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category第4章

4・バックドラフト

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「何があったんだよ」
「おっかさんが出て行けって」
「どうして」
「新しい男が出来たみたいだ」
「そうか・・・まぁ、入れ」
 入り口で立ち話をしていたから、メリロからはニ人の表情は見ることが出来なかった。
 ダロンに誘われて中に入ってきたキャティの頬には、涙が伝っていた。
 キャティの顔にメリィの表情が重なる。
 泣いている少女は昔から苦手だ。
 胸をわしづかみにされたような気持ちになる。
 何故だか、似ているとメリロは思った。
 落ち着かないので、そのまま視線をそっと外す。
「あんた、同情してんのかい?!あんただよ、そこの独眼」
 その仕草が、キャティの気に触ったようだ。
 所詮人の想いなど口で言わなければ伝わらない。まして親しくない間柄なら尚更だ。
 みるみるうちに表情が変わって行くのを、メリロは驚くほど冷静に見ていた。
 それが、見る者を余計に怒らせることも知っていたのだが。
 メリロはその場に立ちあがって、キャティの瞳をじっと見つめた。
「俺には人に同情する余裕なんかないよ。あなたの思い過ごしだ」
「じゃぁ、なんで汚いもの見たみたいに・・・っ!」
「なんとなく、あなたが俺の妹に似てたからだ。
 俺が鮮明に思い出す妹は、あなたみたいに泣いてる。
 助けてやれなかった妹に似てたから、見ているのがつらかったんだ」
 瞳をそらすことなくそのように告げて、自嘲気味に微笑んだ。
 何を言ったら分からないといった表情で、キャティは言葉にならない何かを飲み込んだ。
 気持ちが伝わったような気がしたので、メリロはまた腰を下ろした。
 それをみたダロンが、彼女の肩にそっと手を置いた。
「キャティ」
 少女はただ頷いた。
「名前・・・何て言うの。あんた、ごめん」
「メリロと呼んでくれ。俺も、気を悪くさせてすまなかった」



 景色が赤く色付くのを待って、一行はダロン宅を出発した。
 ダロンが言うには、月食が始まるのは明日の夜らしい。
 だから夕方出発して一晩中進み、目的地に着いたら休憩して備えるのが良いと言う。
 ランタンを持って先頭を行くのは、もっぱらダロンの役だ。
 何度か足を運んでいるのか、ダロンの足取りには迷いがなかった。
 その次を、ライネルの背に乗ったリッキーと浮遊しているキャティが。
 最後尾に同じくライネルに騎乗したメリロが続いた。
「メリロ、聞いていいかい?」
 不意に、前を行くキャティが言う。
「ああ」
「妹さん、死んだのかい?」
「いや・・・目覚めないんだ。ずっと・・・」
「そう・・・」
 ほんのりと照らすランタンの明かりと薄闇の中に、ちらちらときらめく羽ばたきの軌跡がその筋を残しては消えて行く。
「なんで泣いてたの、メリロの妹さん」
 一瞬ためらうが、不思議と隠す気にはなれなかった。
 リッキーに色々と話していたからか、異種族の者相手だからなのか。否、両方かもしれない。
「妹は人の心の声が聞こえた。
 自分が少しでも触れた人が、自分をどんな風に思っているか、何を考えているか全部分かった。
 だから、町の人間は妹を気味悪がった。
 母親でさえ、メリィを虐げた。虐待を受けて育った。双子なのに、妹だけがつらい思いをして育ったんだ」
「じゃあ、メリロはその能力がなかったんだ」
「幸か不幸かね・・・」
 もしも自分にもその能力があったなら、メリィの運命も少しは変わっていたのかも知れないと思うときがある。
 彼女は自分が忌み嫌われているのを十二分にわかっていた。
 故に友達はおろか、学校にも通っていなかった。
 母親はお前のせいで自分までもが虐げられると妹を責めたし、妹を慈しんだりはしなかった。そればかりか、気に入らなければ物を投げつけたり無理難題を言ったりもした。
 メリロは出来うる限り妹を守るよう勤めたが、それがかえって母親の気分を逆なでしていたようだった。
 あの日も、仕事帰りに別の日銭雇いの仕事に出かけ、親方の計らいで早く帰らせてもらっていなければ、きっとメリィは焼け死んでいただろう。
 自分達に父親はいない。
 だからそんな母親でも庇護を受けて育つしかなかった。
 どこかの貴族の私生児だと母親は言っていたが、それすらも怪しいものだ。
 寂しいのか彼女は男をとっかえひっかえしていたし、だまされる事も多かった。
 元々体を売って生活していたから、あれは仕事の延長だったのかも知れないが。
 いずれにせよ出自はあやしいものだし、そんな自分達を慈しむつもりなどなく、お荷物だと思うのも当然の成り行きなのかも知れなかった。
 捨てずに育てたのは、メリィの瞳の色、髪の色が母譲りでそっくりな事、自分は父(あくまで母がそう言い切るだけだが)の瞳の色、髪の色が同じだったからだ。
 メリィを捨てたら自分の子だとわかってしまうし、自分を捨てたら幾ばくかでもせびることが出来るかも知れない資産を逃すからだ。
 打算だけで育てられたから、メリロは母親を愛することができない。
 けれど、母親という存在を求めていた気持ちを否定することは出来ない。
 愛してくれるなら、慈しんでくれるなら、と何度思ったか。
 どんなにひどい母親でも、子供にとっては母親なのだ。
 自分は母親を殺した。
 メリィを助ければ母親が死ぬことは分かっていた。
 それでも、メリィだけを助けた。
 嫌な母親を、メリィを虐げると分かっている者を殺したのだ。
 それは、己に課せられた罪と罰だ。
 炎の中で刻まれた、罪。そして、妹の器(うつわ)で生きよと与えられた罰。
 だから、メリィは目覚めない。

 笑ッテ・・・ニイサマ、笑ッテ・・・・




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学