FC2ブログ
categoryスポンサー広告

スポンサーサイト

trackback--  comment--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
category外伝

外伝 デザートローズ 8

trackback--  comment--
 金糸と黄糸の間を乗獣が流れて行く。
 三者三様に人生という名の機を織りながら、灼熱の大地に足跡を刻む。
 アドヴェダの街を出発してから五日あまり。無論、未だ景色は砂の海ばかりだ。
 最初はライネルの扱いに苦戦していたアゲートも今では慣れたようで、ちょっとした事で悲鳴を漏らす事はなくなった。それでも手綱捌きが飛躍的に上手くなるわけではない。彼女はただ揺られているだけで良い様に、エルンストの乗騎と食みを繋いで、二頭並列で走っている。彼女が特別下手なのではない。客は概ねそんなものだ。
 むしろ驚いたのは女主人よりヤークの方だ。
 紹介した乗獣商で、良く慣らされたライネルを勧めたが、捕獲されて間もないもので構わないという。もちろん買価はその方が安いが、それを乗りこなすのは容易な事ではない。だが、金を出すのは自分ではないから、乗り手当人にそう言われてしまえば異論を差し挟むわけにもいかない。
 最悪の場合自分のものと交代かと思っていたのだが、杞憂に反して翁はそれを見事にやってのけた。本当に、この爺はどこまでも隙がない。
 砂を噛む四肢の音が三頭分、規則的に耳に届く。
 並走するアゲートをちら、と見やった。
 革の外套の隙間から覗いた眼からは、力が抜けきっていた。無理もない、この環境下だ。たおやかな女の身で砂漠を渡るのは、さぞ応えることだろう。
 虚ろな瞳をして獣に揺られる彼女に声をかける。
「おい、大丈夫か? きついなら我慢するな。先はまだ長いのだから」
「ああ・・・ええ、では少し休んでもよろしいですか」
 絞り出すようにそう述べた女にため息をついた。暑いだの疲れただのと騒ぎたてられるより忍耐強い方がましだとは思うが、それにしても限度というものがある。
 やせ我慢をして先を急いだところで、途中で倒れてしまっては元も子もないのだから。
「では、この辺りで休憩にしよう」
 エルンストは徐行させていたライネルを停止させ、手綱を捌いて膝を折るように命令した後、すぐさまその背から飛び降りる。
 獣の背が低くなるより早く足をつく。彼女を気遣い、手を貸そうと思って頭を上げると、すでにその傍らにはヤークの姿があった。
 鞍から降りようとした女の華奢な身体がよろめく。それを、存外に力強い翁の腕が支える。彼女はそれに礼を言うこともないまま、さも当然であるかのように立ち上がった。
 眼に映ったその光景に苦笑を浮かべる。やはり、自分の手助けは必要ないらしかった。
 その事はここ数日行動を共にしていて、すでに気がついていた事だ。この主従関係には、ただならぬものを感じる。主従というには濃密で、そうかと言って色恋のそれではないもの。奇妙な関係の、親子以上に年の離れた男と女。
 だが、それを考えた所で始まらない。下らない思考を振り払って、エルンストは荷の中から組み立て式の支柱と幌を取り出した。
 嵩張らないよう簡易な造りをしているが、風のない今日のような日には役に立つ。
 己のように長年砂漠を渡り歩いている者にはあまり必要ないが、客の様子に合わせて各地の古道具屋で売り買いを繰り返している。簡易な造りとは言え、荷に加えるならば少なからず負担になる。身分の高い者だったり、旅慣れぬ女性だったりと、客の十数人に一人しか必要のない道具だから、常に持ち歩いているわけではない。古く、砂埃にまみれて清潔とは言い難いが、ようは強い日差しさえ遮る事が出来れば良いのだ。
 柔らかな砂地にずぶずぶと支柱を突き刺し、それに幌の留め紐を括りつけていく。
 気がつけばいつの間にか老爺がやってきて、無言でそれを手伝ってくれている。
 長年従者として生きてきたのだろう、その場の空気を読み、目端が利いて不快にならぬ程度に手助けをしてくれるこの翁は寡黙だ。
 エルンストは貴族然とした生活とは無縁だから、推し量る事しかできないが、なきものとして振る舞うのが従者としての品格なのかもしれなかった。
 幌の下に固い荒布を敷いて、二人掛かりの作業は終わった。
 本当に具合が悪いのか、伏せた獣に寄りかかって首を垂れているアゲートを作った日よけの下に移動させ、飼葉の袋で頭を高くして横にならせる。
 この暑さなのだから面布くらい取れば良いものを、それを外す事を頑なにしようとしない。食事でさえ、背を向けてするという有様だ。裏切るつもりも、その必要性もないが、彼女の立場を考えればさもありなん、という所か。
 ヤークが主人の隣に座って、かいがいしく古びた扇を動かす様に違和感を覚るが、それをやり過ごして乗獣の世話に没頭する。
 毛むくじゃらの仲間達に水を与えながら、エルンストは二人に聴こえぬよう小さく呟いた。
「相反する先入観、だよなぁ・・・」


 結局、その日はそこから移動する事は出来なかった。アゲートの体調が良くならなかったからである。
 食欲もない様子で、ずっと苦しそうに呻く姿をぼんやりと見つめながら、エルンストは旅の続きをどうするべきかを考えていた。
 次のオアシスを目指すべきか、それとも引き返すべきか。彼女の体の事を考えるならば、引き返す方が良いに決まっている。
 だが、真実追われているならば、引き返す事でのリスクは高い。
 病を押しての旅が、彼女にどういう影響を与えるのか。怪我やある程度の体調不良の対処法は知っていても、医者ではないから確実な事は分らない。
 答えを見出す事が出来ぬまま、男はため息をついた。
 日が落ちてから作った火にライネルの糞を皮手袋を嵌めた手でくべながら、もう一方の素手で握った乾燥肉を眼前の熱で炙る。
 ライネルは草食だ。筋力を維持させるために、アシュヴァンは他にも豆類で作った携帯用の乾燥餌を数日に一度与えるが、その糞には多量の繊維質が含まれている。
 道すがら落とした糞を拾っておけば、砂漠の熱気で乾燥し、薪の代わりとして十分に役立つ。物資の少ない大地では、使えるものは何でも使う。不潔だなどと言っていては、砂漠を旅する事は出来ない。薪が拾える場所は限られているのだから。無駄を省く事こそが、身を守る事に繋がるのだ。
 燃やしても不快な臭いはしない。寧ろ草の良い匂いがする。
 炙った肉を噛みちぎり、咀嚼しながら心を定めた。
 もしも明日になってもアゲートの体調が戻らなければ、アドヴェダに引き返すように言おう、と。
 日中と違って砂漠の夜は寒い。翁が上下させていた扇もいまはその手にない。飽きもせず女の傍らに控えている事は変わらないが。
 そのヤークが、女に向って言葉を発する。
「少し、外します」
 主人に意識があるのだろう。眠りを割るような事を、この従者はしない。
 寡黙な彼がこうして自ら言葉を発するのは、女に何かを伝える時だけだ。
 小水をしにでも行くのだろう。遠く離れた闇の中へ消え行く彼の後ろ姿を見送った。
 ヤークの姿が完全に見えなくなってから、エルンストは口を開く。
「どうだ、具合の方は」
 背を向けて横になっていたアゲートは、男の声にゆっくりと半身を起す。
「無理はせんでいい、寝ていろ」
「いいえ、随分と良くなりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 女の殊勝な言葉に、エルンストは薄く鼻白んだ。
「迷惑だとは思わんさ。その言葉は、俺に対して気遣いにはならん」
「そう・・・ですわね」
 力なくそう零して、瞳を伏せる。
「まぁ良い。それより、もし明日になっても体調が戻らんようなら、俺は引き返した方が良いと思う」
 良くなったと口では言っていても、その姿にはやはり元気がない。
 金を支払った客に有無を言わせず、無理やり引き返させるような真似は出来ない。翌朝、炎天下で相談する訳にもいかない。もしも体調が悪いままならば、そんな彼女相手に長引くかも知れないやりとりをさせるのは酷な事だ。それだけでも、体力を削る。
 客の命を守るべく最善の方法を模索するガイドに、後戻りを提示された女は息を呑んだ。
 膝に掛った毛織物を両手で握り、碧い瞳に覇気を灯して口を開く。
「帰る事などできませんわ。進むも戻るも結果が同じなら、どうかこのまま旅を続けて下さいませんか。その結果、例え命を落とす事になっても」
 その瞳を、じっと覗き込む。
 何故そんなにも、この旅にこだわる。己の身に危険を感じて逃げていると言ったくせに、旅の末果てても良いなどとは、矛盾していないか。
「俺達は、命を守る事が仕事だ。その俺に、果てる可能性の高い命を守れと言う。両極にあるものを黙って飲み込める程、俺は器用ではない」
 渋い表情で吐き捨てた男に、女の目元が縋るように歪む。
「後生ですから。どうか・・・どうか、お願いです。帰る場所など、在りはしないのですから」
 結局のところ、どちらが良いとは言い切れない。どうしても引き返せと言えない限りは、彼女の意志を尊重するより他ないのかもしれない。
 予感の正体がその結果であるならば、人生はどこまでも皮肉に満ちている。
 アゲートの必死の懇願に、エルンストはまた溜息をついた。
 あきらめて口を開く。
「わかった、進もう」
 その返答に、女は安堵したように肩を下ろした。
「ありがとうございます」
 その声に被せるように、男は声を張る。
「但し、だ。無理はするな。客を死なせたなどと、そんな不満足な結果に終わらんように」
「ええ、努力致しますわ」
 満足げに下がる、女の美しい眉を呆れたように見つめながら、投げやりに残った肉を口にする。
 やり場のない想いを顎に込めながら、天を仰いでその事にはたと気がつく。
「そう言えば、えらく遅いな、爺さん。倒れてるんじゃないか」
 エルンストの言葉に、アゲートは心得ていると言わんばかりに落ち着いて延べる。
「いつもの事なのです。その・・・老齢ですから」
 それ以上はあえて伏せたらしいその内容に、男は納得して頷いた。
 老齢になればなるほど、用を足すのに時間がかかるものだ。
「もう横になれ。爺さんが戻ってきたら俺が恨まれる」
 冗談ではなく半ば本気で言ったのだが、アゲートは楽しそうに小さな忍び笑いを漏らした。
「ええ、ではそうさせていただきます」
 横になる女を確かめて、エルンストはまた火に燃料を追加する。
 見上げた空には、迫りくるように星が瞬いていた。
 待ったなしで近付いてくる己の運命に似ている、と彼は思った。

 男は気付いていなかった。彼女の言葉の意味を取り違えた事を。
 星は、廻り続ける―――




 7へ9へ

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。