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外伝 デザートローズ 11

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 「この先の事を考えると、ファンジャバールが邪魔なのだ。他国侵略の意思なし、あくまで中立を貫くと公表していてもな。そこでな、マカニよ。お前、ファンジャバール王の首、打って参れ」
 高くそびえる山を背に豊かな鉱脈と水源を持つファンジャバール王国。頑強な岩肌に抱かれたその地形を活かして、国そのものが堅牢な要塞のような作りをしている。不安定な大陸情勢のただ中にあって、難攻不落と謳われた唯一の中立国であった。
 先の一件以来久方ぶりに出廷を命じられたヤークは、王の口から下された予期せぬ言葉に、困惑を隠しきれなかった。
 らしくもなく口を開いてしまう。
「当面の間、戦はなさらぬおつもりだったのでは・・・」
 その為に、同盟条約を結んだのではなかったか。
 本来ならば、王の命は絶対で、それに問いかける事など許されない。彼の真意を量りかね、跪いたまま面を見上げる。
 ヤークを見下すように玉座に沈み込んで頬杖をつくその顔は、楽しい遊びを思い付いた子供のようだ。
 側近ですら入室を禁じ、他にその姿を見る者はいないが、それにしてはいささか無防備すぎはしないか。無論、己が彼を弑する事などありえないが。
「余は、戦をせよとは一度も口にしておらぬぞ? マカニ、お前一人で行くがよい」
 そう言い放った彼の顔から、スッと笑みが消える。
 皮膚を切りつけるような冷たさを孕んだその表情は、人々が冷酷、と評するそれだった。
「国政など頭を挿げ換えられればどう転ぶかわからぬ。あの国の世継ぎに男子はおらぬ。だが、第一皇女は現在二十一。王は片足が棺に入っている」
 そこまでを一気に言い終えた王は「解るか?」と言わんばかりに眉を動かした。
 もちろん、彼の言わんとする所をヤークは瞬時に理解した。
 政治の方向性は王位を世襲する国ならば、一代程度ではそう大きく変化していく事は少ない。何故なら、子は概ね先代の意思を受け継いで行く事が多いからだ。
 ファンジャバールの建国は、山間で繁栄した遊牧民族が定住地を持った事から始まる。よって、元来気性は温厚で、無用な争いを疎んじる傾向にある。必要以上の繁栄を望まず、領土を広げる意思もない。それが、かの国が中立を公表する理由だ。
 だが、王位を継ぐべき男子が居ない。王が若いならばともかく、高齢である以上は世継ぎ問題が浮上するのは情勢が安定した数年の内であるはずだ。そして、かの国は女性が王位を継承する事を認めていない。結婚適齢期の第一皇女が婿を迎える事は必定で、それは脈々と受け継がれてきた系譜に、違う血を混ぜるという事だ。
 そうなれば、新王がどう動くか分らない。
 中立と信じこんで前ばかり見ていれば、ガラ空きの背中からやられる事もありうる。だからこそ、婿を迎えていない今、ファンジャバール王を暗殺せよ、と彼は言っているのだ。
 王の突然の死という混乱に乗じて、政治的に裏で糸を引くのは容易い事だ。
 行くも戻るも、結末は死しか待っていない。それでも行けと命じられれば、ヤークにはそれを拒否する権利がない。
 王の命―――それは、過日の失態に対する懲罰だった。
「かしこまりました。私の在籍記録は、すべて破棄して下さい」
 無表情でそう述べて、再び頭を垂れる。
 その上に、感情のこもらぬ声が降る。
「どこまでも食えぬヤツよ」
 その言葉に、ヤークは薄く笑った。
 もっと大きな声で、馬鹿みたいに笑いたい―――そう、彼は思った。


 王の命を受けたその日に、ヤークは団舎を引き払って人知れずニヒケッテ帝国を出た。
 貧しい農民の子として生まれた彼は、口減らしの為に奴隷として売られた。騎士になるまであちこちを転々としていたから、既に血縁との繋がりは切れている。妻も恋人も、友と呼べる者もいなかった。だから、国を出る事を誰にも言わなかった。たとえ親しい者がいたとしても、真実を言えたかどうかは定かではないが。
 狼の印が入った物を持って行くわけにもいかず、長年愛用してきた武具は、自室だった部屋に書き置きと共に残してきた。
 使うあてのなかった結構な額の蓄えと、長年戦場を共に駈けた青毛の馬だけを持ち出した。どうせ散る命だと、名前すら付けてやらなかった相棒は、気性が激しくて御しがたい馬だ。だが、何故か己にだけは従った。だからこそ、置いて行く気にはなれなかった。
 友と呼べるものがいるとするならば、それはお前かも知れない―――そう思いながら、ヤークは眼前の鬣を見つめる。
 何日走り続けたのか。休ませようと足を止めたが、未だ荒い鼻息を繰り返す相棒は確実に弱っているように見えた。だが、それも無理からぬ事だ。人間で言えば、老齢の域にある年なのだから。
 名付けてもやらなかった上に、戦場から戦場を、それこそ鞭打って働かせた己に、それでもよく従ってくれたものだ。
 その首を撫でながら、口を開く。
「すまんな。もう少しだから頑張ってくれ」
 ブルブルと彼は鼻を鳴らす。
 任せておけ、と返されたような気がして苦笑する。
 一体何がもう少しなのか。この先にあるのは、己の末期でしかないというのに。
 共に行くという事は、相棒にも死が待ち構えているという事だ。それを、哀れに、と思う。
「はっ・・・ははは」
 思ったと同時に声をあげて笑った。
 人として当然あるべき感情は遠の昔に麻痺して、最早獣同然と化した己が、馬の命尽きる事を哀れだと感じる。それがあまりにも滑稽で、何と矛盾した事かと。
 そして、ようやく気がついた。
「とっくに壊れていたのか、俺は」
 そう呟いて見上げた空には、煌々と二つの月が輝いていた。
 思えば、空を仰ぐ事も忘れていた気がする。這いつくばって生きていたからかもしれない。
「ゆっくり眠りたい。なぁ、お前もそう思わないか」
 呟いたヤークにこたえるように、ヒンと相棒は小さく嘶いた。


 ファンジャバールへと繋がる山の麓にようやく辿り着いたのは、帝国を出てからおよそ一月後の事だった。
 徐々に細ってゆくばかりの相棒の四肢に、もはや力強さはない。それでも、鞍から降りて手綱を引こうとすれば、鼻面で尻を突かれる―――己に乗れ、と。
 足手まといにはならぬ、と言っているような気がして騎乗し続けたが、もうここが限界なのかもしれない。弱った彼の足では、この先の山道を行く事は叶うまい。
 乾季に入った夜空は雲ひとつなく闇々(くろぐろ)として、沙織に開いた目のように無数の星が瞬いていた。
 期限など決められていない旅だから、無理をせずに早々と足を止めた。山道の入口で火を焚きながら休息をとる。
 その脇には、伏せて瞼を閉じている相棒がいる。もう、立っている事も苦しいのだろう。
 ヤークは溜息を一つこぼして、口を開いた。
 相棒の耳が、小さく動く。
「お前に、名をやろう」
 天を仰いで、その先を紡ぐ。
「あの空に輝く星のように、お前の光で迷う事無く冥府の門までたどりつけるように・・・。お前に最後にやれるものは、もうこれくらいしか思い浮かばない」
 視線を相棒に戻して、いつの間にか開いていた黒い瞳を覗き込んだ。
 小さな鼻息をふんと漏らして、彼はそっと首を垂れた。艶のなくなった蒼黒の鬣がごそりと垂れ下がる。
「最後まで、よく働いてくれた。礼を言う」
 その首を軽く叩くように片手で撫でる。手にどくどくと感じる血潮。
「迷わず行け、カホク・・・その名を身に刻んで」
 表情を消し去って、ヤークはその首に手の中の短刀を突き立てる。
 人よりも反発のあるその感触に、男はそっと手を解き放つ。楔を打ち込まれたまま、相棒の首はどさりと大地に崩れ落ちた。
 ただの一声も啼きはしなかった。
 カホク―――それは神話の時代の古い言葉で、一等星を意味していた。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学