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category外伝

外伝 デザートローズ 最終話

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 「なら、余計にあんたの邪魔をしよう。ひねくれ者でね、俺は」
 はは、と男の笑い声が後に続く。
 この世に王族として生まれ落ちたその時より、多くの人々に頭を下げさせてここまで来た。人としての価値に何の差もありはしないのに、ただ王族だというだけで。
 その意味を、責任の重さを知りながら、これ以上の生き恥を晒す事など出来はしない。
 それなのに、男は軽い調子で邪魔するという。子供の遊びのように言ってのけるその様に怒りがこみ上げた。
「そんな事をしてあなたに何の得があると言うのです! あなたの信頼が失われるというのなら、わたくしの都合で契約を破棄したのだと一筆認めます。それで不満はないでしょう?」
 反射的にねめつける形になってかち合った男の眼は、口調とは裏腹に笑ってはいなかった。
 切りつけるように鋭い視線が、何故か己を不安にさせる。
「信頼だとか、そんなもの今はどうでもいい。俺を見くびるな」
 落ち着いた声音で低く放たれた言葉に、アゲレードの肩が一瞬震える。
 声を荒げた訳ではないのに、エルンストの怒りが耳鳴りのように響いている気がした。
「死んで行った者達の想いはどこへ行く。彼等が生きていたという証は、生きている者の記憶の中にしか遺らない。あんたは、馬鹿げた責任とやらでスルカヤを殺すんだろう」
「スルカヤを殺・・・す?」
「ああ、そうだ。人の記憶はいつしか移ろい、滅亡した国はあっと言う間に真の意味で死に絶える。地図からも消え、人の記憶からも消え、そして最後は無かった事になる・・・遅かれ早かれな。だが、誰かが彼等を想い、そこに在ったという事を記憶って(しって)いれば、蘇りはせずとも魂は受け継がれていく。死んで行った者達の人生を、無かった事にするな。生きられなかった者達の分まで、腹の子を生かしてやれ」
 はっと瞳を見開いて、二の句も告げられずに男を見つめる。
 どうして気付かれてしまったのだろう。否、自分と同じような様子の女を間近に見ていれば、悟られてしまうかもしれない。
 そう言えばこちらは彼自身の事は何一つ知らないが、妻帯していて当然の頃合いだ。
「正直確証はなかったんだ、爺さんの最後の言葉を聞くまでは。
 ・・・御身ともどもって、言っただろ? それで、解った」
 言葉を遺された己でさえよくよく反芻しなければ解らない事まで、本当によくきいているものだと感心する。
「あなたの言葉はとても、重くて深い。そんな考え方もあるのだと、生きるべきなのかもしれないと、そう思わせてくれますが、それでもやはり無理なのです。セルフォトには参れません。あちらを無用な争いに巻き込むわけにはいきませんから。どの道最初から、行くあてなどないのです」
 やっても見ぬうちから無理だと言うのは尚早だろうか。
 だが、手持ちの金は僅かしかなく、他に換金できそうなものは己と同じ名の石しかない。
 後宮以外で暮らした事がないから、どうやって市井で暮らして行けば良いのかわからない。まして自分一人で子を産んで育てて行く自信はなかった。
 生きる事を渇望しているならば、どんなに道が困難でもと奮起する事もできるのかもしれないが。
「なら、俺のところにくれば良い」
「は?」
 軽重表裏一体で、男の言葉は秤のように上下する。
 先ほどまでの重厚さは何処へ消えたのか、一転軽い調子でけろりと言ってのけるその内容に絶句した。
 いつしか忘れた涙の代わりに、不信感が面に纏わりつく。
 何を考えているのか、爪の先程も読めない。
「何をおっしゃっているのですか」
「いや、言葉通りの意味だが」
 そう言って、男は硬そうな顎鬚を軽く揉む。
「俺には娘がいる。だが、母親がおらん。こうして仕事に出ている間は、仲間の所で預かってもらってるんだが不憫でな。あんたが来てくれたら、俺は安心して働ける。あんたも生活の心配をせずに子を産んで育てれば良い。お互いにとって良い事だと思わないか?」
 なるほど、乳母代わりをせよというのか。それならば、納得できる。
「確かに、わたくしの現状ではありがたい事ですけれど・・・・。
 いいえ、やはり、それはできませんわ。一時的にとはいえ、夫婦でもない男女が同じ屋根の下に暮らす事など」
「なら、夫婦になれば良い」
 気圧されるように、アゲレードはたじろいだ。
 そして、再度の絶句。むしろ、呆れてものが言えないという方が正しいのかもしれない。
 男が本気で言っているのなら、その言葉は同情から来るものなのだろうか。これまでの付き合いで、性質の悪い冗談は言わないだろうと言う事は解っているから、恐らく本気なのだろう。
 それは彼の優しさなのかもしれないが、同情でわざわざこんな厄介事を抱え込む必要はない。
 寡夫であるなら、また再び巡り合うかもしれない伴侶の為に、その席は取っておくべきだ。
「同情でそのような事を言うべきではありませんわ、エルンスト」
 言い含めるように吐き出したアゲレードに、彼はため息をついてから苦笑いを浮かべた。
「同情でこんな事は言わん。早い話、あんたに惚れたんだ俺は」
 思いがけないエルンストの告白に耳を疑う。
 その衝撃に、惚けたように口を小さく開いて一瞬言葉を失った。
 我にかえって唾液をのみこむ。
「何を馬鹿な事を・・・・! それに、亡くなられた奥様を、もう愛してはいらっしゃらないのですか」
 他所で面倒を見てもらわなくては自活できないほど小さな子がいるのなら、伴侶を亡くしてまだ数年しかたっていないはずだ。
 そんなにも早く、想いは移ろうものなのだろうか。
 戦場で散ったハイゼルを想う時、己の心は否応なく締め付けられる。たった五か月の夫婦でしかなかった。それでも、こんなにも苦しいというのに。
「俺は妻を娶った事はない。だから、娘とも血は繋がっていない。娘は友の子でな。それでも、俺達は親子で、家族だ」
 男はふっと笑みをこぼして、天を仰ぐ。
 彼につられて同じように見上げると、そこにはうっすらと明るんだ紫紺の空。
「俺達アシュヴァンには子が少ない。いや、そもそもここは人が暮らすには厳しい土地だ。大人も子供も砂漠特有の病に掛って死んでしまう事が少なくない。自由を選んだ代償だったのかもしれん。まぁ、そういう環境だから、人の子でも喜んで育てる。もちろん、血が繋がっていようとそうでなかろうとだ」
 エルンストはそこで一旦言葉を切り、再びアゲレードの面を覗き込む。
「俺は、あんたの腹の子も愛せる自信がある。夫婦にはなれなくても、家族になれば良い。俺は筋金入りの偏屈だから、あんたが俺に惚れるまで何十年でも待つ自信もあるぞ? アゲート・・・いや、アゲレード、と呼ぶべきかな」
「家族・・・に。いえ、ですがそれは・・・・」
 眉根を寄せて苦しそうに頭を振るアゲレードに、頷く。
「まぁ、すぐには決められんだろう。俺も急く気はない。だが、死にたいなどと言わんでくれ。あんたに片恋(かたこい)している俺の言葉に説得力はないだろうが、爺さんもおちおち冥府に行けんだろうさ。これから旅立とうって時に」
 そう言って、エルンストは腰に吊った小物入れを探る。
 そこから、赤い紐の掛けられた琥珀色の呪石を取り出した―――フォードバックの店で買った葬送石だ。
「俺は、こいつを使うのは俺自身だと思っていた。仕事を請け負う前から、眼に視えぬ何かが俺を呼んでいる気がしてな。そして、あんたに出会った」
「自分が死ぬかもしれないと思っていながら、引き受けてくれたのですか・・・。どうして・・・」
「そうだな、強いて言えば直感、というヤツかな。運命(さだめ)かもしれんと思った。
 理由はそれだけだ。そうとしか説明できん」
 男はそう言って、また薄く笑う。
 地平から顔を出し始めた陽が、日焼けした精悍な顔を照らす。
 雲間から洩れるさしてきつくないはずのそれに眼を細めて、彼は手のひらの石の紐の端を摘まんだ。
「待って下さい。解かないで・・・」
「どうかしたか?」
 かけていた手を下ろして、エルンストはアゲレードに向き直る。
 何事かと見やった彼女は、ヤークの衣服を探っていた。しばらくそのまま見ていると、ごそごそと数か所を探ったあと、何かを取り出した。
 彼女の手に握られていたのは、同じく葬送石だった。
 相当に古いものなのか、紐の赤は劣化して薄明かりの中でも明らかに変色し、封は今にも切れそうな状態だった。
「ヤークから託って(ことづかって)いたのです。己が旅の途中で死んだら、これを使って葬って欲しいと」
「古いな・・・。もうずっと長い間、覚悟していたということか」
「ええ、おそらく十七年前から」
 彼女はそう言って、ヤークの顔を見る。
 初めてヤークと出会ったあの日。きっと彼はこれを持って後宮に乗り込んできたのだ。
 亡骸さえ残さずに逝くつもりだったのだろう。
 アゲレードは弱った紐を引き抜く。何の手ごたえもなく、あっさりとそれは解け、瞬く間に砕け散った。呪力で保っていただけで、それ自体は遠の昔に朽ちていたのだ。
 裸になった石は芯の部分から徐々に光り始めている。
 それを目視して、翁の口を開いてそこに押し込んだ。
 時を置かず、すぐに変化は始まった。
 ヤークの体は、徐々に崩れて行く。
 波にさらわれてゆく砂のように、さらさらと解け落ちる。
 死後肉体を砂にして風に流すというやりかたで葬送を行うのは、現在アシュヴァンのみとされている。
 何よりも自由を尊ぶ民族は、己の意にならぬ遺体でさえ死出の旅路の枷だと考える。
 死は、今生という名の足枷からの解放なのかも知れない。
 人の魂はどこから来て、命は何処へ還って行くのか―――そんな事は、アゲレードには分らない。
 けれども、ヤークが何故他民俗であるアシュヴァンの葬送を願ったのかはよくわかる。

―――嗚呼、ヤットコレデ逝ケル・・・

 彼の今際の言葉が、風啼きのように脳裏に響く。
「デ ルスタ」
 囁くように小さく呟いて、瞳を閉じて祈る。
 ルスタ―――古い言葉で解放を意味している。長じて、そこに自由という意味も含まれる。
 アゲレードは心の中で、ヤークがいつまでもそうあるようにと願った。

 暫しの瞑目のあと、そっと目を開ける。
 すでに老爺は旅立って、その姿は跡形もなくなっていた。
 ほっと安堵のため息を漏らす。
 今まで何一つ満足にしてやれなかった。最後の最後でようやくヤークの託けを果たしてやれた。
 それでもまだ、やり残した事があるような気がしている。
 彼と過ごした長い間にもっと何かしてやれたのではないかと、後悔ばかりが先に立つ。
 今更栓無き事だと言うのに。
 毒のように染みる苦しさが、胸の内側を侵食する。
 喘ぐように見上げた空が、また、弾けて潤む。
 その頬に、涙よりも先に温いものが零れおちた。
 一つ、二つ。
 シクシクと、天がすすり泣く。
 やがて、大気は輝く粒を纏って踊る。
「爺さん、あんたのために雨を呼んだな」
 エルンストの台詞に、呆然と大地を眺める。
 涙は、雨に流されてゆく。
 そこに、「体を冷やすな」と男の声が聞こえて、重い皮の外套を被せられる。
 けれど、アゲレードには彼の優しさが、今は辛い。
 いつも誰かに守られて、受けてきた多くの恩に何一つ返す事も出来ない自分が悔しい。
 だから、優しくなどしないで欲しい。
「この状況でこれだ・・・。俺は天の意思を感じるね」
 サアサアと砂に溶けて行く雨音に絡む低い声。
 それを、何処か遠い音のように拾う。
「本当の所、これはずっと黙っておくつもりだった。だが、天はセコイ手を許してはくれんらしい」
 そう言って、男は自嘲気味に笑う。
 聞くでもなく耳にした言葉に、心は動かない。意味が、頭に入ってこない。
 ぼんやりと映した視界に、いきなり男の顔が入り込んで息を呑む。
 ずぶ濡れの男は、手にした何かを差し出した。
 いぶかしんで覗いたそれは、ガイド料代わりに彼に渡した水柱石だった。
「あんたの夫からの、恋文だ」
 そっと傷ついていない方の手に載せてくれる。
 碧い石にも雨が落ちる。
 やがて掌のくぼみに滴は溢れて、石は沈んだ。
 そして、それは唐突に始まった。
 揺らめく波のように柔らかな青い光を放って、水柱石は詠う。

 
 旅立つ私を許して欲しい
 たとえ再び会えずとも いつも君を想っている
 どうか笑顔をそのままに
 私を忘れて 幸せにおなり
 遠く離れた場所にいる私を 安堵させてほしい
 愛しい君は泣くだろうか
 それでも願う 君の未来を 君の幸せを


 それは宴で披露される歌劇に使われる一節だった。
 将来を誓い合った男女が、戦によって引き裂かれるという悲劇。
 男が戦場の空を見上げて、女を想って唄う歌詞である。
「ああ、ハイゼル・・・!」
 アゲレードは手で口元を覆って泣き崩れた。
 エルンストに渡した指輪は、夫ハイゼルから戦いに赴く前に贈られたものだ。
 自ら城下に降りて探せれば良かったが、生憎余裕がなくて家臣に任せたから許して欲しいと言っていた。
 別段何の変哲もない指輪だと思っていたから、躊躇いはあったものの手放した。最終的には自害する事を決めていたのも、それを後押しする一因になっていた気がする。
 まさか、こんな呪がかけられていたとは思いもしなかった。
「一生勝てん気がするな」
 堰を切ったように泣き叫ぶアゲレードの声が、雨音に混じって響く。
 それに、彼の呟きはかき消された。
「泣くが良いさ、無理に人以外の者にならなくてもいいんだ、統治者だろうとなんだろうと」
 立ち上がって気持ち良さそうに雫を浴びながら、男はまた、独り言ちた。
 天も啼いているのなら、共に心行くまで泣けば良い―――そう、彼は思った。



 寝台に横たわる妻に向って男は口を開く。
「お前の望み通りリッキーは旅立った。
 だから、心配せずゆっくり眠れ」
 褐色の肌に流れ落ちた前髪を、慈しむように撫でつける。
 彼女は、ぴくりとも動かない。
 その瞼に包まれた碧い瞳に想いを馳せる。
「お前は俺と一緒になって幸せだったか? ・・・アゲート」
 苦しげに呻くように、男の台詞がこぼれた。
 もちろん、彼女の声は永遠の最中にさらわれていた。



 ――完――

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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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