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category外伝

外伝 デザートローズ 10

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 ヤークが将軍職にあったこの時代、大陸を分断する標高の高い山脈群の内側でひしめきあう国家間は、まさに群雄割拠とも言える状態であった。
 自国ニヒケッテ帝国は、荒廃の激しい地にある。山嶺の先にある砂漠とまでは行かないが、雨季が短く、年間を通して乾燥しているこの大陸では、どこを領土として治めるかは重要な事柄である。飢えずに暮らすのに、より肥沃な土地を欲するのは当然の事と言える。
 近年続いた不作に端を発し、現帝王が他国に打って出たのはヤークがまだ騎士として認められて間もない頃だ。
 それからおよそ十年という歳月を掛けて、自国ニヒケッテ帝国は隣り合っていた国々と小部族を手中に収めた。長きに渡った侵略に一応の区切りをつけた今、消耗した兵力で残った国に手を出すのは得策とは言えない。近隣主要三国の平定を果たし、良くも悪くも兵力差は各国横並び一線となったが、これ以上の出兵は勝利への決め手に欠ける。もちろん、それは戦乱期を生き抜いた残りの国々も同じことだ。
 戦に打って出る体力を蓄える為、帝国は彼らと表向きの同盟を結ぼうと画策していた。
 かねてより予定していた国をあげての宴席は、三国平定に対するものではなく、同盟条約締結のためのものであった。
 国家間が緊張状態にある今、公式の手順を踏んで届けられた親書に、確信を持って否と言える国主など居ない。その選択を誤れば一触即発になりかねない状態。それほど、長い乱世は国々を疲弊させていたのである。
 そんな各国家元首の思惑が渦巻く宴席の最中、錚々(そうそう)たる面々が一堂に会する場で厳かに試合は幕を上げた。
 ヤークは礼節に則って、手にした剣の切っ先を天に向け胸に当て、その手をもう一方で覆った。半歩下がって、会釈程度に軽く一礼。
 視線の先のロドウィンもまた、同じ事をしている。
 一瞬の静寂の中、人々の期待に満ちた空気がその場を包む。
 居並ぶ者達の視線など感じない。肌を削ぐような戦場の緊張感に比べれば、何程のものでもない。
 こんなものはあくまでも余興だ。だが、この茶番に別の意味がある事も、ヤークには解っていた。
「始め!」
 開始の合図と共に、両者は互いを目掛けて走る。
 まず、一線。
 ギィンと鈍い共鳴音を響かせて、刃は交わる。儀式用の模造剣だから、刃零れはしない。
だが、衝撃で一瞬光るものが散った。
 手を抜いて負けてやるとは言っても、あっさりと終わらせるのはあまり良いやり方ではない。
 劣勢でも諦めずに打ち込み、それでもやはり勝てなかったという状況を演じなければ、観客は満足しない。そして、ロドウィンの矜持もまた満たされはしないのだ。
 多少力を抜きながら、交えたまま前に押す。
 それを去(い)なすように払われても、右、左、と被せるように繰り出す。
 しかし、難なくこちらの攻めを受け、回転させながら剣線を外し、そのまま間髪入れずに踏み込んだ反動で縦に打ち込んで来る。
 人々のどよめきが、互いに交える度耳に届く。
 ばかばかしさに萎えそうになる気持ちをどうにか宥め、剣を寝かせてそれを受け止める。ご丁寧に、片足を後ろに下げて踏ん張る演技も忘れない。
 彼はそれにニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、自身の体重を掛けてくる。
 己の勝利を信じて疑わないのだろう。確かに、将軍職にあるのだからその技量は確かだ。
 攻撃は重く、判断は確かで、剣線は迅い。
 故に並みの騎士程度では叶わない。
 だが、彼の肉体は充実期を遠く過ぎている。どれほどの鍛錬を積んでも、衰えて行くのは止められない。
 そして、もちろんヤークは並の騎士ではなかった。衰えという名の失速が始まる間際の頂点。まさに肉体と技量が相乗効果を発揮して最も充実している時。積み上げてきた経験知を、潜在値が凌駕する。一握りの例外を除いて世の大多数の者が味わうそれが、肉体年齢というものだ。
 悟られぬよう苦しそうな表情を作って、受け止めた両腕を小刻みに震わせる。
 本気で戦うよりも余程疲れる事を自身に課しながら、次の一手をどう繰り出すべきか頭の片隅で考えていたその時。
「貴殿の得物はやはり、斧槍の方が良かったのではないか? さすれば、このように間合いを詰めて苦戦する事もなかったであろうに」
 嘲笑う様に吐き出されたその言葉に、白けていた心内の何かが解けた気がした。
 作り込んだ表情を白紙のように消し去り、ダンと前に踏み込んで剣を上に払う。
 シャ、と刀身を削る音が響いて、ロドウィンの切っ先が空でぶれる。その反動で腰を引き、再び踏み込んで手の中のものを振り被った。
 ヤークが叩き込んだ重い一撃を受けたロドウィンの剣が鈍い音を発したが、それも僅かの間でしかなかった。
 衝撃を受けきれず、そのまま得物を取りこぼす。
「は」と間抜けな一言を漏らし、するりと両手から逃げて行くそれを眼で追う。
 そして、彼の肝が凍りついたのもほぼ同時の事だった。
 流れるように首元に辿り着いた切っ先に、大きく眼を見開いたまま硬直する。
 自身も、そして観衆も、しばらく何が起こったのか理解できなかった。
 唯一人それを理解していたヤークは、しんと静まった会場で再び剣と手を胸の前で合わせて一礼する。
 一拍遅れて、審判の上ずった声が響き渡った。
「しょッ・・・勝者、ヤーク=マカニ!」
 

 団舎への帰路を歩きながら、ヤークは独り言ちる。
「何をやっているんだか、俺は・・・」
 自嘲気味な言葉を吐くも、彼は楽しそうに相好を崩す。
 歩を進めながら先ほど終えた式典を思い返して己の浅はかさに呆れたが、その一方で、まだそんな熱さが片隅にでも残っていた事に驚いていた。
 前から歩いてきた下級騎士がその様子を目にした途端、みてはいけないものでもみたかのような表情を浮かべて俯く。動揺からか、脇に避けて握った片手を胸の前に当てるのを失念している―――それが、上級騎士への礼儀なのだ。それくらい、ヤークがそんな顔をしているのは珍しい事だった。
 だが、それを無礼だと憤慨する程、彼は狭量ではない。
 年若い騎士の隣を何事もなかったように通り過ぎ、通路の角を曲がる。
 真っ直ぐに伸びた石畳を踏みながら、また思考の底に沈んだ。
 やってしまった事を元に戻す事は出来ないが、王の不興を買っただろうという事は理解している。ロドウィンではなく、王の、だ。勿論、ロドウィンの不興も買っただろうが、それは今に始まった事ではないし、まして変わるものなどそうありはしない。
 それよりも問題なのは、今回の一件で、諸国に軍事力を端的に示す腹積もりが王の中であっただろうという事だ。
 戦いは一人で行うものではないから、試合をした自分達の技量が高くともそれだけが実際の戦争の重要性を握るのは一割にも満たない。いくら個人の戦闘力が凄まじくとも、人である限り袋叩きにあえばそれまでなのだ。
 だが、一介の騎士とそうでない者の差を分かつのは、まさにその戦闘力によるところが大きい。
 騎士にとっての強さとは、剣の技量だけでなく、体力、精神力、判断力、瞬発力、さらには生きるという事への執着、そういったものが並外れているという事だ。そして将軍職に就く者は、それらを行使して人を育て、統制し、効率よく動かす事ができなければならない。
 だからこそ、みるものがみれば、たかが余興の試合一つで力量が垣間見えてしまう。それが両者とも将軍であるならば、師団そのものの兵力、ひいてはその国の軍事力までも。
 帝王はその野心に見合っただけの手腕を持つ男だ。
 本気でやりあえばロドウィンよりも己の方が強い事など分かり切っているだろう。庶民出の自分が第三とはいえ師団長―――将軍の座につけたのは、戦うという事のみが人よりも突出していたからだ。
 勇退間近の将の後にも研いだ牙を隠し持った獅子が控えている、と見せつけて、この同盟に優位な立場からの条約締結に持ち込む算段だったのだ。
 結果的に、牙は隠し持った事にならなかっただけで、条約締結には何の支障もないだろう。今後各国の軍備増強に拍車がかかるかも知れないが。
 王の予定調和を乱した事はまぎれもなく、精神力と判断力の評価が下がっただろうという事は予想できる。階級降格ぐらいならば痛くも痒くもないが、果たしてそれで済むだろうか。
 戦ってさえすれば良いのだから、己にとって騎士という生業ほど楽なものはない。それ以外の事をせよと命じられるのは正直なところ面倒だ。
 だが、厄介事を招く真似をしたのは他の誰でもなく自分で、そして不思議な事にそれを微塵も後悔していなかった。
「生きるも死ぬも、俺にとってはどちらも変わらんのだから、どれも一緒か」
 そう言って、ヤークはまた笑った。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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