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category亡国の唄声編 第1章

第1章 1・辞令

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 騎士団の婦人房の一角にある練鍛場で、メリィは一人、剣を振っていた。
 刃止めを施した稽古用の模造剣は、実戦で帯びるそれよりも幾分か重く仕上げられている。
 入団して初めてそれを手にした時、驚くほどに重く感じたのがつい昨日の事のようだ。
 およそ運動をするといった行為からほど遠い暮らしをしていた彼女にとって、騎士団での生活はあまりにも過酷だった。
 まず、鍛練について行けるだけの身体を作るのに一年。そしてこの模造剣を重く感じなくなるまでにもう一年。満足に剣を扱えるようになるまで更に一年を費やした。
 鍛練に明け暮れた丸三年を終え、入団四年目に入った今。日々は光の速さで流れて行った。それでも、未だ“プランバム”からは昇格出来ずにいる。
 切っ先の軌道を確認しながら、右、左と剣を振る。
 季節は初秋を迎えているが、それでも鍛練を積むために身体を動かせば、滴るように汗が流れて行く。
 強度を込めて素早く手を繰り出せば、それに合わせて踊るように飛沫が散る。
 ちょっとやそっとではしなりもしない厚い樫の床に運ぶ素足が、タントタタンと軽やかな音を刻む。
 だが、もしも同じ鍛練を団長のベスがしていたならば、この場所はこんなにも静かではない。いつも、底も抜けんばかりの烈音が響いている。
 それは、メリィの身体が騎士としてはあまりにも貧弱なせいだ。
 血を吐くような苦しい鍛練に耐え、健啖家ではない身に無理にでも食物を供給して、そしてやっとこれだけだ。
 元来小柄だった彼女は、最初から騎士として大成するには資質を大きく欠いている。
 実戦ともなれば、女性だからと手加減してもらえるわけではない。背が高く、骨格がしっかりとしているという事は、それだけで十分に騎士としての資質の多くを満たしているという事なのだ。
 故に、ベスの鍛錬時には足元だけでなく、宙を薙ぐ剣からの重い振動音と、耳を震わせる程に大きい喝声が場を満たしている。
 床を踏む音が大きいのは恵まれた脚力と剛柔性がなすもの。振動音はその下半身が生み出した強度と瞬発力が無駄なく上半身に伝わるからだ。大きな声は鍛え上げた腹筋が腹式呼吸を支えているという証だ。
 当人の努力なくしてあり得ないが、それでもベスは騎士として恵まれた体躯をしている。それだけでなく、人の上に立つだけの度量も力量も持ち合わせている。
 彼女が女性部の団長の任を受けているのは、メリィにはこれ以上はないという程に納得できる事だった。
 我が身の小さきを嘆いても仕方がない。尊敬するベスのように強くなりたい一心で、メリィは鍛練に没頭してゆく。変わらず、軽い足音が響いている。
 騎士練鍛場にしてはあまりにも軽やかなその音は、外側から洩れ聴けば踊り子が練習しているのではないのかと思わせるほどだ。
 そして、武器を手にする血なまぐさい生業に、彼女の外見は拍子ぬけする程にそぐわない。やや童顔気味の、いっそ愛らしいと形容できる容姿に、小さな体。靡けば白く光る銀の髪。
 いつしかついた渾名が“白鳥”だった。
 一つは、軽装で鍛錬を積むその背から見え隠れする火傷の痕が動く様が、舞い飛んでいるようにみえるところからだという。だがそれは、そう言われる所以の側面にしか過ぎない。
 豊かな水源の乏しいこの地で、渡り鳥である白鳥の姿を目にする事はない。
 商船が接岸する沿岸都市に他大陸から運ばれて、そこから流れてくるお伽話(えほん)の中の優美な鳥は、この地に住む者にとっては空想世界の生き物に等しい。
 彼女の姓はウェナ。大多数の団員が揶揄して言っているのは、このウェナという姓そのものを指しているのに他ならない。
 東央大陸の山岳地帯に月光神を祀ってひっそりと暮らしていたウェナと呼ばれた小部族は、四十年程前に天災に見舞われて滅んでいる。
 そのウェナ族の僅かな生き残りの血を引く者だ、と彼女は言う。
 事の真偽は定かではないが、見たことも聞いた事もない民族であれば、珍しさは空想の中の鳥と変わらない。
 その小柄な女は、白と見紛う程の銀髪と背負った翼を踊るようにはばたかせているのだ。しかも、いつもこうして所定の鍛錬時間以外にもここに来て、ただひとり何時間も。いつまでたっても最下位なのにもかかわらず。
 もちろん、人の努力を嘲笑うほど底意地の悪い者など居ない。
 彼女の努力を買っているからこそ、親しみを込めて揶揄するのだ。筋力職業系(たいいくかいけい)の空気感(ノリ)というヤツだ。
「精が出るな、メリィ!」
 ちょうど鍛練用の型の最後を振りきった直後だった。
 入口に背を向けた恰好のメリィに、聞き馴染んだ声が掛った。
 足を止めるのと同時に、バタバタと確かな質量を伴って大量の汗が床に落ちる。
 体中の肌の上を撫でて行く。下着にまで浸みこんで、荒くつく呼吸と共に、肌にへばりついた衣類も上下する。慣れたとはいえ不快だが、それでも体を動かしきった後のそれは、薄く粘り気のないものだ。
 額から流れて眼に掛るそれを指の腹で拭いながら振り返る。少し中に入って、瞳に染みた。
「・・・ミラゼル団長」
 肩で息をしながらそう返して微笑んだメリィの前に、不意に布が投げられる。驚いて咄嗟にそれを掴む。
 壁際に置いていた汗ふき用の綿布を投げ渡してくれたのだ。
「ありがとうございます」
 目の前まで歩いてきたベスに礼を言って、汗を拭った。
「お前、当直明けだろう? 熱心なのは良いが、ほどほどにしておけよ」
 咎めるような口ぶりだが、彼女の表情は柔らかかった。
 立場上、やりすぎは禁物だと釘を差しておかなくてはならないのかも知れない。
「はい。これで終わります」
「そうしろ」
 ふ、と灰翠の眼が淡く和む。
 男性騎士顔負けの力量と体躯を持つ“女傑”と称しても良い程のベスが、どんなに力強くとも女性なのだとメリィに感じさせるのは、こういう所だ。
 慈しみに満ちたそれは、男性が見せる表情とはやはり違うものだ。母性的、と言えるかもしれない。
 区切りをつけるように彼女は頷いて、手に持った何かを差し出した。
 見上げていた視線を下ろすと、そこには蓋つきの茶器が握られている。
「飲んでおけ」
 はい、と頷いて受取った傍から、ベスは背を向けて去っていく。
 後ろ向きのまま「飲んだら食堂に返しておけよ」と言い残して小さくなって行く。
 体を二つに折りながら声を張った。
「ありがとうございました!」
 半身を起して、短めの緑がかった黒髪を見つめる。
 うなじと耳があらわになる程のその長さが、彼女の潔さを表しているような気がした。
 その姿が完全に見えなくなってから、メリィは受け取った茶器の蓋を開ける。
 すんと匂いをかぐと、ほんのりと甘酸っぱい香りが鼻腔に届いた。そして、ゆっくりと口に含む。
「甘酸っぱい」
 檸檬の蜜漬けの花茶だった。
 淹れられてから時間がたっているのか、含んだそれは口当たりが良いくらいに冷めている。
 ベスの心遣いに、思わず笑みがこぼれる。
「おいしい」
 渇いた体が欲するままに一気にそれを飲み干して、息をついた。
 また、額から頬に汗が一筋流れて行った。


 
 長く続いた戦乱にしばらくの休戦期間を経て、再び火が投下されたのが四半世紀程前の事。
 後にサルーバセタの黒き罰災として語り継がれるその争いは、実に大陸の四分の一を焦土と化す事で終結を迎えた。
 それから二十二年。生き残った部族が手を取り合って進めた共和政策が、復興に伴って実を結びつつあった。
 かつては法令を施行しようにも、主導出来る国がなく、そもそも生きるための実りを望める土地すらない有様だった。
 統制と政治よりも、まず生きるための実りを。国造りは後回しに。
 そして、約三十からなる民族間の調整を済ませるのに、二十年の歳月が経過していた。
 各民族首領の系譜から、初代共和国元首の座に就く者の選定に入っているが、進捗状況は芳しくない。
 ようやく表向きの復興を成し遂げたとはいえ、それでもまだこの地は落ち着いていない。
 あまりにも年老いた者では落ち着く前に新たな火種を残しかねず、かといって若すぎるのもまた求心力と統制力において懸念があった。男性にするか、はたまた女性にするかでも揉めている、という事も共和制移行完了を目前にしながら足踏みをさせている原因だった。
 ベスは協議会本部の会議室を辞し、団舎への帰路を歩いていた。土を突き固めただけの埃っぽい街路を行く道すがら、無駄なく様子を観察する。
 協議会本部の置かれているここラムサダンの街は、被害を受けた土地の中では最も早く復興した場所ではあるが、誰もが苦しい生活を余儀なくされている時代だから、治安が良いとは言い切れない。
 先だってメリィが捕らえたシグモンドなども、貧しいがゆえの小さな窃盗を繰り返している。もちろん、彼が盗みを働く理由は他にもあるのだが。
 黒き罰災のあの日、彼は生まれたばかりの娘と妻を一度に亡くしている。元は商人だったというシグモンドは、かろうじて難を逃れた港町に買付に出ていたのだとか。
 独り残された彼の無念さと孤独を思えば、こらえようのない虚しさが胸の内に広がる。
 だが、時間を巻き戻して無かった事にできぬ今、そこかしこにそんな者達が溢れている。さして珍しい事ではない。そんな時代なのだ。
 生きていればちょうど現在のメリィぐらいになる亡き我が子の面影を、彼女に重ねているのだろう。貧しさからだけでなく、耐えきれない孤独が、彼をそうさせるのだ。
 だから、何度百叩きの刑にあっても、懲りもせずに罪を犯している。
 戦争が終結した今となっては、騎士団とは名ばかりで、その業務の実態は要人警護と街の争いを収める憲兵のようなものだ。
 ベスは協議会で言い渡された先ほどの話を再び思い浮かべて、溜息をついた。
 悪事は働いてはならぬ、と思う反面、シグモンドの行動理由を理解できなくもない。
 引っ捕らえられているくせに幸せそうにする彼を思うと、すこし気の毒な気持ちになった。


 団舎の狭い自室で手紙をしたため、封筒の乾燥糊を舌で湿らせて封をする。
 数十分前に同じように用意した宛先違いの手紙を重ねて、窓際にとまった白い鳥に差し出した。
 鳥はそれを嘴で受けとって、飲みこんだ。否、正確に表現するならば、すいこまれて消えたという方がより近いかもしれない。咀嚼の意味で飲み込んだわけではないのだから。
「じゃ、お願いね」
 メリィがそう言うと、
『了解した』と明らかにその鳥から声が返った。
 この世の大多数の者の常識の範疇外のその生き物は、一度だけ小さく尾羽を震わせてから蒼天へと飛び立って行く。
 綺麗な流線を描いて遠くなって行くその姿を見送って、開け放たれた窓を閉めようと椅子から立ち上がった時だった。
 誰かが部屋の木戸を叩く。
「メリィ、私だ。少し話せるか?」
 低く掠れた声が、遮られているせいでくぐもっていた。木戸越しに伝わるその声はベスのものだ。
「はい、今開けます」
 閉めるつもりだった窓をそのままにして、すぐに木戸へと向かう。
 小さな部屋だから、さほど時間はかからない。
 部屋の内側に向かって開くそれを引くと、正装姿のベスがそこにいた。
 と言っても、予算不足だから、いつもの防具姿で逞しい利き腕に腕章をしているだけなのだが。
「休みに悪いな」
「いいえ、気にしないで下さい」
 ベスを招きいれた後、先ほど座っていた椅子を引き出して勧める。
 腰を下ろしたのを確認してから、自分は寝台に座った。
 少し厳しい顔をして、ベスはおもむろに話し始める。
「実は、先程協議会からお前に辞令がおりた」
 話が読めず、はぁ、と間抜けな相槌を入れる。
「・・・お前を、シャニス様の専属警護官に任ずる、と」
 一瞬理解出来なかった言葉を反復して、驚愕に眼を丸くする。
「えええっ?!」
 メリィの声が、風に乗って窓の外にも響いていた。


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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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