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category第3章

2・代償

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 二人の話が一段落したころ、タイミング良くリッキーが部屋から出てくる。
 歩いている姿をメリロが確認すると、少年はまだ皮の外套を着込んだままだった。
「今日はもう遅いから、旅立つのは明日にした方が・・・」
 メリロがそう言いかけると、リッキーはいきなりシェルビーの前で頭を下げる。
「俺をあなたの弟子にして下さい!」
 予想外の台詞に、メリロは一瞬動きが止まった。
 だが、当のシェルビーは予測していた範囲内なのか落ち着き払っている。
「リッキーの気持ちもわからなくもないけど・・・。でも、早まるのはおよしなさいな」
 顔を上げなさい、とシェルビーが言うので、少年はその表を上げた。
 しかし、決意は固いのか、ぐっと噛みこんだ口元が戻る気配はない。
「メリィちゃん、あなたそろそろ話してやんなさいよ。その眼帯を外して」
 そう、話さなくてはいけない時期がやってきたのだ。
 しかし、何から話していいのか。
 メリロは手元が震えるのを感じていた。
「なにから話せばいいのかな・・・」
 そう呟きながら、眼帯の結び目に両手をかける。
 蝶結びに括ったそれが、ゆっくりと解けていく。
 食い入るように見つめるリッキーの目が、大きく見開かれるのを、メリロはスローモーションで眺めていた。
 ああ、なんとゆっくりと過ぎて行くのか。
 メリロの左眼の周りに、焼き付けたかのように一つのペンタグラムが刻印されていた。
 その瞼を、そっと開く。
 刺してくる光が瞳にしみる。久しぶりの感覚に目を瞬く。
「瞳の色が違う・・・」
 呆然とリッキーが呟いている。
 その色は、鮮やかな緑色。夏の若葉が萌ゆるよう。
「リッキー、肺砂症は治せない病だと言ったわね」
「はい」
「だけど、一つだけ方法があるのよ」
 シェルビーはリッキーとメリロを交互に見る。
 一呼吸置いて、再び口を開く。
「メリィちゃんみたいに、血の繋がった人から貰えばいいの」
「メリロ・・・」
 少年は複雑な表情でメリロを見つめる。
 次の言葉がみつからないようだ。
「あの日、仕事から帰ったら、家は炎に包まれていた」
 両瞼を閉じると、あの日の事が浮かんでくる。
 燃え盛る火を見て、自分がどうやってそこまでたどり着いたのかはもうはっきりとは思い出せない。
 妹を助けなくては、と、とっさに考えたのだと思う。
 家の奥の部屋に入ると、そこには酒に酔って半狂乱になった母親と、妹のメリィが顔を抑えて倒れていた。
 苦しそうにうめく姿を見て、とっさに何が起こったのかは理解できなかった。
 母親はへたり込んでわめき散らしながら、助けてくれと叫んでいる。
 そこには空になった酒瓶が転がっていた。
 部屋の燃え方が異常に早く、このままではメリィが燃えてしまうと思った。
 倒れている近くに香油を焚いたランプが転がっていた。
 それを見てようやく、いつものように発狂した母が、ランプを妹に投げつけたのだとわかった。
「あなたは、どうしてここまでメリィを傷つけるんだ!!」
 母親にそう吐き捨て、妹を抱えて部屋を飛び出す。
 早く助けなくては。それだけを一心に思って、前へ前へと歩みを進めた。
 自分の服が燃えるのも、その手が焼け焦げるのも気にならない。
 ただ、いつも虐げられて生きてきたこの妹を、助けてやらなくては。
 光の弱い、この双子石を。時を同じくして生まれた、たった一人の妹を。
 そうして、己の時間は終わりを告げた。
「じゃあ、メリロは・・・。メリィって・・・」
「ああ、この体は妹のものだ。救護にかけつけていたロードライトが、死にかかっていた俺の左眼を妹に・・・」
「・・・・っ!」
 自分でも何が起こったのか分からなかった。
 目覚めると妹になっていて、自分の死体を眺めることになろうとは。
 リッキーは頭を抱えて、わなわなと小さな体を震わせている。
 最後まで告げなくても、少年は悟ってしまった。
 この旅が終わるとき、メリロとしての旅は終わる。
 即ち、メリィの人生が再会する時だと。
「旅なんかやめちゃえばいいんだ!」
 少年は泣きながら与えられた部屋へ走っていった。
 追いかけることもできずに、メリロは長椅子に沈みこんだ。
 深いため息を吐き出す。
「子供って残酷よね」
 シェルビーがいつになく難しい顔で呟く。
 メリロも当分、立ち直れそうになかった。



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