞は口外せんと約束するから、買い取り額を弾んでくれよ」
「全くお前には参る、エルンスト。この悪党が。まぁ良い、勉強するさ」
 親しい間柄でなければ交わせない質の悪い冗談を言い合ったあと、店主はやれやれと言った様子で白髪の目立つ硬そうな頭髪を掻く。髪の具合程老いてはいない少々照りのある額には、人目を引く古い太刀傷が浮いていた。
「で、物は何だ」
 フォードバックに促されて、エルンストは女から預かった指輪を懐から取り出した。それを、商品棚を兼ねているカウンターの上に置く。
「ほう、こりゃまた上物だ」
 店主は鑑定鏡を取り出して、手に取った碧石を覗き込む。
「水柱石か。透度、細工、色、すべてにおいて申し分ない。台は精霊銀か」
 返答を求めているわけではない彼の呟きを聞くだけに留める。
 黙って査定を待っていると、今度は背後の棚から工具と秤を持ってくる。
 そして、持ちだした工具を使って慎重に台座の爪を広げて行く。ここで焦って抗議などしてはいけない。フォードバックはこの道では一流の部類にはいる。仕事の邪魔をするのは野暮というものだ。
 形を崩さぬよう少しだけ広げられた台座から石を取り出して、それらを二つに分ける。
 石は石、台座は台座で秤にかけて買い取り額を決めるのだ。
 先に台座を皿に載せる店主の手元から、裸になった石へと視線を流して眉根を寄せる。
 咄嗟にそれを掴んで、脇に寄せられた鑑定鏡に手を伸ばす。
「すまん、ちょっと借りるぜ」
「どうかしたか」
 怪訝な表情を浮かべながらも、フォードバックはほんの少しの妨げを咎めたりはしなかった。気分を害した風もなくそのまま仕事に戻ってゆく。
 唯一光が入る店の奥の窓際へと移動して、石を透かしながら鏡を覗きこむ。
 そこに小さく浮かぶものを見つけて、眼を見開いた。
 ガリガリと赤茶の頭を掻いて、溜息を吐き出す。
「弱ったな」
 またカウンターへと取って返して、鑑定鏡を元の場所へと戻す。
「悪い、フォードバック。売るのはそっちだけにする」
「まぁ、それでも構わんが。台だけじゃ大した額にならねぇぞ」
 秤に薄い錘を載せながら、こちらに見向きもせずにそう答える。ようやく二枚の皿の均衡が釣り合った所で、店主は満足気に眉間の皺を伸ばした。
 覗きこんだ皿に置かれた錘は、全部を足して七クロット半だった。
「三百って所だな」
 相場よりも少し高めの買い取り額を提示したフォードバックに破顔する。
「ありがたい。いつもすまんな」
「お前とは長い付き合いだ。約束通り勉強したまでよ。気にするな」
 そっけなく手を振る店主にもう一度心内で感謝して、エルンストは手にしたままだった碧石を腰元へとしまった。
 買い取り額の三百バルクを支払おうと引出しを開けるフォードバック認めて引きとめる。
「これを買うから相殺してくれ」
「ん? また珍しいものを買って行くな。予定でもあるのか」
「あぁ、ちょっとな・・・・。 “予定”というよりは“予感”だがな」
 エルンストに言われた通り陳列された商品の中から、赤い紐の掛けられた琥珀色の球を取り出して、布袋に入れてくれる。相方を失って取り残された値札には、買い取られた台座と同じ額が記載されていた。
「どんな事情かは知らないが、無茶はほどほどにしておけよ」
 商品を手渡しながら己の身を案じてくれる店主に人の悪い笑みを浮かべながら、エルンストは皮肉を込めた台詞を返す。
「あんたに言われたくないな、フォードバック。額の傷は無茶の証し、だろ?」
「全くだ」
 互いに声をあげて笑いあったあと、エルンストは出口へと踵を返す。抜け際、後ろに手を挙げてフォードバックの店を去った。



 4へ6へ

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。