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category亡国の唄声編 第1章

第1章 3・思春期

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 メリィがシャニスの護衛として側仕えに就いてから数日が過ぎた。
 寝食を共にするようになってわかった彼女の生活は、退屈なまでに単調だった。起床から就寝までの間に行われる一切が、毎日変わる事無く繰り返される。
 護衛付きにもかかわらず屋敷の外に出る事はできず、軟禁状態と言っても良いかもしれない。
 世を捨てて隠遁しているならばともかく、活動心旺盛な年頃にはさぞ苦痛だろう。
 だが、シャニスはそんな素振りを見せる事はなかった。そのかわりに、こちらの胆がひやりとさせられる事は少なからずあったが。
 その瞬間の多くが、午後の茶の時間に集中しているのは偶然などではないだろう。何故なら、必然的に会話が長くなるからだ。
 まさに、この瞬間もメリィは気が抜けないでいた。
 茶器を口元に持って行きながら、眼前の歳の離れた少女を見つめる―――ビスクドールの皮を被った爪の鋭い猛獣。
「あなた、何故騎士などになったのです? 生きる為の生業なら、もっと他にもあったでしょうに」
 見る角度によって色が変わる人工物めいた瞳が、感情を載せる事無くこちらに注がれる。
 それに、少しだけ微笑んでみせる。
「強くなりたい、と思ったのです。大切な人を守る力が欲しかったから」
「愚かですこと。武力だけでは何も守れない事など、この地で生きていれば解るでしょうに」
 何事もないように放たれた彼女のその台詞に、やはり、どきりと胸の奥底が乱れる。
 確かにここで生きていれば、武力だけでは何も守れない事は充分すぎる程に実感することだ。
 軍事力だけで言うならばどの国よりも抜きん出ていたニヒケッテが滅びた歴史がある以上、武力神話などすでに崩壊している。
 己の祖父が辿った過去を、事もなげに愚かだと切って捨てる精神性。
 この少女の言葉には、上面を撫でるだけの建前など存在しない。物事の本質を、良くも悪くも言い放つその苛烈さ。
 メリィは自分の少女時代を思い浮かべて胸が苦しくなる。
 十六でしかないシャニスの強さが、あまりにも不釣り合いに思えるからだ。自分には、己の運命を受け止めるだけの強さがなかった。
 思い悩んで心を失くし、前に進めなかった事もすでに過去になった。
 それでも、辛い少女時代を思い返せば、未だに暗い気持ちになる。大人になったつもりでいるいまでさえなお。
「確かにそうです。けれど、私には必要な選択だと思ったのです。ですから、後悔はしていません」
「武力が必要な選択だと言うのなら、あなたの人生は苛酷ね」
 こくり、と少女は茶を含んだ。
 そして、
「それでも、自分で選びとった道なら、それは丸ごとあなたのもの。それ以上のものなんて他にないわね」
 そう言って、シャニスは薄く笑った。
 その笑顔の、その言葉の裏側にある彼女の苦しみを、メリィは思わずにはいられなかった。
 未来がどこに繋がっているのかなど想像する事はできない。何のしがらみもない自分でさえがそうなのだから、政治の駒として利用される事の多い貴人ならば思い描く先はけして明るいばかりではない。

―――ああ、そうか。

 不意に、メリィは思考の底で気付く。こんな人物を、他にも知っている事を。
 苦しい時、人は強くなりたいと願って違う自分を演じるのかも知れないと思った。
 


 夜半、浅い眠りの最中に眼を覚ます。
 視界を覆う闇の最中にシャニスの規則正しい寝息が聴こえて安堵する。
 夜間、寝所の扉の前に騎士が詰めて護衛しているが、それだけでは万一の場合に対応できない。だから、同性である女性騎士が寝台を供にする事になっていた。
 メリィが彼女専属の護衛の任に就いてからもそれは変わらず、こうして寝具を共有している。
 二人で一つの寝台で眠る事に窮屈さは感じない。
 シャニスも自分も小柄であるし、何よりも豪奢な天蓋つきの寝台は広い。
 寝具の中の温もりは一人で眠るよりも心地よい程に暖かい。寝相の良いシャニスはそうしていると仔猫のようだ。
「寝ている時はかわいいのに」とは、心の中だけに留めておく。
 ようやく闇に慣れた瞳で枕に埋もれた小さな後頭部を見つめて笑う。
 そして、そっと寝台を降りて扉へと歩く―――排泄感を覚えたのだ。生きている以上生理現象には逆らえない。
 出来るだけ早く帰る事を頭に留めて部屋を出た。
 そこに、今夜の当直の騎士が立っている。
「お疲れ様です」と下げた頭をあげると、そこに居たのは垂れ目の男。
 紅玉色の瞳に小麦色の髪。団内で末端のメリィにまで、その浮名が知れ渡っている程の人物。見目良い男ぶりもさることながら、剣の腕もまた一級品というカミーユ=ソレムその人だった。
「お疲れさん。ワガママ姫様のおもり大変だね、メリィちゃん」
 思わせぶりな眼線で見下ろしてくる男に苦笑する。その言葉の内容よりも、これはもてる訳だ、と。
 意識してか知らずか、確かに彼の笑顔は女心をくすぐるのかも知れない。
「大変だとは思いません。それよりも、むしろシャニス様の方が大変ではないかと・・・。失礼、急ぎますので少しの間お願い致します」
 騎士の顔を取り戻して、口早に告げて踵を返す。
 寝台をでた事による温度差で、さほどでもなかった欲求が増していた。すぐにそこを後にする。
 カミーユは足早に去って行くメリィを見送りながら、意味ありげな表情をして笑った。
 彼女が廊下の角を曲がって消えたのを確認して、口を開く。
「あれはなかなか手ごわそうだ。ま、それくらいのが面白いか」
 呟いて、ぺろり、と彼は唇を舐めた。


 用を足してすぐに部屋へと取って返す。
 出がけに軽口を叩いていたカミーユは、今度は何も言わなかった。その彼に頭を下げるだけに留めて、扉を引いた。
 中に入ってすぐ、扉は自身の重みで閉まる。体を滑り込ませる程度に開いたおかげで、シャニスの眠りを割る程の音は鳴らなかった。それにも拘わらず、かすかな気配を感じて眉根を寄せる。
 見とおした眼線の先に、奇妙なものを見つけて身を固くした。
 一杯に開かれた窓。吹き込む柔らかな風に、窓際に寄せられたカーテンが揺れる。
「シャニス様!」
 驚愕して咄嗟に口をついて出た言葉は、薄闇の中で悲鳴のように響く。
 血流は増加し、高く脈打つ心音が自身の耳に届く。姿を、と瞳は空を彷徨った。
 その時―――
「何事です、取り乱して。わたくしはここに居てよ、メリィ」
 いつもと変わらない口調で言ったシャニス当人は、寝台の中に居た。
 うつぶせになっているのか寝具からでた彼女の後頭部を見つけて、ほっと胸をなで下ろす。
「窓が開いていたので、賊かと思いました。申し訳ありません」
 返答に、小さな頭は振り返らない。その代りにと届いたのは、クスリと微かにこぼれた笑み。
「あなたが謝る事ではなくてよ。わたくしも目が覚めてしまったものだから、月を眺めていたの。今夜は珍しく、一つ月の満月だから」
 漆黒を白く切り取る月は二つ。大きいものと、そのすぐそばに浮かぶ小さいものと。
 一つ月の満月とは、大きい月単体であがって真円になる日の事を指している。それは、半年に一度の光景だった。
 寝台まで辿り着いたメリィは、中には入らずに腰をかける。その揺れに気がついたのか、ようやくシャニスは半身を起した。
 こちらを向いた少女の頬が、月の光で青白く映る。
「あなたは月光神を祀つる部族の末裔でしょう? 祈ったりはしないの?」
「末裔といっても、親にその記憶がなかったようなので・・・。おかげで私は信心深くはないんです」
「そう、良かった」
「良かった?」
 怪訝に思って、少女の瞳を覗き込む。その瞳の不思議な色合いが、月の光のようだと思考の遠い部分に浮かんだ。
「この世に神なんて居ないもの。祈ったって、何も変わりはしないもの」
 シャニスの心の内側にあるものが何なのか、メリィにはかけらほども解らない。
 年齢には不釣り合いな台詞をまた紡いだ彼女は、その内容に意味などないというような顔をして、「さ、もう寝ましょう」と寝具に潜り込んだ。
 その姿に小さなため息を吐き出して、寝台を降りた。
 閉めようと手を伸ばした先に浮かんだ月は、清冽な程の光を放って輝いていた。
 また、心の中で呟く。

―――シャニス様は、何か話されていましたか?

 もちろん月は、何も答えてくれない。
 閉じた窓の蝶つがいがあげた悲鳴が、メリィの心を小さく抉った。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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