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category外伝

外伝 デザートローズ 6

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 フォードバックの店からの帰り道、エルンストは少し遠回りをして大通りから外れた道にある小さなパン屋に来ていた。
 あえて暇を惜しまずそこを選んだのは、単純に大通りの店よりも旨いものが買えるからだ。リコにねだられた石窯パンだが、どうせ食わせてやるなら旨い方が良い。そして、それは年長者たる彼のささやかな見栄でもある。
 辺りには、香ばしく、そして何とも表現しがたい独特の匂いが充満していた。食欲中枢を刺激するその香りの正体は、香辛料入りのペーストに付け込まれた鶏肉の焼ける匂いだ。
 石窯パンを商う店だが、パンの焼ける匂いよりも、脳に刻み込まれるような鮮烈な香りばかりが印象に残る秘伝のそれが、この店のウリだ。
 こぶし大に切られた肉は串刺しにされて窯の側で焼かれている。時間をかけてじっくりと火を通された肉は驚くほどにやわらかくて旨い。
 思い出したように食べたくなるその味を求めて、エルンストは店の前にできた人の列の最後尾に並んだ。
 昼食時を外しているから、順番待ちにさほど時間はかからない。
 手際の良い看板娘が、焼かれた傍から積まれる平たい白パンと肉を眼にもとまらぬ速さで包み、客に手渡している。勘定を受取る女将の隣から、愛らしい笑みを浮かべて礼を言うのも忘れない。
 以前と変わらず気持ちの良い商いぶりに、客はどんどん捌かれて行く。ルバイオスにも見習わせたいくらいだ。
 程なくして自分の番がやってくる。
「いらっしゃい。おいくつにしましょうか」
 ぷっくりとした薄桃色の娘の口元が快活に崩れる。
「パンと肉を二つずつ。二組に分けて包んでもらえるか」
「わかりました」
 頃合い相応にふっくらとした肉付きの良い手が素早く動いているその傍らから、やや甲高い女の声が「お兄さん、五百だよ」と掛る。
 代金の五百シルバを女将に払い終えた絶妙のタイミングで、筒状の紙包みが二つ差し出された。
「ありがとうございました。またごひいきに!」
 受け取りながら、弾けるような笑顔につられて相好が緩む。包み紙越しに伝わる温かさが手に心地好い。
「ありがとう」
 忙しい看板娘にそう返して、エルンストは小さな繁盛店を後にした。


 ガイド斡旋所へと取って返し、ようやく一段落着いた様子のリコの後ろ姿を捕まえる。
「そろそろ休憩させてもらえ」
 今し方預かった客の乗獣の手綱を柵に括りつけ終わったばかりだったから、少年はビクリと肩を上下させて振り向いた。
「あ、エルンストさん」
 今にもびっくりさせるなと抗議しそうな口を封じる為に、エルンストはまだ温かい包みを素早く突き出す。
「ほらよ」
 驚いたように目を丸くしたリコは、咄嗟の事に唖然とそれを受取った。買ったばかりでまだほんのりと温かいそれを一瞬凝視して、間髪入れずに破顔する。
「ロビエラの石窯パンじゃないですか!」
 ロビエラとは先ほどの女将の名である。屋号は別に存在しているが、今やその名で呼ぶものは皆無に等しい。店の味を守っているのは彼女の亭主だが、今の繁盛ぶりがあるのは女将のお陰というのは広く知られた事実だ。だからこそ、人々はこう呼ぶ――― “ロビエラのパン屋” と。
「うわぁ、さすがエルンストさん」
 安給金のリコにとってはロビエラの石窯パンは贅沢品だ。他にも石窯パンを売る店は何件かあるのだが、それらと比べて味の良さの分少々値が張る。昼飯には大通りの店で黒パンと少しのチーズを買うのが常の彼にとって、たまにやって来てはこうして旨い食事をおごってくれるエルンストは憧憬の念を抱く存在である。
 少しばかり意地の悪い言い方をされたり、忙しい時に限って用事を頼まれたりするが、それも彼なりの愛情表現なのだと判っているから、何だかんだと言いながら許してしまうのだ。そして、本当に傷つく事や無理な事は言わない、という事も知っている。
「調子の良い奴だな」
「えへへ」
 リコの現金な様子に苦笑を浮かべるが、そう言われて悪い気はしない。
 実直な心根と年齢相応の青臭さが好ましくて、ついつい意地の悪い事を言ってしまうが、それでも自分を慕ってくれるリコは可愛い弟分だ。
 荷番長に休憩をもらいに行くのだろう。大事そうに驕りの昼飯を抱えたまま楽しげに駆け出す後ろ姿を、目を細めて見送った。


 斡旋所の裏手で遅めの昼食をリコと二人で食べたあと、エルンストは少し早めに待ち合わせ場所へと向かった。と言っても、ものの数分とかからないのだが。
 荷も人も、動くのは早朝から昼すぎまで。その時間帯が終われば、人の波は一旦引く。数時間前までの混雑が嘘のように、人影も今はまばらだ。どうにかこうにか客を捌ききったらしいルバイオスは、カウンターの中で書類を片付けていた。
 エルンストの足音に気がついたのか、下に向いていた視線を上げて、会釈する。
 足が止まるのと、ルバイオスの声が投げかけられたのはほぼ同時の事だった。
「さっきの客と契約したんだな」
「ああ」
 エルンストは素っ気なくそう返して、満足げに頷いた。
 フォードバックの鑑定書が届けられた事で察したのだろう。額に傷持つ匠の一流の仕事ぶりには毎度頭が下がる。彼のお陰でいつもこちらの仕事は円滑に進む。
 ルバイオスはカウンターの内側から一通の書類を取り出して、エルンストの目の前に置く。
 手に取った紙面には、癖のある右上がりの字が綴られている―――フォードバック自筆の鑑定書だ。文末には、日付と呪印が記されていた。
 その内容曰く、格石・水柱石三十シン。鑑価ニ千二百バルク。台鉱・精霊銀七クロット半。鑑価二百九十バルク。
 つまり、アゲートから受け取ったあの指輪の価値は、合計ニ千四百九十バルクだったという事になる。台座の価格が店主との交渉よりも少なく記載されているのは、エルンストの手間賃という事だ。これもまた、商売なのだ。
「で、斡旋料はどうする。払いは為替か?」
「ああ。アシュケナの組合に積み立てがある。そこから移動しておいてくれ」
 ガイド料については、全額前払いになっている。移動距離に応じて料金は高額になるが、もちろん大金を持ち歩いている客などめったにいない。大多数の者が物品で支払をする。理由は単純に大金を持ち歩くのが重いからだ。額如何では危険でもある。それはガイドにおいても例外ではなく、支払われた物品を全額換金するかそうでないかは、人によってまちまちだ。エルンストのように指輪であれば、全額もしくは台座か石のどちらかを換金する他ないのだが、価値の大半を占めていた石を換金しなかったので、手持ちの現金がない。支払う斡旋料はガイド料の一割二分だが、それでもそれをエルンストの手持ちから払えば路銀がなくなる。そこで重要になってくるのが組合間で行われる為替のやりとりだ。
 ガイド達は塒(ねぐら)と定めた町の組合に席を置き、そこに常時動かせる金銭を積み立てている。各地の組合と斡旋所は横繋がりで運営されているので、現金の不足を為替で移動(しはらい)できる仕組みになっている。もちろん、手間賃は無料だ。
 金銭の支払いに対するこういった些細な事務手続きは客の前でするものではない、というのはエルンストが師から受け継いだ事だ。
 先代の筒元の頃から頑なに守ってきた事だから、ルバイオスも手慣れたもので、最小限の会話で事は足りる。
 再び黙って差し出された送金依頼の書類に署名をしていると、背後から近づいてくる人の気配に手を止めた。だがそれは、一人分だけ。
「お待たせいたしました」
 数時間前に耳に馴染んだばかりの女の声を受けて苦笑する。
―――やはり、徒者ではない。
「いや、早いくらいだ」
 そう言って振り返る。
 アゲートの後ろに佇むヤークをちら、と一瞬流し見て、視線をまた元へと戻す。
 そして、カウンターに置かれたままだった鑑定書を逆さにとって、アゲートに提示する。
「預かった指輪の鑑定書だ。斡旋所公認の呪石商に持ち込んだ。鑑価に不満がなければ話を進めるが、これで良いか?」
 差し出された鑑定書の内容をじっくりと読みこんで、女は面を上げた。
「これで結構です。進めて下さい」
「わかった。セルフォトを目指すならば南西方向に進んでアンカルックを通って行くのが一番早い。途中補給のために他のオアシスにも立ち寄るが、およそ二月という所だ。料金は二人でニ千五百。異存は?」
「こちらにはありませんわ。足らずは現金で構いませんね? それと、乗獣が必要だとおっしゃってましたわね。いかほどになりますかしら」
 本来はエルンストが尋ねなくてはならない事を、アゲートは予測していたかの様に問いかけてくる。
 預かった指輪の鑑価はガイド料にも満たなかった。足らずはほんの少しだが、それを補ってもまだ旅立てない。乗獣を購うのに、更なる資金が必要なのだ。その事を前もって伝えてあったにせよ、高額のやりとりに顔色一つ変えない。そもそも普通の女ならまず折衝を自分でしようとは思わない。従者がいるのなら尚の事だ。
―――やはりこの女、切れ者かもしれない。否、骨の髄まで貴族なのか。
「およそ三百ってところだ。知己に乗獣商がいるから渡りをつけてやろう」
「助かりますわ。ではそれで契約を。とりあえずガイド料の足らずをお支払いしておきます」
 アゲートは手の中の紙をヤークに差し出して、彼の眼を見て頷いた。
 翁は了解したように頭を下げ、黙って不足分の十バルクを女主人の手に載せる。
 流れるようなやり取りを経て手渡された金を受取って、エルンストはそれを財布代わりの小物入れに仕舞った。
 黙々と書類を片付けていたルバイオスは、契約が成立したのを見てとって、すかさず契約書を送金依頼書の隣に置く。
 エルンストは年若い筒元のその行為に、薄く笑みを浮かべる。どうやら少しはわかってきたようだ。
「空欄になっているところに、今日の日付と行き先、それからあんたと従者の名を書いてくれ。もちろん、偽名でも問題はない」
 エルンストの言葉に、アゲートはクスリと笑った。
 怪訝な表情を浮かべて己を見返す男に、女はいいえ、と首を振った。
「お気になさらないで」
 そう言って何事もなかったかのように筆を握って空欄を埋めていく女の不可思議な反応は脳裏の隅に追いやって、書きかけだった書類の続きを記さんと墨を載せる。
「ヤークの名も、わたくしが書いて構わないのですか」
「ああ、構わない」
 しばらく、紙表を滑る筆の音が流れて行く。
 ほぼ同時に手を止めると、女は思い出したように懐を探った。
 取り出したエルンストのガイド証明札を両手で丁寧に持ち、口を開いた。
「確かに、お返ししますわね」
 そう述べて、男の手に載せる。
「確かに」
 返された札をしっかりと握りしめた。
 すぐさまエルンストは書面に向き直り、送金依頼書の上に札を載せる。札の紋の中心に人差し指を置くと、程なくして刻まれた溝に光が奔る。
 瞬き程の発光を経て札を退けると、そこには札と同じ紋が焼き付いていた―――呪印である。
 同様に、契約書にも呪印を施す。これで、誰であろうとも書類の改ざんはできなくなった。ガイド達の信用商売を支えているのは、こういった契約の不正を防ぐ仕組みが確立されている事によるところが大きい。
「契約成立だ。出発は明日の朝。しばらくは寝台ともお別れだ。ゆっくり休んでおきな」
「その前に、乗獣商を紹介していただかなくては」
 楽しそうにそう切り込んでくる女の碧い瞳を見つめた。
 皮肉気に笑って
「そうだった」とおどけてみせる。
 予感を抱いた舞台の準備が終わろうとしていた。そして明日、幕は上がる。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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