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category外伝

外伝 デザートローズ 13

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※お食事前後の閲覧はおすすめできません。・・・今回は全年齢対象なのですが(汗)。
毎回毎回申し訳ありません。どうぞよろしくお願い致します。
 

 商人が理由もなく長期に渡って一か所に留まるのは不自然だ。
 王都の憲兵に不信感を抱かれないように逗留できるぎりぎりの期間、薄暗い筋を選んで王宮内部の図面を探したが、結局手に入れる事は出来なかった。
 人々の口の端に上る情報だけを手掛かりに、自分なりに内部構造を紙に起こし、頭に叩き込んできた。詳細がわからないからあてにできないが、それでも、やみくもに忍び込むよりはましだろう。
 まずはそれを頼りに、この場所からの侵入を試みる。
 最奥の個室に入って上方を仰ぐと、己の指先がぎりぎりかかる程度の小さな窓があった。そこに指をかけ、懸垂の要領で上半身を窓枠にのせる。
 狭いそこから身を乗り出して、周囲を確認する。
 下調べの情報通り、その壁伝いには樹木が生い茂っている。そこは、外殿から内殿に繋がる通路の両脇にある庭園だ。
 人影がない事を確認して、一度元に戻る。
 ここから進むには、身につけてきた荷物のほとんどが不要だ。ある程度は処分してきたが、それでも商人風を気取った装身具はこの先邪魔にしかならない。身体の可動域を狭める。
 ヤークは荷袋の中から必要なものだけを取り出す。薄くて軽い、素足に馴染む鞣革の靴。精霊銀を編み込んだ長紐。短刀を吊るベルトなど。それに、忘れてはならないのが琥珀色をした呪石だ。
 それらを身につけ、取り出した物の代わりに脱いだものや不必要なもの―――もちろん、呪印入りの証書もだ―――を乱暴に突っ込んで、口を締める。
 用便蓋をあけ、それを落としこむ。ドブ、と沈みこむ音とともに、汚物の腐敗臭が更に濃くなった。
 鼻を突くその匂いに眉をしかめ、素早く蓋を元に戻す。
 便槽に沈んだ重荷に、思考を寄せる。
―――どう足掻いても、ろくなものではないな。
 生きる事は、さまざまな汚物を垂れ流す事だとヤークは思う。
 いつまでも、無垢な赤子のように綺麗なままではいられない。それでも、より清廉であらんとするのが人本来のあるべき姿なのかもしれない。
 だが、それを放棄して生きてきた己が最後に行き着く場所は、きっと不用品でいっぱいの荷袋と同じだ。
 汚ければ汚いほど良い―――そう、男は思って再び壁に手をかけた。


 己の起こした構造図は割合と精確だったらしい。外殿の壁伝いに進んで、王宮の外堀を固める塀へと進む。内殿に繋がる庭園内には、さすがに警備兵もいるだろう。
 少々遠回りだが、確実に後宮へとたどり着く道を選んだ。と言っても、壁を登ったり、足裏が半分ほどしかかからないような狭い壁裏だったりと、結構な筋力を要求される道ではあったが。
 その甲斐あってか、警護兵の気配を感じる事はほとんどなかった。もっとも、祖国ニヒケッテと違って、この国は危機管理が足りないようだ。いくら長年武人をやってきたとはいえ、密偵部隊のように本格的な鍛錬をしていない己でさえこのようにやすやすと忍び込む事ができてしまうのだから。
 焦らず、時間をかけて着々と進んで、ついにヤークは内殿奥に位置する後宮の一室に外側から入り込んだ。しかし、さすがに集められたのはここに来るまでの道程の情報だけで、内側の事までは分らない。
 この先は、自身にもどうなるかは予想がつかない。王駒(ぎょく)をとれるのか、それとも。
 ヤークは開け放たれた窓から離れ、出入口となる扉の死角になる寝台の脇に移動する。
 外側の様子をうかがう為に、扉まで歩いて行ったその時。
 目の前で扉の取手が下がる音が、カシャンと小さく響いた。
 一瞬目を見張り、息を殺して壁にぴたりと背を当てる。そして、腰元の短刀を引き抜いて構える。
 それが開いてすぐ、内側に入り込んできた小さな子供の背中。扉が閉まると同時に覆いかぶさるようにして口元をふさぎ、利き手を首元へ移動する。
 驚いたように身じろぐ子供の耳に、低く囁いた。
「騒ぐな。大人しくしていれば命まではとらん」
 顎下を金色の髪がただ一度だけ掠めた。
 それからは、ぴたりと動かない。抱え込んだ胸の表層に、トトトトと子供の速い鼓動が駆けて行く。
 相当に恐い想いをしているのだろう。それでも、この状況で狼藉を働く己の言うなりになっている。
 どうやら、聡い子のようだ。
 普通この状況なら、混乱して余計に暴れそうなものだが。
 羽交い締めの状態で子供を抱き抱え、扉の前から部屋の中程に移動する。さすがに、扉の前に居たままでは声が外に漏れそうだ。
 窓からの死角になる位置を選んで子供を下ろし、低い声を紡ぐ。
「一度この手を離す。ただし、妙な動きをしたり大声を出したりすればすぐに首をはねる。脅しではない、本当にやる。いいか?」
 また、小さな頭が少しだけ前へ倒れる。
 それを確認して、ヤークは口元をふさいだ手を離した。その手で子供の両手首を掴み、自分の方へ向けさせる。
 振り返った子供は、利発そうな女児だった。
 この地の民族に共通した褐色の肌―――だが、農民達のそれとは明らかに違う淡い色合い。砂漠の黄砂のような金の髪に、海の底のような碧の瞳。砂糖菓子のように、愛くるしい相貌をしている。だが、今は強張った顔つきにそれも半減している。
 見れば、身につけた衣や髪飾りは自分のような粗野者にも解るほど上質だった。
 おそらく、皇女のうちの誰かだろう。
「皇女か?」
 女児は硬い表情でコクリ、と頷く。
「父王の居場所はどこ――――」
 最終目的地を聞き出そうと女児に問いかけたその台詞が言い終わらぬうちに、再び扉が開く音を耳に拾う。
 咄嗟に、女児を盾にするように引き寄せて、再び切っ先を喉元に当てる。
 一連の動作が完了するのと、扉を開けた人物が姿を見せたのはほぼ同時の事だった。
「アゲレー・・ド・・・!」
 現れたのは、年若い女。腕の中の女児と同じ色の波打つ金の髪、淡褐色の肌。驚いて見開かれた瞼の中の瞳は女児よりも濃い碧色をしていた。あでやかな化粧をしたその顔は、眼を見張る程に美しい。
 女児に何か用があったのだろう。入室した瞬間に漏れたのはおそらくこの子供の名だろう。皇女だと自ら認めた女児を呼び捨てにするのだから、眼前の女もまた王族の内の一人に違いない。
「まずはその扉を閉めてもらおう。俺の手元が狂う前に」
 ヤークの要求通り、女は緊張した面持ちで無言のまま頷き、扉をそっとしめた。
 振り返った彼女は間髪入れずに口を開く。
「何が望みなのです」
 女児の首元に突き付けられた刃を不安げに見詰める女の面を見上げる。
「俺の望みはただ一つ。この国の王の命だけだ」
「この国の王・・・・と言うのですか。では、あなたはこの国の民ではないのですね。
 ファンジャバールは中立国です。王を弑した所で、一体何になるというのです」
 この少ない会話の中から、相手が何者であるのかを察する事ができるあたり、この女もまた、女児同様に聡いらしい。
 それに対して肯定も否定もせず、ただヤークは薄く笑う。
「この世には、様々な考えを持つ者がいる。結果どうなるのかなど、俺には関係がない」
「ではあなたをそこまで駆り立てるものとは何です。たとえ首尾よく王を弑したとして、無事ここから逃げおおせることができると思うのですか」
「最初から、逃げる気など毛頭ない。本懐を遂げられればそれで良い」
 成功するにせよ失敗するにせよ、ここを終着地として選んだのだ。その気持ちに、いつわりはなかった。
 男が死を覚悟してここへやってきたと知って、女の表情にうっすらと焦燥が滲む。しかし、彼女は何かを決意したようにその色を消し去った。
「あなたの覚悟はわかりました。けれど、これ以上あなたは進む事はできません」
 深碧の瞳を少し上にあげ―――女児の顔をじっと見つめて、更に先を紡ぐ。
「アゲレード、非情なこの姉を恨みなさい。わたくしは、あなたを見捨てます。父様はこの国に必要な方。今亡くして良い方ではありません。わたくし達のように、挿げ換えのきく方ではないのだから。あなたも皇女として生まれた以上、小さくてもその責任から逃れる事は出来ない。解りますね?」
 そこまでを一気に言い切って、女は苦しげに眉根を寄せた。苦渋の決断なのだろう。
 それに、予想しなかったところから耳慣れぬ声が返って内心驚く。
「サフィアナ姉さま・・・姉さまを恨んだりなど致しません。わたくしは、喜んでこの国の礎となりましょう。父さまと母さま、それに他の姉さま方に、アゲレードは幸せでしたと、お伝え下さいますか」
 それは、ヤークが初めて聴いた女児の声だった。
 子供らしい甲高い声。しかし、その内容に思わず眉間に皺を寄せて眼を細める。
 こんな小さな子供までもが、王という名の光に焼かれる。
 サフィアナは大きく眼を見開いてアゲレードを見つめ、声を震わせる。
「アゲレード・・・ええ、ええ。必ず伝えましょう。必ず・・・」
 返答に、いつしか涙がまじる。
 年の離れた姉妹の様子を傍観して、ヤークはため息を吐き出した。
―――王手には一歩及ばず、か。
 王駒を落とすその前に、自分が捨て駒に落とされたのだという事を理解した。まさかその駒が騎士ではなく、盤外の姫だとは思わなかったが。
「もう良い。これ以上は無駄だ。兵を呼べ」
 ヤークはそう言って、腕の中の子供を開放する。
 何事か分らず立ち尽くすアゲレードの背を、トンと押し出した。
 彼のその様子に、サフィアナもまた困惑したように立ち尽くした。
「何故なのです」
 女はそう吐きだして、立ち上がったヤークを呆然と見つめる。潤んでいた涙は徐々にひいて行く。
「そちらも命を捨てるなら、俺に勝ち目はないだろう。先の見えた勝負に挑んで何になる。
 目的は果たした。だから、それで良い。女子供を斬る趣味など俺にはない」
「あなたの目的は父さま―――王の命だったのでしょう。ならば、その言葉は矛盾しています」
「そうかもしれんな」
「この期に及んで、酌量を望んでいるのですか」
 彼女のその言葉に、男はくつくつと楽しげに笑う。
「そんなものは要らん。一番惨い(むごい)刑を科せば良い」
 自分自身の事であるのに、楽しい遊びが待っている子供のように、そう返してくる男の顔を怪訝な表情で見つめる。
 さらに問いかけようと口を開いた瞬間、下ろした手を引く感触に視線を流した。
 アゲレードが何か言いたそうにしているのに、小さく頷く。
 妹姫もまたそれに返す様に頷く。そして、ヤークの瞳をじっと見つめた。
「あなたは、きっと死に場所を探しているのね」
 そっと吐き出されたその言葉に、男は絶句する。
 この子供は、どこまでも聡い。
 そして、先ほどまで無体な仕打ちをした己に向かって、ふわり、と笑んだ。
 その笑顔に、自身の内側の何かが喪失していくのを感じる―――それは、不必要なものか、それとも必要なものか。
 今まで一度として感じた事のないその感覚。ヤークは得体の知れないものに突き動かされるように口を開いた。
「小さい姫様は本当に聡い。その言葉は、とてもよく、当たっている」
「どうして、そんなに自分を追い込むの。痛いから?」
 見上げてくる小さなその顔に、問いかけてくる利発すぎるその言葉に、苦笑する。
「小さい姫様、昔話をしてやろう。さほど楽しい物語ではないが」
 ヤークのその台詞に、姉妹姫は異をとなえる事はなかった。殺戮をやめた自分に、少しの猶予を与えてくれたのかもしれない。
「昔、貧しい農村に男児が生まれた。その数年後、飢饉が村を襲って、その子供は物心つかぬうちに口減らしの為に奴隷として売られた」
 心の奥底に沈む、最も古い記憶。
 売られた時の事はもう思い出せない。思い出せるのは、戦場に佇む薄汚れた子供の自分。
 人殺しをする為にではなく、死体から一切合財を剥ぎ取る為にそこにいた。
 武器、防具、ありとあらゆるものを、誰かに喚かれ、追い立てられながら拾っていた。
 その後に流れて行く風景は、人殺しになるために鍛練を積む日々だ。
 物心ついた時にはすでに戦場にいた。その後は、きっとまた売られたのだ。今度は、持ち主から祖国ニヒケッテに、奴隷兵として。
 死体も、野鳥が荒らした後の腐った肉も、戦場の濃厚な血臭も、いつも眼の前にあった。
 人の死も、自身に迫る死の脅威も。誰かの命を奪う事も、奪われる様を見ることも、見慣れすぎ、感覚は麻痺して何も感じない。己にとって、それらは昔から手を伸ばせばすぐそこにあるものだからだ。
「何も思わずにただ奪った。それこそ、数え切れぬほど。やがて、彼は気がついた。己は本当に人なのか、と」
「哀しい物語なのね」
「いや、どこにでもある話だ」
 何が正しくて、何が間違っているのかは理解できない。それでも、その行為が人の道に悖る事だとは理解していた。否、理解していると無理にでも思い込んで、必死にそれに縋りついていた。
 どんなに堕ちても、それでも己は人であるという事に執着していた。その一筋の糸を手放せば、真の意味で人以外のものになり下がってしまう。
 獣(けだもの)と罵られても、それでも、ただ、人だけではありたいと。そう、焦がれていた。
「彼がより惨い死を望むのは、奪った人達への贖罪なのね。お馬鹿さんね、気付いた時にやめれば良かったのに」
 遊び相手を諭すようにそう言ったアゲレードの言葉に薄く笑む。
 穢れを知らない、どこまでも清い言葉だ。
 その後ろに立ったサフィアナの表情は、どこまでも硬い。
「そうだな、だが、そこが奴隷兵のつらい所だ」
 ヤークの言葉に、利発な子供ははっと眼を見開いた。
 しゅんとしょげた様に俯く。
「逃げられないのね」
「ああ。自分の背負った星からは、逃げられん。小さい姫様も、そうだろう?」
「ええ、そうね」
 生まれて初めて苦いものを含んだように、小さな皇女は不味そうな表情をして黙りこくった。
 その上から、今までだまって話を聴いていたサフィアナが口を開く。
「ニヒケッテ、ですか。あなたの祖国は」
 睨みつけるようにして吐き出されたその声には、明らかに彼女の嫌悪が含まれている。
 奴隷制度を設けている国など、今ではほとんどない。だが、それが現存し、あまつさえ横行している国―――それがニヒケッテ帝国だ。
「本当に、聡明な姫様方だ。それがわかったところで、俺が生きていた記録など何も残っていない。運良く、俺の記録が出てきたとして、それを武器に帝国に責任の所在を求めても、俺が勝手にやった事だと言うだろう。実際、俺は俺自身の都合でここに来た」
 憤懣遣る方無いといった風に、サフィアナは大きなため息を吐き出す。
「ここであなたを断罪しても、ニヒケッテの脅威が遠のく訳ではない。このように非道な事を民にさせる王なら、事が成さなかった場合にそなえて、狡猾な次手を用意しているはず・・・」
 それに関してはヤークも同じ見解だ。あの王の事だ、それくらいの事は当たり前に用意しているだろう。
 彼は女の顔を見つめる。
 しかし、女性にしておくにはもったいない程の読みだ。彼女が男性として生まれていたならば、ファンジャバールの世継ぎとして、その才能を発揮していただろう。
「わたくしも、自分の背負った星からは逃げられないようですね。
 ・・・わたくしは、あなたを許しません。ですから、罰を与えます。生きなさい。そして、奪った分だけ守りなさい」
「慈悲など要らん。俺は、もう眠りたいのだ」
 疲れたようにそう述べたヤークの言葉に、サフィアナは鼻先で笑う。
「わたくしの慈悲はファンジャバールの民だけにあるもの、誰があなたになど。アゲレードを守りなさい、ニヒケッテから。この場所にまで辿り着いたその頭と体を使って。
・・・わたくしは、帝国に嫁ぎます」
 彼女の言葉に、ヤークは驚きを隠せない。どこをどう捻れば、そんな答えにたどり着くと言うのか。
 それはアゲレードにとっても同じだったのだろう。悲鳴のような苦悶の声が、小さな喉から漏れた。
「姉さま」
「馬鹿な・・・どうやったらそんな考えに落ち着く」
「いかなる苦渋を舐めても、ファンジャバールの民さえ救えるなら構わない。そうあらずして、己の身を統治者の末席に置くことはできません。それが、王族たるわたくしの責任の取り方です」
 サフィアナの言葉に、ヤークはすべてを理解した。
 この皇女は、己を人質として帝国に差し出す代わりに、民の命を購おうと言うのだ。
「だが、俺のような得体の知れない男を後宮に入れるのは無理があるだろう。それに、この姫様を俺が穢すかもしれんとは考えないのか」
 言い終えて、ヤークはアゲレードに視線を移す。
 その幼顔は、未だ子供らしさを失っている。
「だから、です。それがあなたに与える惨い罰です。男性としての矜持を粉々に砕く、とわたくしは言っているのです。わたくしを恨みなさい。それこそ、本望です」
―――ああ、そういう事か。
 自身の内でヤークは得心して、また笑った。
 それでもまだ生きよと、星は言うのか。重荷を捨てた代わりに、もっと重い荷物を拾った気分だった。
―――だが、それもいいか。人であるならば。
「恨みはすまい、人として生きられるなら」
 呟いたその声は、自身の肩に軽かった。
 それが彼の、奪う事への別離の瞬間だった。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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