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category亡国の唄声編 第1章

第1章 2・シャニス=アゼル=ヒルグラム

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「あら、細く見えてもやはり騎士様ですね。・・・肩口がはちきれそうだわ」
 口元に手をあてがい、一瞬言いよどんだかと思わせたくせに結局はズバリと口にした侍女を信じられない思いで見つめる。
 ああでもないこうでもないと二人掛かりでメリィの身支度を手伝ってくれているのは、件のシャニス付きの侍女達である。
 かしましい二人には気付かれぬよう、メリィはそろそろとため息を吐き出す。
「では、もう一周り大きいものを」と言ったのは、先ほどとは別のもう一人。
 それに頷いて、ブラウスの袖口を利き手で少しずつ引っ張る。協議会支給の目が荒くて丈夫な麻の鍛錬着に慣れたメリィには、白く薄い綿の生地は目一杯力を入れれば破れてしまいそうに思えるほど柔らかくて気が気ではない。力を加減しながら脱衣を試みるが、半ば強引に押し込んだ腕と肩が抜けてくれない。
 それを見かねた二人が後ろに回って襟元から裏返して引っ張ってくれて、ようやく窮屈なブラウスから解放されることができた。
 入団前は華奢を通り越して貧弱とも言えた体が、三年を経て逞しくなったのは騎士として胸を張るべき事なのかも知れないが、メリィはそれを素直に喜べない。
 自分で選んだ道とはいえ、二の次になっていた女心が少し痛んだ。
 それでも団の中では細すぎると言われているのだから、笑うしかない。
 脱いだものの代わりに手渡されたブラウスを無言で受けとって、再び袖を通す。
 その間、二人の視線が背中の傷痕に集中するのを感じたが、何ごともないようにそれを受け流した。
 最近ではめっきりなくなっていたが、それでもこうして注視されるのには慣れている。
 翼の形に焼きついた傷痕は、人々の眼に奇異に映るらしかった。
 他の人々同様それについて何も訊ねないのもまたお決まりのパターンだ。
 二枚目のブラウスは窮屈さを感じなかった。どちらかと言えば、今度は胴周りが大きすぎる気がする。だが、どこかがしっくり来ればどこかが合わない、というのは仕方がないだろう。
 意識的に作ってきた肉体は、もはや標準規格ではなくなってしまっているのだから。
 ブラウスを着て、下半身が下着姿のまま鏡に映る自分を見つめた。その腿には、短剣が吊られている。
 警護のための動きやすさが第一で、その次に見た目が必要上におかしくなければ良いという事で割り切ることにする。
「ブラウスはこれで大丈夫です」
「そう。では、次はスカートを・・・。その短剣を隠すのに、パニエを入れた方が良さそうね」
「あら、でもルル、侍女姿でパニエなんて少し不自然じゃないかしら」
 おっとりとした外見にもかかわらず、ルルという名の侍女に向ってきっぱり言い切る。先ほどから見ているが、どうやらこの侍女、外見にそぐわず歯に衣着せぬ物言いらしい。
「そうは言ってもねぇ・・・腿の内側に入れたのじゃ動きにくいし、それにいざって時に鞘から抜くのに苦労しそうよ?」
 そう返されたルルは、うーん、と一瞬唸った。そして、何ごとか閃いたように口を開く。
「では、こうしましょう。枠をなくして、フリルの段数を減らして、足捌きが良いように縦に切りましょう。要は、表に線が出なければ良いのだから」
「ああ、それは良いわね。じゃ、私シャニス様の古いのを探してくるわ」
「ええ、そうしてちょうだい。まかせるわね、カルネ」
 気心の知れた仲なのだろう、まかせなさい、とルルに胸を張ってはっきりした物言いの侍女―――カルネは部屋を出て行った。
「さて、と・・・問題はスカートね。いざ戦いになった場合、どういう形のものが良いのかしら? ご希望があったらおっしゃって下さいませ、メリィ様」
 貴人の身辺の世話をする侍女と比べ、最下位とは言え命を賭して治安を守る騎士との間には明確な序列がある。
 それは他者から強要される事ではないが、未だ治安の落ち着かないこの地では、少なからず自分たちの生活を守っている騎士は敬われる存在である。
 年の頃ならそう違わないルルが自分を敬称付きで呼ぶのはある意味礼をとっているのだから仕方のない事と言える。
 だが、いつまでかはわからないが、当面の間仕事を共にするルルに、『メリィ様』などと呼ばれたのでは落ち着かない。
「あの、ルルさん。その・・・様ってのはやめませんか? 侍女同士なのにそう呼んでいると、見た目にも不自然ですし」
「あら、そうですわね。わたしったらそこまで気が回らなくって」
 ややはにかんだ笑みを浮かべて、それをごまかすようにあらかじめ用意されていたスカートを手に取る彼女の様子に、自然とこちらも笑みがこぼれた。彼女の気持ちは、とてもよくわかる。初対面の者と二人きりにされる事ほど気詰まりなものはない。
 それに、カルネと比べてルルは若干人見知りする性格のようだ。
「これは私たちと同じものですけど、丈はどうかしら」
 手渡された黒のスカートを鏡の前で当ててみると、裾は踝まであった。
 長さよりも、咄嗟の足捌きにどこまで影響が出るのかが心配だった。
 いっそ、緊急事態にはすぐに脱げるような物の方が良いかもしれない。
「丈はともかく、簡単に脱げるような形のものの方が良い気がしますね。・・・例えば、巻きスカートのようなものとか」
「ああ、それでしたら探せば何とかできそうですわ」
 そう言って、ルルはまた含羞んだ。


 かつてこのサルーバセタには、群雄割拠の時代があった。長く続いたその覇権争いは熾烈を極め、この地をどん底にまで疲弊させる原因となった。
 膿み切った時代を終結させたのは、たった一体の魔獣だった。
 争いの最終局面にさしかかり、劣勢に立たされた国が召喚したこの世ならざる存在は、戦乱終結後の荒廃を暗示するかのような禍々しき黒い竜であったという。
 究極兵器として召喚されたはずの黒竜は暴走し、大地に炎の雨を降らせた。呪術師が形成する炎紋刻環に酷似した無数の術式を瞬時にして大気中に発生させたのである。
 結果、大陸の四分の一を焼き尽くし、戦いは幕を閉じた―――否、強制的に閉じさせられたといった方が正しい。
 本来竜を始めとする魔獣の召喚は禁忌とされる。人知の及ばぬその力は、そもそも人などでは御せるものではない。
 戦いの勝利にこだわるあまり愚かな選択をした人間に対してくだされた罰は、文字通り災いと呼ぶべき程の痛ましい結果をもたらした。
 それが、“黒き罰災”と人々に語られるようになった所以である。
 戦乱後期、表だって国としての体裁を保っていたのは僅かに六国。
 ニヒケッテ帝国・ロアンダール皇国・ルドルオット王国・スルカヤ王国・ファンジャバール王国・ヒルグラム国がそれだ。
 だが、このうちのスルカヤはニヒケッテによって陥落後滅亡、ファンジャバール・ヒルグラムに至っては、後にそのニヒケッテと同盟を結んでいる。
 二国は現代に至るまで国名を残してはいるが、実質黒き罰災でニヒケッテが滅ぶまでは、属国の扱いであった。
 このことから当時の勢力図はニヒケッテにほぼ傾いていたと言っても過言ではない。それが、大陸の広範囲を焼き尽くす原因となったのだ。
 黒竜を召喚したのはロアンダール皇国。その対象はニヒケッテであったことから、同国は滅亡。ルドルオット王国はニヒケッテと領地が地続きで繋がっていたことから巻き込まれた形で滅んでいる。当のロアンダールもまた、その甚大な魔力の対価として国ごと奪われている。
 結果、戦争終結後残った国は二つ。
 その両者が属国の扱いを受けていたとは皮肉な事だが。
 強国ニヒケッテの最後の王の実子で、女児だったことから王位継承権を持たず、現ヒルグラム王家に降嫁した者がいる。名をシャーロット=アゼル=ヒルグラム。
 そのシャーロット唯一の子、それが、シャニス=アゼル=ヒルグラム―――この度協議会から辞令の下った要人その人だった。
 生きる為だけにがむしゃらに働くしかなかった時代を終え、ようやく僅かでも娯楽を求められる時代になれば、自然と人々は苦しかった頃を振り返るようになる。
 そうして、落ち着いた頃に忘れかけていた恨みが甦るのだ。
 この苦しいばかりの時代を作ったのは誰か。家族を、土地を、家を、青春を返してくれ。
 完膚なきまでに滅びたニヒケッテ帝国への人々の恨みは、もう在りはしないというのに凄まじい。黒竜を召喚したロアンダールよりも、だ。
 いきおい怒りは実子シャーロットへ、ひいてはその子シャニスにまで注がれている。
 ヒルグラム領内にはシャーロットを狙う不穏な動きがある。シャーロット自身はそれも背負った星と諦観しているようだが、シャニスはまだ若く、何の罪もない。協議会は保護対象と判断し、半年前からこのラムサダンに当人を匿っていた。騎士団が機能しているからである。
 今回の辞令を受けてベスから聞いた話によると、シャニス=アゼル=ヒルグラムは女性―――十六歳の少女らしい。
 そして、相当手ごわい相手だ、とも。
 どう言う意味か、と問えば、会えばわかると返されただけで詳しくは教えてもらえなかった。
 万一にも間違いがあってはならないと、寝所での警護は女性騎士上位陣で構成されていたはずだが、どうして最下位の自分にそれが任されることになったのかは皆目見当が付かなかった。まして、侍女姿でなどと。
 メリィは着替えを終えてシャニスが暮らす邸宅の廊下を、ルル、カルネの後について歩く。
 久しぶりに履いたスカートが、足に纏わりついて若干動きにくい。躓いてしまいそうで落ち着かなかった。ここにきて数年でしかないというのに、ズボンだけ着用し続けた慣れとは恐ろしいものだ。
 ルルが少しだけ手を加えて用意してくれた紺色の巻きスカートは、留め具を一つ外すだけですぐに脱げるようになっていた。本来は紐を二重に巻いて縛るものだが、それでは脱ぎにくいだろうと、器用に針仕事をして改造してくれた。パニエもまた、同様に。
 侍女全員が同じ形のものを着用できるほどの費用がないのか、白いブラウスに黒もしくは紺色の長いスカート、不潔な身なりでなければ良いという事らしかった。
 形式的な体裁さえ整っていれば良いのだろう。だから、すれ違う侍女それぞれが、少しずつ違う格好をしている。落ち着いてそれを見ていると、一見して無個性にみえつつ実際は当人の個性が現れるのだという事がうかがえておもしろい。
 事実、前を歩くカルネのスカートなど、紺色なのに赤糸で縫われている。それに合わせるかのようにブラウスのボタンも赤糸で縫いつけられていて目新しかった。
 しばらくふたりの後を歩き続けると、さして大きくはない邸宅の最奥にシャニスの部屋があった。
 ルルが扉を叩き、カルネが声を掛ける。
「失礼いたします。シャニス様、新しく入った侍女を連れて参りました」
 扉の向こう側から、どうぞ、とくぐもった声が返る。
 それを受けて、ルルとカルネは中へ入って行く。メリィもその後に続いた。
「シャニス様、こちらが件の侍女メリィでございます。さ、メリィ」
 と、カルネから促されて、侍女二人の間に割って入る。
「メリィ=ウェナと申します。本日よりお傍務めをさせていただきます。よろしくお願いいたします」
 そう言って顔をあげると、目の前に小柄な少女が立っている。
 やや黄土味を帯びた鈍い金髪は一筋ごとがあまりにも細いためか、ぺたりと形の良い頭に張り付いているような印象を受ける。嵩の少ないその毛先を大きく巻いて、それを両耳にかけている。
 薄い眉に、卵型の輪郭。ややつり気味のくるりとした瞳は金と灰水色が混じりあった不思議な色合いをしている。筋の通った形の良い鼻に、青白い肌に浮いた小さな唇は血塗られたように紅かった。ビスクドールのような硬質的な冷たさをはらむその相貌は、美少女と称してもけして大袈裟ではあるまい。
 身にまとった装身具はやや華美さに欠けるが、ここラムサダンに限って言えば、贅沢な部類に入るだろう。だが、作りものめいたその姿からは、何故かしつけの良い小柄な猛獣のような印象を受けた。
 そのシャニス相手に思わず左手を胸の前に挙げて騎士としての礼をとってしまいそうになる自分を制し、少女時代に教わったように膝を軽く曲げる。
 それは侍女姿で騎士の礼をとるのが単純に不自然だと思っただけにすぎなかったからだが、シャニスの眼には好ましく映ったようだった。
 うっすらと笑ったその表情は、やはり人形めいている。
「わたくしがシャニス=アゼル=ヒルグラムです。
 やっとまともな方がいらして良かった。もう、汗臭い男性のような方々はうんざり。
 どうせ男性顔負けなら、いっそ男性騎士で良いと思いませんこと?」
 事前にベスに教えてもらえたのはわずかに性別と年齢と“相当に手ごわい”という三点のみだった。
 だから、予備知識の乏しいメリィにはシャニスの言わんとする事の意味が解らなかった。
 思わず、「はあ」と間抜けな声を漏らしたのが、今度は彼女の癇に障ったようだ。
 苛、と眉間が一瞬動いたのが分かった。
「曖昧な返事なら口を噤んでいる事。わたくし、何ごとも白黒はっきりしない事は嫌いですの」
 人形のように可憐な外見の中に、肉食の猛獣めいた覇気を感じたその不均衡さがようやく理解できた気がする。
 一事で言うなら、この少女は『苛烈』なのだ。
 確かに、相当に手ごわそうだ。
「わかりました」
 苦笑いを浮かべて、メリィはそう答えた。
 そう返すしか、なかった。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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