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category外伝

外伝 デザートローズ 14

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 砂漠を渡る旅も十日を過ぎ、エルンストの目にアゲートの体調はますます悪くなるばかりだった。
 それが顕著に現れたのは食事だ。
 まず、日中はほとんど水以外のものを口にしない。その水ですら、移った革袋の匂いが気になると言って、含んでもすぐに吐いてしまう。
 そうかと思えば、気温の下がる夜には昼と比べて驚くほど食べたりする。そして、見ている方が心配になるほど食べたかと思えば、やはりまた吐いてしまったりするのだ。もちろん、そうならずに済む場合もあったが。
 胃が空になれば幾分か体調は良くなるようで、心配しつつも戻る事もできないのでその状態でここ数日を乗り切ってきたが、やはりあの時契約を破棄してでもアドヴェダに戻っておくべきだったのではないかとエルンストの頭に後悔の念がよぎる。
 落獣しない程度の速度で進ませてはいるものの、隣で項垂れるようにして揺られるアゲートが気がかりだった。
 彼は油断なく彼女以外にも目を配りながら、太陽を見上げ、脳裏で進度を測る。
 長年の経験で道のりにズレは生じていないようだが、残念な事に移動に時間がかかりすぎている。もちろん、通常の移動速度で進めない以上は当たり前の事だったが。
 彼女の体調の事は言うまでもなく、それより他に別の問題が浮上してエルンストは頭が痛かった。
 あらゆる事態を想定して荷を用意してきたし、また二人にも指示して荷を造らせたが、それでもこのまま行けばおそらく次の補給地まで水が保たない。
 ここで進路を変更しても、一番距離の短い街まで乾かずに辿りつける保証はなかった。
―――弱った。
 客の前で弱音を吐く事は許されない。けれど、抑えきれぬその想いを胸の内に吐き出して、眼を細める。
 仰ぎ見た空に乱反射する灼熱の雨が、大気から水分をむしりとって行く。熱い雫が肌に染みて、何もかもが絞られてしまうようだった。
 つくづく、天候は人の意の儘にならないと彼は思う。
 アドヴェダで感じた水の気配。予定外の恵みがあるならば、ここで降って欲しい所だ。
 だが、それこそ最も当てに出来ない。
―――明日まで様子を見てそれでも一雨来ぬなら、奥の手を使うしかないか。
 エルンストはまた、心の中で独り言ちた。


 それは、唐突に起こった。
 浅い眠りの最中に異変を感じる。傍らに伏せているライネルの鼓動が、心なしかいつもより早い。
 直接灯りを見ぬようにゆっくりと瞼を開いて、遠く離れた闇を見つめる。
 小さく残した火の光が届く領域よりも更にその先、深みを増した漆黒に紛れた異物。
 こちらの動きを悟られぬように、エルンストは腰一文字に差した短刀の柄に手をかけた。
 そして、ひときわ低く、薄く呟く。
「爺さん、気付いているか」
「ああ」
 予想を違えずに短くそう返してきた翁の声に、頷いた。
 追われているとは言っていたが、まさか本当に追手がやってくるとは半ば信じていなかった。だが、己の考えは少々甘かったようだ。
 そうある事ではないが、それでもこういう事態はさほど珍しくはない。
 商人や貴族から仕事を受けた場合、強盗に荷を狙われる事がある。命を守ること―――それは文字通りあらゆる事態から客を“守る”事を意味している。故に、そういった輩と戦う事もまたガイドの仕事の内の一つなのだ。
 夜陰に乗じて砂上を移動する敵の足音が、微かに近付いてくる。
 ザザザザ、ザザザザ、と規則的に進んではこちらの様子をうかがうように立ち止まる事を繰り返す。
 その音を拾って、頭数を数える。
――― 一、二・・・・・全部で五つ、か。
 ザク、ザク、と次第に大きくなってくる足音に呼吸を計り、一番近い者が有効攻撃範囲に入ったところで勢いよく立ちあがった。
 間髪入れずに足で砂を払って火を消す。
 同様に、後ろでヤークが起き上がった気配を感じ取った。
 見た目に老いてはいても、彼が相当の手練だと言う事は間違いないだろう。
 だから、彼の事は心配していない。もちろん、アゲートの事も。
 己が盾となりながら動くよりも、数を減らす事だけに専念するべきなのは、ここまでの旅を経て理解していた。
 だから、エルンストは振り返らなかった。
 真っ直ぐに敵に立ち向かう。
 引き抜いたそれを一気に振り下ろす。
 だが、それを難なく受け止めた者。明らかに強盗とは違うその動きに、思わず奥歯に力が籠る。
 迷う事は即命を落とす事に繋がる。それは、後々己だけではなく客の命にもかかわってくる。
 一族の信用と矜持にかけて、己を置いても二人だけは守らなくてはならない。
 迷いも、考える事も放棄して、淀みなく刃を引きはがす。
 抜きざまに身体を反回転させ、遠心力をのせて切っ先を繰り出す。
 それが、鈍い手ごたえを伴って敵の首につき刺さる。と同時に、相手の切っ先が己の頬を掠めて行った。
 頬が熱く感じたのはほんの一瞬。
 安堵している暇などない。生きているならば残る者の相手をするのみ。
 身を翻したのと、自分が死に至らしめただろう相手が崩れおちたのはほぼ同時の事だった。
 その視界に、驚愕の光景が広がって舌を巻く。
 闇に慣れたその目にぼんやりと映ったのは、既に動かぬ黒い塊と化したものが三つ。残り一つも、ヤークの傍で膝を折って行く最中だった。
 徒者ではないとは思っていたが、まさかこれ程までとは。
 助けられたのは自分の方だったと胸を撫で下ろしたのも束の間、彼は老人とは思えぬほどの瞬発力で横に跳ぶ。そしてその手が空を薙ぐ。
 闇を切り裂いて行く切っ先が、月の光を受けながら真っ直ぐに軌跡を描く。
 シュ、といっそ軽すぎる程に感じる埋没音と、一瞬だけもれたうめき声。
 自身の眼では追い切れなかったそれに一拍遅れで辿りついた時、エルンストは眼を見開いて固まった。
 宙を流れたその短刀の切っ先は、正確に倒れた敵の胸に突き刺さっていた。
 こと殺戮という点において、翁の技量はあまりにも鮮やか過ぎる。
 現在の状況も忘れて立ち尽くしたエルンストの耳に、絞り出すような女の声が届いて我に返った。
「ヤーク! ヤーク・・・」
 切迫したように翁の名を叫ぶアゲートの声に振り向くと、そこに横たわった彼の姿。
 襲いかかる驚愕が、再び男の眼をいっぱいに開かせる。
 その瞳に映し出されたのは、月明かりを浴びて胸元に突き刺さった柄のない刃だった。
 一瞬、既視感(デジャヴ)が起こした錯覚かと言葉をなくす。
 だが、それは紛れもない現実だった。翁が最後に倒した者ではなく、ヤークその人に違いなかった。
「あ・・・あ、やっと、これ・・で逝ける」
 その傍らで膝を落として小刻みに震える女を仰いで、掠れた声を紡ぐ。
 混乱の最中に解けたのか、彼女がいつも頭から被っている黒布は肩までずり落ちて、金色の髪が月の光に白く浮かび上がっている。
 その後ろ姿に隠れたヤークの表情は、エルンストには窺い知ることが出来ない。
 唯一聴こえるその声に、かは、と痰が絡むような音が混じる。
「ヤーク・・・」
 皺枯れた手が、俯いた女の頬に伸びる。
「お・・ん身とも・・ども、ご自愛なされ・・・よ」
 その手が、アゲートの面に届く事はなかった。
 声を紡ぎ終えたと同時に、それは砂の上に力尽きて落ちた。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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