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category外伝

外伝 デザートローズ 7

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 早朝、出発前にガイド斡旋所へと足を向ける。
 昨日そこで別れたきりの友にもう一度出会いたかったからだ。出会えるならば良し、そうでなくとも仕方がないというくらいの気持ちではあったが。
 それともう一つ、アゲートと交わした契約書を確認しておきたかったのだ。
 動き出す前の街は、ポットの中の茶葉の様にじりじりと蠢いていた。ゆっくりと広がって、やがては際限(まち)の中を縦横無尽に埋め尽くす。
 そんな、人々が未だ明けきらぬ天の下に目覚め始める頃、空は灰色と薄紫紺の最中にあった。
 開いたばかりの斡旋所は昨日と違って乗獣の数も寂しい。勤労少年の姿はなく、そこに居るのは荷番長のみだ。寝欲深い若人よりも、年老いた彼が早朝の勤めを受け持つのは理にかなった事なのかもしれない。
 昼間は荷番夫達の監督に徹している彼に、男は自分の乗騎を荷ごと預ける。
 踏み入れた屋内には、数名のガイドの姿があった。出発前の情報確認のために訪れているのだ。
 前日とは打って変わってだだっ広くさえ感じるそこをぐるりと見渡すも、残念ながらそこにバザックの姿はない。
 朝一番で情報が張り出された掲示板の近くに数名。残りはぽつぽつと斑だ。
ガイドは皆似たりよったりの格好だが、それでも独特の雰囲気を持つ男の存在の有無を確認するのは容易かった。
 元々期待はしていなかったから、さほど落胆はしない。
 目的の半分をあきらめて、もう一方を片付ける事にする。
 まだ眠いのだろうか、遠目にも昼間より白く感じる血色で薄ぼんやりとした表情を浮かべる筒元の所へと歩いて行く。
「締まりのない顔をしているぞ」
 からかい半分に笑いながら声をかける。
「ああ、おはようエルンスト」
「おはよう」
 乾燥から戻り切っていないのか、ルバイオスはからかわれた事に意識を向ける事も無かった。湯の浸透(ちのめぐり)が足りないらしい。
「また為替の移動か?」
 客と一端契約してしまえば、旅費のほとんどはガイド持ちだ。行先に応じた準備を街で行うが、予想外の出費に路銀が尽きるのはよくある事だ。物品相場が変化しやすいここアドヴェダならば特に。
 思考的にというよりは、日頃の惰性で機械的に垂れ流された問いに首を振る。
「いや、昨日の契約書をもう一度確認したかっただけだ」
「何か不審な点でも?」
「さてな、妙な勘が働くだけだ」
 エルンストが苦笑いを浮かべながら返した言葉を、男は奇妙なものでも聞いたかのように不審な色を刷く。
「意味がよく分らん。・・・まあ、良い」
 そう言って、書類の納められた棚に契約書を取りに行く彼に安堵の息をつく。
 ルバイオスの頭が完全に動き出す前で良かった。詮索されてやましい事は何もないが、かといって他の者の印象に残る事は極力避けたかったから、昨日はあえて契約書を確認しなかった。特に、あの老従者の前では。
 契約書など儀礼的なものにすぎない。偽名でも構わないと昨日女主人に言ったのはそのためだ。もちろん効力がある事には間違いがないが。表向きは客の信頼を得るために交わすものだが、それ以外にも別の意味を持つ。確かに契約を交わしたと既成事実を作るためだ。
 ガイド斡旋所までやってきてわざわざ筒元の前で取り交わすのは、互いに言い逃れができないようにする為である。
 本人の意思で署名した事が確かなら、記されたものが偽名であっても構わないのだ。だから、その場でわざわざそれを確認するガイドなど居ない。その逆があったとしても。
 あくびを噛み殺しながら戻ってきて、手にした紙を差し出す。
「すまんな」
 二度手間になった事を一言詫びて、契約書を受取る。
 覇気のない表情で一瞬頷いたルバイオスを確かめてから、書面に見入った。
 名前の欄に視線を移す。そこに記された、流麗な字。

 アゲート=リグレキア
 ヤーク=マカニ

―――やはり。否、それとも偶然か。

「ありがとう。手間を取らせた」
「何かわかったのか?」
「いや、気のせいだった」
 不信感を抱かせないよう、平然を決め込んでそう返す。この程度の二枚舌が使えなくてはガイドなど勤まらない。
 それに疑問を抱いた風もなく、納得した様子で「そうか」と漏らした男に、軽く手を挙げて別れを告げる。
 予感が確信へと色を染め始めた事を知って、出口へと歩を進めながら眉根を寄せた。
 さて、どう動くべきか―――
 無意識に開いた扉から切り込んでくる日差しに、眩暈に似た瞬きを繰り返す。
 そこに立っている者を視認して、更に色は濃くなった。
「早いな、エルンスト」
 まぶしい振りをして一瞬眼を細める。
「よう、バザック。良い所で会った」
「どうした?」
「呼応石、預かってもらえないか。ついでに、俺に万一の事があったらビアンカの事を頼みたい」
「何だ、藪から棒に」
 困惑した様子で眉間に皺を寄せるバザックに、青い石を取り出して渡そうとする。
 それは、砂漠を渡る者達が必ず携行する呪石だった。二つで一組のそれは、万一道に迷ったり、怪我をして動けなくなったりした場合に使用する。一方の封を解けば対になっている石に光が宿って、前者のありかを指し示してくれる。
「昨日の客と何かあったのか?」
「正直なところ自分でもよくわからん。だが、抗いがたい何かが俺を呼んでいる気がする」
「何だそれは。まぁ、深くは聞かん事にするさ。お前にはお前の道がある」
 バザックの良い所はこういう所だ。何も話さなくても、在るがまま自分を丸ごと受け入れてくれる。その懐の深さが、エルンストには心地良い。
「本当にお前と友達で良かったよ」
 ニ、と笑った友に、バザックは白い歯を覗かせてうれしそうに笑んだ。
 呼応石を受取って懐にしまいながら、巌のような男は口を開く。
「万一の時は分っている。そりゃお互いさまだ。だが、万一なんて事はないようにしろ。お前は父親なんだから」
「ああ、もちろん。俺も、ビアンカに二度と家族を失う苦しみを味あわせたくはない」
 仕事に出かける間際に、足元に絡みついて寂しそうにする小さな娘を思い浮かべた。
 舌っ足らずのかわいい声で「はやくかえってきてね、とーしゃん」と言っていた。
「それに、俺んとこの名を付けてもらわんと」
「そうだな。後の方は忘れてくれ。では、また」
「おう」
 いつものように拳を突き合わせ、二人は行き先を違えた。
 射るように光る緞帳が、完全に上がりきった瞬間だった。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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