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外伝 デザートローズ 12

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 亡骸の口腔に呪石を含ませてから、荷を担いで立ち上がる。
 夜が明け始めた天を仰ぐと、遠く繋がって行く山頂の輪郭から、細い光が射してきていた。
 途中補給の為に立ち寄った港町で、必要最低限の路銀だけを残して買ったセルジアンゼル産の岩塩が荷袋の中を目いっぱい占領している。セルジアンゼル産の岩塩は、大陸の右側の商業都市アドヴェダでも高値で取引されている極上品だ。
 荷馬車で結構な数量を運ばなくては満足な利を生まない穀類と違って、嵩の割に比重の重い岩塩は、歩きの行商人が好んで商う品だ。
 体一つあればある程度の量を運べて、辺境の土地になればなるほど多少高額でも必ず売れるから、利益率が高い。その分、初期投資が穀類よりも必要で、商人には過酷とも言える体力が要求されるが。
 両肩に荷袋の紐が食い込むが、ヤークはそれを軽々と背負って山道を登り始めた。
 常人ならばきついはずの行為も、長年甲冑を纏って人殺しを続けた身には応えない。むしろ、楽な方だった。
 長く続いた情勢不安が一時的に良くなったからと言って、社会が物騒なことまでは解消されていない。作る事と違って、奪う事は何も生産しない。
 奪われた者達は生きるために、結局は自分達がされたことを他者へ転換していく。王や軍人は戦の終結とともに簡単に安寧を得ても、民には負の連鎖が長く尾を引く。
 食うや食わずの者達が世の中に溢れているから、他国に入るには厄介な検閲がある事が予想される。それは、山脈で二分される大陸の境界線上に位置するファンジャバールならば、余計にそうだろう。何故なら、余程の目的がない限り、わざわざ過酷な山道を踏破しようなどと人は思わないからだ。その国は、大陸左側のどん詰まりにあるのだから。
 山を越えて新天地を求める事ができるならばともかく、その先は人の足では越えられない。苦労して辿りついた挙句引き返さなくてはいけないのならば、まともな者ならそんな国を目指さない。
 それでも敢えてそこへ乗り込んで行くのは、商人か巡導師、そして残りは敵か余程の馬鹿だけだ。
 敵では表玄関を潜れない。馬鹿では検閲に時間がかかる―――身ぐるみ剥がされれば、体格で敵だと気付かれてしまう可能性が高い。裏玄関は人の足では行けない。とあらば、ヤークには商人か巡導師に身をやつす選択肢しかなく、戦場を駆けまわってつくりあげた無駄のない肉体と深く焼けきった肌は、後者とするにはあまりにも無理があった。無論、呪術が使えないヤークには、そもそも巡導師は選択肢になかったのだが。
 商人姿ならば体つきも誤魔化せるし、何よりも楽に入国できるだろうから都合が良かった。
 険しい道程を黙々と行く。相棒と別れた独りの旅路は、落ちて行く様な、深い静寂に包まれていた。これを、人は孤独というのかも知れない。
「寂しい・・・か」
 呟いたその言葉を、寂しいだなどとガキみたいに、と心の中で否定する。
 自嘲気味に笑って、また独り言ちる。
「カホク、随分お前に助けられていたんだな、俺は」
 薄く滲む汗を拭って、視線を空へ向ける。
 降り注ぐ朝日の眩しさに、眉をしかめた。
 天の陽が肌を焦がす。尊き光は罪深きこの身を染めこそすれ、濯ぎはしない。
 それこそが、自身のうちにある真理。
 王という名の焼き尽くさんとする光が、己をもっと醜悪な色に染めるだろう。それを理解していながら、何故行くのだと自問してみる。
 答えは、遠の昔に出ていた。
「もうすぐ、ゆっくり眠れる」
 森々と萌える梢に風が吹き抜けて、声はそっと攫われて行った。


 ヤークの予想通り、ファンジャバールの関所で行商人だと言って淡い薔薇色をした岩塩を見せると、荷袋の中を検められた程度であっさり通してもらえた。資金をありったけつぎこんで最上級品を求めたのは正解だった。品質を保証する、セルジアンゼル政府公認の刻印が打たれた物だから、それなりの商人だと認められたのだ。何せ、並の商人程度では高価すぎて仕入れる事が出来ないような代物だ。
 関所の番人も、己が儲ける気がさらさらないなどとは毛先程も思わなかったのだろう。
 だが、首尾よく入国できたからと言って、油断してはならない。重みでずってくるそれを揺すって背負いなおした肩紐が、気を引き締めろと肉に食い込んだ。

 ファンジャバールの首都で塩を切り売りしながら、王宮内の情報を密かに収集し、ようやく目的を実行に移したのはそれからさらに一月後の事だった。
 捌いた塩の売上で食いつなぎながら王都の商人と親しくなり、刻印部位を王宮に献上すると言って渡りをつけてもらった。最も、そこに至るまで羽振り良く散財させられたが。
 内殿一切の仕入れを担当しているという文官は、流通の停滞で塩の仕入れが困難だったと、献上品を見て大層喜んだ。次回があれば必ず便宜を図ってやると言い、呪印入りの証書を渡してもらえた程だ。もちろん、そんなものはどうでも良かったのだが。
 だが、心証を良くしておくにこした事はない。特に、これから移そうとしている行動に備えて。
 目的遂行の為でなければこれ程までにはせぬというくらいに頬をだらしなく緩ませて、文官に向かって口を開く。
「あいすみません、手洗いを貸してもらえませんか」
「ああ、かまわん。案内しよう」
 そう言って部屋を出ようとする彼を引きとめる。
「お忙しいのに、このうえそこまでしてもらっちゃもう一山置かんと帰れなくなりまさァ。なに、場所を教えてもらったら自分で行きますんで」
 商人独特のねちっこい笑みを浮かべて、手渡された証書を調子よくひょいと掲げるヤークに、文官は「そうか」と納得したように頷いて、丁寧に場所を説明してくれた。
「じゃ、あっしはここで。また贔屓にたのんます」
「ああ、いつでも来い。次に来た時は運んだ塩は全部買ってやろう」
「やあ、ありがたい。ぜひ、よろしくお願いします」
 いかにも商人らしく、その言葉が何よりも聞きたかったのだと言わんばかりに破顔して、ヤークは部屋を出た。
 扉を閉め、そっと息を漏らす。
 ここ一月で割合と慣れたものの、それでも頬が攣りそうだ。
 顎を動かして表情筋をほぐしたい衝動にかられたが、それをぐっと堪えて歩き出す。
 怪しまれぬようひとまず手洗いに入って、周りを確認してから大きなため息を吐き出した。
「やはり、性に合わんな」
 呟いて、口を開けて顎をぐるぐると動かす。
 真顔に戻って視線を上げると、そこに掛った鏡の中の自分と瞳が合う。
 覗きこんだその色は、冬の夜空と同じ紺青だった。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学