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category亡国の唄声編 第1章

第1章・5 白の雪影

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 シャニス専属の護衛の任に就いたとはいえ、騎士にも休息は必要である。
 メリィは十日振りに与えられた休暇を使って、街に出かけた。とはいえ、それも夕刻までの期限付きではあるが。夜はまた、シャニスの元に戻る事になっていた。
 メリィは街の隔壁の外側で宙を仰ぎながら、この地に移り住んだ年月を感じていた。ちょうどここへ来た時にはなかったもの―――それがこの隔壁だ。
 街としての体裁を整えるだけの隔壁を築く事さえ、当時は出来ずにいたのだ。やがて始まった工事が進むにつれ高くなって行くそれは、自分のこの三年分の成長と足並みを共にしていた。
 街らしくなった、としみじみと思う気持ちが、自然と自身に疑問となってかえってくる。

―――私も、少しは騎士らしくなったかな?

 心の中の問いかけに自答する事もなく、ふっと笑んだその時、白い鳥が肩口に舞い降りる。
 手紙をことづけたままにしていた自身の使い魔―――クロスである。
「おかえり」
『おかえり、ではない。何だ、あの娘は』
 感情の起伏が分らぬほどの単調さで返された言葉は、もちろんメリィの内側にだけ響いた。
 鳥が喋るなどという現象を、万が一にも他人に目撃されたら面倒だからだ。
 もちろん、鳥としてのその姿からも感情を読み取る事はできない。だがこれはいつもの事なので、彼女は気になどしていない。
 本体はこの自分であるのだから、呪気結晶を解いて帰巣すれば良いものを、と言いさした矢先、そのクロスから呆れたような反論があって苦笑する。
『異物があれば晶解して帰巣できないと何度言えばわかるのだ』
 その反論が、別段激しさを増していたわけではない。いつだって、彼の口調は一定なのだ。だが、長い付き合いで、人間らしい言いかたをすれば呆れているのだろうな、とそう感じるというだけのこと。
「あ、ごめん。返事があるんだね。詳しい事はまた後で」
 返し、ぐるりと周囲を見渡す。人の出入りが少ない東側の門から壁伝いに少し歩いて、そこからは死角になる位置にいるとは言え、用心するのに越したことはない。念入りに人が居ないのを確認してから、久しぶりに帰ってきた相棒を労うように撫でて、手を差し出した。
 その剣胝(けんだこ)だらけの掌に、透かし(ウォーターマーク)の入った封筒が吐き出された。それを眼前に持ってきて確認すると、見慣れた柄がうっすらと見える。
 この三年、ずっと同じ封筒と便箋を使って手紙をくれるのは父だ。簡略化した太陽の図柄は、彼の生家の紋であるのだという。
 裏返すと、緑の封蝋にも同じものが押されている。それに宛先と差出人が書かれていないのもまたいつもの事だ。
 メリィは幸せそうに笑んで、手紙の封を切った。


 手紙にはまず贈った護符の礼が書かれていた。とても喜んでくれたのだろうという事は、綴られたその文面から伝わってくる。
 父の生活に変化はないらしい。相変わらず仕事に追われている。自分を含め、皆元気でやっている、との事だ。
 のこりはメリィからの報告への返事と、無理をしすぎないようにと書かれて括られていた。
 白い外套の内側にしまいこんだ手紙の内容に心が温まった一方で、飛翔する空はどこまでも冷える。
 雲の合間を流れて行く竜体に変化したクロスの背の上で、メリィは推進によって起こる風に煽られるフードを、逃げて行かないように手で押さえながら背を震わせた。
 着こんだ外套とクロスの結界のお陰で寒さはかなり軽減されている筈だが、それでも高空域ではやはり寒い。おまけに覗く眼下に広がるのは、瞳に痛いほどの白絨毯だ。
 両者がこんな場所を飛んでいるのには訳がある。
 人目についてはならないからだ。
 本来ドラゴンとこの世は交わってはならないものだ。生息する次元も違えば、人の身で御せるほど生易しい存在でもない。
 メリィは生まれ持った因縁とも言える運命でこのクロスという肉体を持たない竜と名付けの契約を結んで使役しているが、それでもこの行為は人の世において禁忌に近い。それほどにドラゴンは忌むべき存在であり、この光景は在りえない事なのだ。
 身の内に竜を飼うメリィには、身体に蓄積許容量を超える呪気がたまりやすい。人はそれを循環させて自然に放出する機能が備わっているが、彼女は三年前にその機能を失っている。
 それでこうして定期的に自浄作用の一貫として、ためこんだ呪気を放出しにやってくるのだ。
 肉体を持たないクロスが、自身の能力で呪気を結晶化させて竜体をつくる事は、もちろん鳥の姿を保つことの何倍も呪気を消費する。
『あの娘・・・、少々気になる』
 帰巣して記憶を読んだクロスの言わんとする“娘”とは、もちろんあの王女の事だろう。
「シャニス様の事?」
『ああ・・・近くまで帰ってきていたのに、ずっとあの娘の呪気に阻まれていた。無理矢理メリィの傍へ行けば、きっと我が鳥でない事に気付かれていたような気がする』
「呪気に阻まれるって、そんな事、よくある事なの?」
 僅かな沈黙。流れてゆく風切り音が、鼓膜を震わせる。
 残響と、静謐で清浄な大気。
『多くはない。だが、そういった性質の人間は確かにいる。血が、濃いのだ』
「血が、濃い?」
『王族なんてものはその最たるものだ。血統を重んじて、狭い範囲で交配を繰り返すから、呪気の中に特殊な性質が封じられて行く。解りやすく言うなら、動物が他種族の気に敏感なのと同じで、血が濃ければ濃い程そういう傾向が強い』
「へぇ・・・」
『それと同時に、変異個体も多い。・・・チェレッタとレザンは、同一線上の表と裏だ。どちらが幸いなのかは、我には判らぬが』
 世代の差はあれど、同じ寒村で誕生した親しい両者を思い浮かべる。
 左腕のない赤毛の親友と、栄達の極みに登った白髪の師。
 幼い頃の自分なら、恐らくクロスの言葉は理解出来なかっただろう―――否、実際、存在としては限りなく魔に近いクロスには真実判らない事なのかもしれないが。
 自身の特異能力と才覚で王になったレザンにも、他者の視点ではけして見えない辛酸があるように、生まれながらに障害を持ったチェレッタにとって、他人から突き付けられる自身への憐れみが苦痛であるように、物事の表裏はその立場によって簡単に変わる。
 
―――王なのだから何不自由ない暮らしをしておいでなのでしょう。
―――その身体で生きてこられたのは、さぞお辛かったでしょう。
―――その化け物のような力で、私達を焼き殺すのでしょう。

 メリィの頭の中で、違う音の、けれど同じ意味を持った言葉が順々に響く。
 その痛痒さは、幾年経過しようとも変わる事はない。おそらく、自分が生きている限りはずっとそうなのだろう。
 身の内を洗うように凍てついた大気を思い切り吸い込んで、吐きだす。漏らした溜息は、もちろん風に混じって解けて行った。
 気を取り直すように前を向いたその時だった。
 前進していた相棒は速度を緩めて行く。そして、すぐに中空にとどまってしまった。
「どうかしたの?」
『このまま進めば、テオラの風艇(かぜぶね)とかち合う』
「ああ、困ったね。進路も被ってそう?」
『恐らくは・・・』
 地上よりは自分たちの存在を知られる危険性の少ない空の上だからといって、自由気ままに飛んでいられないのが辛い所だ。
 その理由の大きな要因の一つが空の民であるテオラ族の風艇である。
 彼等は人間だが空を飛ぶ―――より正確に表現するならば、巨大な艇を大空に浮かべる術を持っている。
 どうやらクロスはそれを察知する能力を持っているようで、今までにもこうして進路の変更をすることが度々あった。
「遠回りできそう?」
『今日は多く飛行したから、進路を変更すれば夕刻までに帰ることができない。一時地上に降りてあれが通り過ぎるのを待った方が良いだろう』
 現在の仕事の状況を考えると、次の休みはいつになるかわからない。長い間飛べなくても支障がないように、少し多めに呪気を消費しておきたくて遠出したのだ。
「じゃあ、降りようか」
『了解した』
 下降してゆくその最中にも、凍てつくような冷たい空気が肺の内側を撫でている。
 上空から見下ろしたその白さは、メリィの瞳を美しくも儚げに彩る。
 ゆっくりと足をついたその場所は、重苦しい雪に覆われた針葉樹の乱立する山の中だった。
 クロスの背から降りようと手付かずの新雪に足を下ろすと、加重が移動した瞬間に思いがけず身体が沈みこんで眼を丸くする。
 膝まで沈んでしまったので、身動きがとれない。
「クロスってこういうとき便利だよね。こうなるの解ってて止めなかったでしょ」
 上半身だけ捻って、呆れたように背後に視線を向けると、そこにはどう見ても体積比では人間よりも重そうな竜が沈むことなく鎮座している。
 そのクロスはというと、主の言葉に表情一つ変えない。
『身体を損なうような危険はないように思えたが』
「期待した私が馬鹿でした」
 はぁ、と大きな溜息を吐きだす。
 そうなのだ。このクロスに気遣いを望む方が野暮というものだ。確かに悪意はないし、時には人の内面を読んで自ら行動する事もあるが、人間らしい思考的判断については期待できない。
 この使い魔の判断基準は、契約主である己の身の安全確保に左右されるらしい。
 彼の言葉通り、確かに怪我をするような事態には陥っていない。
 メリィは苦笑いを浮かべて、口を開いた。
「助けてくれる?」
『御意』
 クロスは大きな顎を開くと、肩にずり落ちていたメリィの外套のフードを銜えた。そしてそのままグンと持ち上げる。
 ラムサダンで過ごす時のように薄着しているわけではないが、それでも雪から解放されると、足周りが寒かったのに気がつく。
 引っこ抜いたまま器用に背に持ってゆくクロスにされるがまま、再びその背に騎乗しなおしてようやく落ち着いた。
 しんと静まった森の中に、時折ドサ、ドォと梢から落ちて行く雪の落音だけが響く。
 空を見上げるが、木々の隙間から覗く世界は狭く細い。その限られた視野の中に、艇の姿はなかった。
「気付かれたりしないよね? この距離だと」
『そちらは問題ないだろう。だが、この近くに何か居る。人のような気もするが、そうでないような気もする。酷く曖昧な気を放った者が・・・動く様子も見せないが』
「敵意は?」
『ないようだ。だが、全く動かないのが気になる。こちらを見ているのか、そうでないのかが分らない』
「探してみようか。見られてたら、厄介だよね。当分この空域を避ける必要あるから確認しとかないと」
 もしも見られてしまっていたら、「何かの見間違いだった」と思ってもらえるように、当分この近辺をうろつかないようにしなくては。元来それくらい珍しいものだという事実を利用した浅はかな作戦だが。
 と言いつつも、用心していたせいかこの三年間一度もそういった事態に陥ったことはなかった。
『・・・どちらを選だとて危険故止めはしないが、慎重に行かなくては』
「わかった」
『万一の場合に備えて豺(やまいぬ)の姿に変体する』
 言うが早いか、クロスはメリィを乗せたまま、人が騎乗できるほどの大きさの白い犬に変化した。
 どこからどう見ても立派な犬だが、やはりいつもと同じように、瞳は紅い。
 おもむろに彼は歩きだす。
 その四肢が今度はサクサクと雪を圧縮する。進んだ後には、足跡がくっきり刻まれて行く。
「沈まないんじゃなかったっけ?」
『それではかえって不自然であろうが』
「そっか」
 照れ笑いを浮かべながら短く漏らして、メリィはこめかみをカリカリと掻いた。
 向こう見ずに何も考えていない訳ではないが、どうにも思考が至らない。知性においても危機回避能力についても、この相棒には遠く及ばない。
 それが、騎士としての自分の能力にも現れている事を自覚していた。
 情けなさに、知らず溜息をつく。
「まだまだダメね、私」
 自嘲気味に吐き出したその言葉に、返答はない。
 必要以上の会話がないのはいつもの事なので、それを別段気にするわけではない。だが、自分にはその方が良いとメリィは思っている。
 口先だけの慰めは、きっと甘ったれの自分にとっては成長を阻害する原因になるだろうから。
 それからしばらく互いに無言のまま進み続けると、山道と思しき整地が見えた。
 堆積した雪が洗いざらしの綿のように広がっているが、そこには明らかに人の手で木々を伐採した痕跡が認められる。
 緩い斜面を下りきって、細い道沿いを行く。
「近づいてる?」
 囁くように問いかける。それでも、クロスになら十分に通じる。
『かなり、近い。だが、それにしても奇妙だ。種が判別できぬ』
 どのような原理なのかわからないが、この身に寄生している人外の存在は、遠く離れた者の気はおろか、種族までをも正確に察知する。常ならばそうだ。
 それにもかかわらず、今回はそれが出来ないという。珍しい事だ。
 メリィがこの世に生を受けてからずっと彼女の内側に巣食っていたクロスだ。だから彼はメリィの事は他の誰よりもよく知っている。しかし、彼女が当のクロスに向き合うようになったのはここ数年だ。
 結果、主として使役しているのにもかかわらず、彼の事はほとんど知らない。
 感情の起伏といったものはまるで持ち合せていない相棒だが、恐らく当惑しているのだろう。
 これは思ったよりも厄介な事態になったのか、と若干の焦りを刷いた矢先、そこに想定外の光景を眼に拾って驚く。
 雪の斜面に背を預け、半ば冷たく白い寝具に埋もれるようにしているのは子供だ。そして、瞼を閉じたままぴくりとも動かない。その睫毛には、凍りついた滴が載っている。
 血色の抜けた青白い頬、紫になった唇―――どうみても良い状態ではない。
 助けなければ、とメリィは思った。それと同時に、体が勝手に動いている。
 クロスの背から飛び降りて、歩行困難な道を脚力だけで踏破しながら子供の傍に駆け寄る。外套と剣がまとわりついてもどかしい。
 盛大に雪を巻き上げながら、どうにか傍までたどり着く。生きているのか、と埋もれた首に手を当てる。絶望的な気分にさせる素肌の冷たさに愕然とするが、かろうじて指に伝わる拍動を感じ取って胸をなで下ろす。
「良かった、生きてる」
『良かった、ではない。どうするつもりだ、この子供』
 後から悠然とやってきたクロスの台詞はやや非難まじりだ。やめておけとはっきりと言わないところ、どうやら危険な存在ではないようだが。
「どうするって言ったって、この状況なら助けるしかないでしょ。このまま放っておいたら死んでしまう」
『アラエの癖に自覚もなく雪山に居たのがこの子供の運の尽き。助ける必要などないように見えるが』
 いつにもまして辛辣な言葉を紡ぐクロスだが、それ以前にメリィにはその意味が理解できない。
 話がかみ合わない苛立ちから、子供を助け出す手に思わず力がこもる。
「どういう事? 私に解るように説明して!」
 両脇に差し込んだ手を、重量を想定して思い切り引き上げると、ズボ、と軽い手ごたえで抜けて拍子ぬけする。子供は予想外に軽かったのだ。
 軽く雪を払ってやり、そのまま外套の内側に入れて抱きかかえる。
『奇妙な気の理由が解った。この子供、アラエと人間の混血だ』
 確か“アラエ”とはかつての知人、ダロンのような翼人種の事をいうのだったか。
『アラエ共は元来寒さに弱い。故に本来は温暖な土地で生活をする。何か故あっての事だろうが、いずれにせよメリィには面倒を見切れないだろう』
「でも、ここには置いて行けない」
『第一の点。テオラの進路を迂回して暖かい場所まで運んでいては、夕刻には帰れない。第二の点。団則を破って時間を稼いだとして、そのあとこの子供はどうする? 医者に見せずに放置するのなら、このまま死んだ方がこの子供も楽だ。いっときの同情でこの子供が一人で生きていける程、甘くはないのではないか。第三の点。運んでいる途中で意識を取り戻した場合、何と説明する』
 腕の中の子供の血色のない顔と、底知れないクロスの紅い瞳を交互に見つめて、メリィは眉間にしわを寄せた。そして、ギリ、と奥歯を噛みしめる。
 彼の意見はもっとな事で、だから反論などできるはずもない。
 自身では何の術も持たない己が嫌になる。けれど、それをここで悔いていても物事は解決しない。まして、ここでこの子供を死ぬと判っていて放置していく事はもっと嫌だった。
 どうすれば良い、と瞳を閉じて心に問いかける。
 日々の平穏か、人としての道徳か―――どちらを選択すれば良いのか。
 瞼の裏に、親しい人々の顔が浮かぶ。思えば、自分には助けてくれる人達がいた。だから、諦めなくて良かったと思える現在があるのだ。
 だとすれば―――
 覚悟をきめて瞼を開く。真っ直ぐに深紅の瞳を見つめて意志を告げる。
「この子を、助ける。これは私の意志よ、クロス」
 主命には逆らえないという事は、もうずっと前から解って(しって)いる。
『御意』
 その声は、やはり彼女の胸の中だけに響いた。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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