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category第4章

5・夢と現の間に(ユメトウツツノハザマニ)

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 随分と森の奥地へと分け入ったが、ダロンの歩みは止まらなかった。
 もはや小さな明かり一つでは進めない程の闇が広がっている。
 当初ダロンが持つランタン一つで進んでいたが、先ほど二つを追加した。
 それでもこの自然の中に取り込まれてしまうのではないかという錯覚を起こさせる。
 しかし、明かりを三つにしたところで、周囲の闇が和らぐわけではなかった。
 メリロにはそれがよりいっそう深く濃くなったような気がする。
「ダロン、この森魔獣とか出たりしない?」
 ランタンを手にしたリッキーが、周囲を見渡して恐る恐る問い掛ける。
「あ~あ、出たりすんじゃねぇ?」
 暗闇にダロンの嬉々とした笑い声が響く。
「ダロン、あんたでたらめ言うんじゃないよ!」
 強い光にまぎれて、もうその軌跡を追うことは出来ないキャティが浮遊しながらダロンをたしなめる。
「全く、子供からかって何の得があるんだい」
 さすがのダロンもキャティには敵わないと見えて、耳の裏を空いている方の手でぼりぼりと掻いている。
「そういうキャティは何歳なの?」
 子供と言われたのが悔しかったのか、ぶっきらぼうに吐き出す。
「あたい?あたいは21だよ」
 なにかおかしいことでもあるのかと言いたげだ。
「えー、うそぉ。俺、少し上くらいだと思ってた」
 信じられないといった風に
「メリロより年上なんだ」
 と続く。
 メリロも内心驚いていた。
 背丈が小さいだけでなく、童顔なのだ。
 他の精霊種もそうなのかも知れない。
 キャティの口ぶりからなんとなく推察できた。
「そろそろだぞ」
 目的地が近づいたのか、ダロンがそのように言う。
 メリロは目を細めて先を追うと、狭まっているはずの道ほどが段々と歩むごとに開けて行く。
 獣道同然の細い道から一転して、明らかに人の手が加わったと思われる道になる。
 やがてそれは灰色の石畳へと姿を変えた。
 まもなく円形に切り取られた空間が姿を現した。
 さほど大きくない空間も勿論石畳に覆われ、そのぐるりを樹木が取り囲んでいる。
 うっそうと茂った森の中とは違い、そこだけ不自然に天を仰いでいる。
 見上げれば、丸い月が覗いていた。
 しかし、ただそれだけしかなかった。
「ここで火を焚いて休もう」
 ダロンはそういって、ランタンを持ったままどこかへ歩いて行く。
 何をするのかと視線で追うと、円形の周囲にそって、しゃがんでは立って移動することを度々繰り返す。
 ほぼぐるり一週を回って帰ってきたら、その腕には木の枝が沢山抱えられていた。
 適当な所にそれをおき、ランタンの種火から火を移す。
 手馴れたもので、あっという間に焚き火が出来た。
「リッキーとキャティはライネルのそばに」
 火の周囲に乗獣ニ頭を伏せさせ、その傍らにリッキーとキャティを座らせる。
「何であたいが?」
「仮眠を取るんだ、獣のそばの方が温かいから」
「あんたは?」
「朝まで寝ずの番をする。日が昇ったら交代してくれ」
 キャティは納得したように頷いて、ようやくライネルの傍らに腰掛けた。
 温厚で頭のいい獣だから、特に警戒した風もなく黙ってそれに従った。
 それはロードライトで実証済みではあったのだが。
「ダロン、あんたも寝ていいぞ」
「まあ、油断ならない俺がいるから朝まで起きておくのは懸命だな。
 だが、俺も同じ時間に起きて同じ時間眠ったほうが安心だろう?」
 メリロの心中を見透かしていたかのように、ダロンが鋭いところをついてくる。
 言葉に詰まって黙っていると、ダロンが口の端で少し笑った。
「好きになれとは言わねぇが、少しは信用しろよ。
 俺だって法国を敵にまわすほどバカじゃねぇ」
 薄く笑いながらそう述べるダロンに、肯定も否定も出来ずメリロは黙り込んだ。
 ダロンはそれ以上を追求せず、荷物の中から水袋と果実付けの小瓶を取り出した。
 どうやらまたあのかなり甘めのお茶を飲むようだ。
 メリロはぼんやりとそれを眺めていた。


 やがて朝がきて、先に眠った二人と交代でダロンとメリロは泥のように眠り込んだ。
 数時間後目を覚ました時には、ダロンはまだ規則正しい寝息を立てていた。
 なにやらごそごそ音がすると思ったら、どうやら早く起きた空腹のニ人が食事の支度に取り掛かっているようだった。
 といっても、携帯食の乾燥肉や乾燥パンを焚き火にかけた小鍋に水と一緒に放り込んで煮る、というシンプルなものなのだが。
「メリロ、起きたんだ」
 いち早くメリロの起床に気が付いたリッキーが、清清しいほどの声で言う。
 起き上がって体を伸ばすと、眠りにつく前の薄暗い景色とは一転して、柔らかな光と清浄な空気に満たされている事に気が付く。
 改めて見回しても、本当にそこには何もない。否、ない様に思える。
 食事の支度をニ人に任せ、メリロは石畳の上をぶらぶらと歩き回ってみた。
 円形の空間の中心部を目指して歩く。
 そしてメリロはそれを見つける。確かに鍵がそこにはあった。
 ペンタグラムが二つ、中心を同じにして描かれている。
 ずらして描かれたそれは、出るための扉と、入るための扉を開く鍵だ。
 みようによっては、花開いているようにも見える。10枚の花びらが。
 いつ頃描かれたのだろう、風雨にさらされてにじんでいる。
 それだけを確かめて、メリロは三人と二頭の元に戻った。
 

 一行は夜までおのおの好きなように過ごし、月食を待った。
 日が沈んで辺りに薄闇が差し始めた頃、ペンタグラムの中心へと移動する。
 一行がその中に入ってもはみ出ることはない程度の大きさだった。
 用心の為にランタン三つに火を灯し、各人がそれを持つ。
 リッキーとメリロはライネルに騎乗し、キャティはダロンのそばにうずくまった。
 そうしていかほどの時が流れたのか。
 完全に闇が大地を支配した頃、ただ静かにそれは始まった。
 まず、中ほどのペンタグラムが発光する。
 月の涙腺が消える頃、ついで外側のペンタグラムが。
 その色は、大地を焦がさんとするほどの紅。
 それに吸収されるように中ほどのペンタグラムが消える。
 その間いとまもなく。
 熱くはない。しかし、焼き尽くさんとするように燃える光に圧倒されながら、七月夜の扉は開かれた。
 光に飲まれるようにして、一行は扉の先に飛んだ。
 残された紅い光が消える頃、月が一滴の涙を抱いていた。
 

 熱くはない。だが、メリロは熱いと感じていた。
 ああ、これはあの時の感覚に似ている。
 そう、肉体は炎に包まれて朽ちて行く。
 紅い光を体内に取り込んで、内側から湧き上がる何かを抑えきれずに開放する。
 轟、と内側から炎が噴き出した。これは炎の精オルドラン。
 ちりちりとスパークする火の粉を感じながらゆっくりと瞳を見開くと、そこには炎のかたまりが浮かんでいた。
 フェニックスは炎の性質を持つのか。
 それに感化されて炎を呼んでしまった。
 いつも制御しきれない、気まぐれな者を呼んでしまったのだ。
 他の者はと辺りを見回すと、メリロ以外のものはその場に倒れている。
 ランタンの火は消えており、三つともそこに転がっていた。
 死んでいるのか、と一瞬思ったが、何者かの声が聞こえた。
『その者達は眠っているだけです』
 何者かが言うように、ライネルの腹が上下に動いているのを見取って、メリロはようやく安堵した。
「あなたは誰です。どこにいるのです」
『あなたの目の前に。このしがない炎がわたくしです』
 語りかけるというよりは、心に直接響いてくるその声に目を瞬きながら、メリロはフェニックスを見つめた。
『彷徨える哀れな者よ、心を解き放ちなさい』
 その言葉に、心が痛む。
 こみ上げてくるその訳を、メリロは理解することが出来なかった。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学