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category亡国の唄声編 第1章

第1章 4・手紙

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 ギシリ、と寝台が控えめに鳴る。すぐ傍らにあった人の気配が消えたのを感じて眼を開ける。その視界を、薄闇が染める。
 程なくして、遠慮したような扉の開閉音が聴こえた。
 それをきっかけに、少女は半身を起した。
 出て行ったのは最近側仕えになったばかりの女で、名をメリィという。だが、側仕えとは名ばかりで、その実は自分の護衛だ。そして、体の良い身代りだ、と少女は思う。
 戦争終結以来の複雑な世情は王族として生きていれば嫌でも解る。たとえ戦争そのものを経験していなくても。
 だから、人となりの分らない者と寝台を共有しなければならない事を、嫌だとは言えなかった。それでも、職務だと割り切った感のある女性兵士と眠るのは我慢がならない。
 確かに自分は、誰かの命を盾にする事でしか身を守るすべを持たない人間だ。けれど、だからといってその事に何も感じないわけではない。
 祖父のした事を思えば、人々の恨み対象であるのは否めない事実だと自らに言い聞かせるようにしているが、世間知らずの我がまま姫のお守だと言わんばかりの彼らの態度が己の矜持を傷つけるのだ。
 だが、あのメリィという兵士は少し違うような気がする。まず、職業兵士臭さを感じさせない見た目が良い。
 そして何よりも、気遣いの濃やかさに心がこもっているような気がする。先入観が自分にそう感じさせるのかも知れないが、少なくとも子供扱いしない彼女は他の者よりずっと良い。
 未だぐっすりと眠る事はできないが、きっとすぐにそれもなくなるだろう―――そんな予感がしている。
 思考を止めると、意識せずに吐き出した己の呼気がしんと静まった部屋の中に大きく響いてはっと我に返る。
 そして、何となく後ろを向いた。首をひねった眼線の先にかかるカーテン越しに、ほんのりと月明かりが漏れている。
 久しぶりに月を眺めるのも悪くない気がして寝台を降りる。
 閉じられたカーテンを両手で一杯に別つと、窓越しに浮かぶそれに息を呑んだ。
 一瞬にして瞳が冴える程の光を放って、真円の月が大小二つ輝いている。
「今夜は二つ月の満月だったのね・・・」
 呟きながら開いた窓から、冷たい夜の空気が流れ込んでくる。昼夜の寒暖差が激しいこの地では、夜気に混じる吐息がほの白く色付いている。
 頬が冷えてくるのも構わずにひとしきりそれを見上げていると、そこに、すうっと一筋の線が曳かれる。
 一瞬にしか過ぎなかったその現象の正体は、小さな一羽の鳥だった。羽音もさせず滞空したその鳥と目が合う。
 いぶかしんだのも束の間、すぐにそれは彼方へと飛び去って行く。
「珍しい鳥ですこと」
 真っ白な鳥を見たのは初めてだった。それと同時に、何か感じた事のない力のようなものを放っていた気もする。もちろん、気のせいだろうが。
「疲れているのかもしれないわね」
 そう独り言ち、粟立った両腕をさすりながら寝台へと戻る。さすがに身体も冷えてきた。
 ここ数か月、常に眠りは浅い。それはただひとえに、睡眠時に神経が落ち着かないからだ。
 激しく身体を動かすわけではないから、生活そのものに支障はないが、それでも僅かずつ疲労が蓄積してしまっているように思う。
 それなのに、今夜もまた目が冴えている。我ながら困ったものだ。
 手持無沙汰に寝具の中から首だけを出して月を眺めながら、独特の雰囲気を纏う女の帰りを待った。そう言えばあのメリィも、白鳥などと呼ばれているのだったな、と頭の片隅で思いながら。



 サルーバセタから数年ぶりに帰国した男は、ここ数か月の慌ただしさを引きずったまま仕事に追われていた。処理しても処理しても片付かない書類の山に辟易して溜息をつく。
 茶でも飲んで一息つこうと、椅子に背を押しつけて気持ち良く伸びをしている最中だった。
 仰向けに天を仰いだその視界に、奇妙な歪みを見つけて一瞬呆けて口を開ける。時を置かず現れた白い鳥を認めて、思わず「あ、クロス」と漏らす。
 体制を元に戻して机に視線をやると、そこに舞い降りた鳥は行儀よく翼をたたんだ。
 その姿に苦笑して、彼は再び口を開いた。
「いらっしゃい」
『メリィの手紙を届けにきた』
 白い鳥は確かにそう言って、小さな嘴を大きく開いた。そこから、物理的容積を明らかに越えた手紙が吐き出される。
 男は鳥が喋った事も、奇妙に吐き出された手紙にも驚かず、若葉色の瞳を和ませてそれを受取った。
 本来なら、それらの光景は大多数の者にとって驚くべき事柄だ。
「ありがとう。返事を書くから少し待っていて」
 慣れた様子でそう返し、微動だにしない鳥を気にも留めずに彼は手紙の封を切った。男にとって、それもまたいつもの事だったからだ。
 中から取り出して開いた紙面に綴られているのは、遠く離れた場所に住む愛娘の字だ。
 あまり上手とは言えないが、心をこめて書いたのだろう丁寧な字が並んでいる。

 拝啓 
 父様、お元気ですか? 私は元気にしています。
 相変わらず、仕事と訓練に励む毎日です。
 実力のない私には、まだまだ出来ない事の方が多いけれど、勉強させてもらいながら頑張っています。
 あ、そうそう、この間ミラゼル隊長から剣筋が良くなってきていると褒めてもらいました。そしてこの間、ついに兵士等級が一つ上がりました。とてもうれしかったです。
 やっとお給料に見合うだけの働きが出来るようになってきたのかな、と思って、そのありがたさを実感しています。
 そちらに居た頃は、フロウ先生のくれるお給料を少ないなんて思っていましたが、今思えばなんてバカだったのだろうと、反省することしきりです。
 だって、自分の力だけで生活するのがこんなにも大変だなんて思ってもいなかったんですもの。
 生活に少し余裕ができたので、ささやかですが贈り物を同封します。
 でも、父さま、どうか怒らないでね。本当に、ささやかな品ですから。
 そちらはもうすぐ冬でしょうか。寒くなるので身体に気を付けて、お仕事がんばってください。それでは、また手紙を書きます。
 敬具
 メリィより

 
 ここ一年は顔を見ていない娘の顔を思い浮かべ、最後まで目を通した手紙をまた読み返す。自然と笑みがこぼれるのも、くれた手紙を何度も読み返してしまうのも、愛おしさゆえだ。己の血をわけたものが存在する、という事がこんなにも幸福に充ち溢れているものだというのを、彼はほんの数年前に知った。
 ゆるゆると緩んでしまう口元をそのままに、男は机に置いた封筒をもう一度手にした。
 開いて中を見ると、そこに一枚のカードが入っている。
 出てきたのは、サルーバセタ地方の呪石商で買える護符だった。
 赤、碧、黄、蒼、それぞれの色の呪石を薄く削ぎ、薄い銀の板に四葉の形に嵌めたものだ。紅玉は活力を、緑柱石は健康を、太陽石は災いを祓い、青金石は平穏をもたらすとされ、広く流通している。効果のほどは職人によってまちまちだが、それでも持っていれば些細な事ならば守ってくれることもあるという代物だ。
 呪石商の商い次第で屑同然のものを掴まされる事も多い護符だが、娘が贈ってくれたものは良い細工が施された呪気の濃いものだった。
 ささやかだと書いているが、娘の経済状況を考えればけして安い買い物ではなかったはずだ。
 贈り物には贈り手の心が現れる。己の身を按じてくれる娘の気持ちが、金銭の値打ちより何よりうれしい。達者でやっている、という便りだけで充分に満足だというのに。
 彼は、顔が業務仕様に戻るには数日はかかるな、と思った。

―――だが、それも仕方がないか。

 机の上のクロスに「すぐ返事を書くよ」と言って、彼は腹元の引出しから便箋をひっぱりだした。



 天窓から洩れる光が、部屋の中に穏やかに満ちている。その部屋の中央にある円卓の席が四つ埋まっている。
 一人は老人。二人は男。そして残る一人は女である。
「さて、北の方が騒がしくなってきたことよな」とは老人の口から。
「貨幣には特に変化はないようですけれど・・・、表面化してないだけかしらね」と女性のような口調で言ったのは水晶の耳飾りをした男。
「まぁ、今にわかるわい。塩の値が崩れるだろうでな・・・この裏で筋書きを書いとる者もな」
 そう吐きだして、老人は蓄えた長い顎鬚を揉んだ。
「やはり、サルーバセタ・・・かしら?」
 女は眉間に皺を寄せてだれに対してでもない問いを口にする。
 それに返したのは、もう一人の若葉色の瞳の男。
「恐らくね。国の終焉期と建立期には利権をめぐって内外で暗躍が増えるからね。ブリムネス卿の話だと、極秘でバルダンガルから国主自らやってきたらしい」
 彼の言葉に、女性口調の男は驚いたように眼を見開いた。そして、ヒュッと短い口笛を吹く。
「珍しい、人間嫌いのゴブリン族の長自らとはねぇ。でも、あんな山奥からどうやって・・・お忍びって言ったって、相当目立つわよ?」
 口笛の後に続いた問いかけに、「近頃はの、空の民が商売相手での」と返る。
「ああ、風艇(かぜぶね)」と納得したように彼は頷いた。
「それよりもカシアスよ、良いのか? メリィをラムサダンに置いといて。お前さんの権限でよそへやっても誰も非難せぬぞ・・・今回は特にの」
 老人はそう言って、軟らかな緑の瞳を覗き込んだ。
「もう大人ですからね、身の振り方は自分で決めると思います。しばらく様子を見ていよいよという時には連絡するつもりではいますけどね。・・・親だと言っても、私がもたもたしていたせいで、すっかり娘は大人になってしまった。この間もらった手紙にも書いてあったけれど、あちらでしっかりやっているようです。そう言えば、君への反省も綴られていたよ、フロウ」
 複雑な表情でそう述べて、カシアスは笑った。
 まさか自分に振られるとは思っていなかった女は、深紅の瞳に驚きを浮かべる。
「えっ?」
「働いてお金を稼いで、自分一人で生活してゆくのがいかに大変な事なのかというのを実感したらしい。成長しているんだなぁと思うと、親としては少し複雑な気分さ」
 そう言って残念そうに溜息をついたカシアスに、老人は和やかな笑みを浮かべた。
 フロウは彼の最後の言葉に首を傾げ、傍らの男が呆れたように口を開く。
「どうしてよ、喜ばしい事じゃないの」
「僕のせいで苦労させてさ、やっと出会えたと思ったら、してやれる事があんまりにも無くってさ。僕は本当に自分が情けないよ、ウィック」
 皆と親しい間柄ゆえか、カシアスの口調は業務仕様から素の状態に戻ってしまっている。
「親がなくとも子は育つというからの。ま、困った時には助けになってやれるよう、構えとるほかはやること無いの。いずれにせよ、メリィが達者でやっとるのは何よりじゃ」
 諭すように言った翁の言葉に、カシアスはため息交じりに「はい」と返した。
「それでじゃな、カシアス。お前さんに冠位をという話があっての。どの名が欲しいかの?」
 唐突に切りだされたその問いに、カシアスは弱ったように額に手をあてた。
「その噂、本当だったんですか。いずれはとは思っていましたが、まさかこんなに早いとは思っていませんでした」
「わしが裏から手をまわしたでな。そろそろ動きだしそうな予感がするしの」
「そうですか・・・・。ですが、名を選べるのですか?」
「まぁ、お前さんに限っては異例じゃな。事が動き出したらこの中で貧乏籤を引く可能性が高いからの、お前さんは。わしからの気持ちじゃな、言うなれば」
「先生、それは職権乱用って言うのではなくて?」
 ウィックの指摘に皆互いを見合わせ、瞬時に笑いだした。
「全くじゃ。ま、それくらいは許されようよ、わしゃ“王様”だで」
 老人の際どい切り返しが、更なる笑いを呼んだ。部屋の中に幾重にも重なったそれが満ちる。
「で、どうするカシアスよ」
「・・・では、ヘリオットを」
「お前さんらしい選択じゃの。では、わしらも覚醒とまいろうか」
 王の言葉に、三者は黙って頷いた。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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