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category第3章

3・心と体

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「私、思うんだけどね」
 長い沈黙を破ってシェルビーが口を開く。
「その、双子の妹だっけ、メリィちゃんって。もう、死んでるんじゃないの?」
 意味がわからず、視線だけで問い掛ける。
「妹の体に、瞳が入ったと思ってるようだけど、逆なんじゃない?」
「俺の瞳と魂だけ残して、残りは妹からもらったって事ですか?」
「そう」
 今までこの体を妹に返してやろうと、心に決めて旅をしてきたが、そんな事を考えた事など一度もなかった。
 瞳以外は全て妹の物だったから。
「あんたさ、あたしとは違うから、考えるの難しいかも知れないけどさ。
 メリィとしてじゃなく、名前なんて言うの?・・・兄として生きてみたら?」
 体は女性で魂は男性。
 本当に自分が望んでいるならば、そんな人生も良かったかも知れない。
 しかし、やはりこの体は妹のものだという思いが強い。
 到底そのようには考えられそうもない。
「で、名前は?」
 考えこんでいるメリロに向かって、じれったそうに覗き込む。
「・・・クロサイト・・・です。妹はクロスと」
「じゃあ、これからはクロスって呼ぶわ」
 その一言に違和感を覚える。
 心に留まらない気がするのは何故だろう。
 誰かのためではなく、自分の人生を生きるべきだとシェルビーが言いたいのは良く分かっている。たとえ借り物の体だとしても。
 しかし、メリィではなくクロスでもない自分は、やはりメリロが一番似合っていると思った。
 メリィが半分。ロードも半人前。足したらメリロなのだから丁度いいではないか。
「オーラが思いっきり拒否してるわよ、全く」
 消化不良気味の表情を浮かべながら、シェルビーは
「メリロでいいんでしょ、メリロで!」
 と言った。
 一言も話していないのに、オーラだけで相手の心情が分かるとは、さすがにあの師匠の友人だけの事はある。
 なかなかに侮れない。
 さすがにメリロも苦笑を禁じえなかった。
「俺からも質問していいですか?」
 昨晩からずっと疑問だったことがある。
 もしかして師匠の友人のこの人なら、答えてくれるかもしれない。
「答えられることなら」
「リッキーのお父上はロードライトの友達らしいんです。それ自体が疑問で」
 シェルビーは冠位もあるロードだ。
 長々と説明しなくても意図は分かるだろうと思い、あえて説明は省いたが、どうやらそれは正しかったようだ。
「ああ、あの子ね飛べなくなったことがあったのよ」
「飛べない?」
「訳は言えないけどね・・・。
 あの子異例な速さで冠位を戴いたのよ。ハタチそこそこだったかしら」
 ロードの称号の認定を受ける事も本来はまれな事だ。
 だがホームへ帰れば珍しい事ではない。
 しかし、冠位を戴くとなれば話は違ってくる。
 世界に散っているロードからホームで待機状態のロードまで合わせると、一体何人ぐらいの認定者がいるのだろう。
 正確にはわからないが、何千人単位にはなるだろう。
 まして、冠位を戴いたロードとなると20名ほどだ。
 成した功績にあわせて冠位を戴くと言うが、その中の半数以上は棺桶に片足が入っている。
 長い年月をかけて地道に功績をあげれば、冠位を戴く可能性も在ろうが、20歳で冠位を戴くとなれば異例中の異例である。
「でもね、どんなに才能があっても成熟しきってなかったのね。
 壁にぶつかったのね。いきなり飛べなくなって・・・」
 いつも余裕綽々でむかつくぐらいの師匠だが、意外な一面を垣間見て、メリロは戸惑いを隠せない。
 何気なく描くそのペンタグラムは、何の苦労もなく持っている才能なのだと思っていた。
 ひょっとしたら、産まれた瞬間からロードだったのではと感じるくらいだ。
「法国って結局の所は組織だから。
 冠位を与えたロードが飛べないってだけで、はいそうですかとは行かないわけ。
 それで、ま、法国は半ば無理やり命を下したのね。アカチェの竜巻を静めよ」
「じゃあ、ロードライトは・・・」
「そう。飛べないままアカチェに行ったのよ。だからガイドが必要だったの」
 幾日かけて旅したのだろう。メリロには予想できなかった。
 メリロが旅した道程はロードライトとは違っている。
 ロードライトに砂漠地方の手前、カルカンツァ地方まで飛ばしてもらったからだ。
 それでもここまで一ヶ月近くを要した。
 最果ての地からここまでの距離を考えると、途方もない事の様に思えた。
 そんな苦労をして、あの地位を保っているのだと思うと、ほんの少しだけ尊敬できるような気がした。
 あくまで、ほんの少しだけだが。
 シェルビーがまた顔を覗き込んでいたずらっ子のように笑っている。
 またオーラを読んだらしい。
 これだから侮れない。
「組織ってのは矛盾ばっかりなのよ。
 あたしが何でモリオーンって冠位なのか教えてあげようか?」
 古代語で漆黒という意味の言葉だが。
「法国から、あたしは汚点だって。
 オカマはロードに相応しくないって。ロードに人権なんかないのよ」
 その声に怒りなど微塵も含まれてはいなかった。
 どちらかというと、ただあきらめているといった感がある。
 人の心とは不思議なものだ。
 体は男性なのに心は女性という人が世の中にはいる。またその逆も。
 皆等しくこの世に生を受けたのに、人と少し違う、ただそれだけで認めてもらえない。
 メリロには痛いほどその気持ちが理解できた。
 メリィがそうだったから。
 彼女のそばでずっとその姿を見てきたのだ。
 はじめは泣いて、その次は怒って、そして最後にはあきらめていた。
 儚げに笑うその顔が、いつも泣いているように思えてならなかった。
「瞳に映るものだけが、この世の全てではない・・・か」
 ロードライトの言った一言が、今になって心に突き刺さる。
 メリロには想像もつかないような苦労や努力をして、あの冠位を錆び付かせないで保っている。
 普段は意地悪で嫌味な女だが、見方を変えれば違う部分もあった。
 目の前のシェルビーにしても、自分の主義を貫いて自由に生きているように思えたが、それさえも大変な軋轢と引き換えなのだと知った。
 だてに冠位を戴いているわけではないようだ。
 もうそろそろ、本気で師匠として対峙しなくてはいけないのかも知れない。
 母親に似ているというだけで逃げているのではなく。
「あら、師匠らしいことも言うんじゃないの、あの子も」
 意外そうに、シェルビーが呟く。
 誰が言ったかなど話していないのに、本当に何でもお見通しらしい。
 メリロはなんだか滑稽で、大きな声で笑った。
 シェルビーもうれしそうに笑っている。
 ようやく気持ちが浮上できそうな気がした。
 妹の心が戻る手がかりが見つかったわけではないが、答えに一歩近づいたような気がしていた。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学