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category第5章

1・それぞれの場合

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『彷徨える哀れな者よ、心を解き放ちなさい』
『そなたのその力はどこからくるのか知っていますか』
 深紅の炎をまとった神獣の、問いかけの意味がわからない。
 それを気にした風もなく、更に心に届く声。
『深い怒り、嫉妬。だからそなたには火が宿ったのです』
 母に対する怒りが、己を突き動かしているというのか。
 ならば残りの嫉妬とは。誰に対する嫉妬なのか。
 昔、ロードライトは言った。お前はオルドランしか呼べないだろう、と。
 魔女の放ったその一言が、今になって神獣の言葉に重なる。
 みえていたというのだろうか。
『呪は心で支配するもの。そなたに足りないのは心を解き放つことのみ』
「俺は妹を助けたい。火を御すことが望みなのではありません」
『そなたは忘れているだけです。きっといつか思い出す』
 何を。
 何を忘れていると言うのか。
 その問いかけが届くことはない。
 オルドランが消えて行く。その気配だけしかわからない。
 いまだ姿を確認できない、その存在が消え行くのを感じながらメリロの意識は飛んだ。

 何ヲ、忘レテイル?



『心迷えるものよ、信ずる道を歩みなさい』
 キャティはその声にただおののいていた。
 異人種にまみれて育ち、どちらかと言うと気の強い性格だからこれまで怖いものなどなかった方だ。
 だからこの冒険話に一枚噛むと決めた時、そう危険などないとたかを括っていたのだ。
 扉までの道は幾度もダロンと通った。
 この地域は不思議な磁力に覆われていて、森の中でも猛獣に襲われる心配がなかった。
 異種族が争うことなく共存しているのがその証拠だと言えるだろう。
 この地以外ではそうありえることではない。
 だが、キャティは未知なるものへの恐怖心を抑えることが出来ない。
 心の中の声に答える事は出来なかった。
 抑えていても奥歯の歯の根がかみ合わない。
『そなたを傷つける気はない。何を思う、心を痛めて』
 ふ、と一瞬炎が和らいだように感じた。
 それと同時にその得体の知れない何かが笑んだような気がした。
「あたいは、何にも望んじゃいないんだ。
 おっかさんが心配すれば良いと思ってついて来ただけさ」
 ようやくそれだけをなんとか吐き出す。
『いつかは離れて生きる時がくる。その時期を見定めるのは己自身』
 もう離れて生きよと、そう言いたいのだろうか。
 しかし、己が支えてやらなくては、一体誰があの母を助けてやるというのか。
『踏み出す事をためらっていては、先に進むことは出来ない』
 確かに、代わり映えのない毎日が過ぎて行くのみ。
 日々に閉塞感を覚えていたのは事実だが、それだけで世界が広がるとは思えなかった。
 否、と言いかけた意識が離れて行く。
 
 何ヲ否定シタカッタンダロウ?



『過去を追い求める者よ、そなたの問いに答えましょう』
 ダロンは、永きに渡って追い求めたものを、複雑な思いで見つめていた。
「14年前、扉を通ってここにきた男を覚えているか」
『そなたの父の事なれば、記憶の中に鮮明に映る』
「望みがなんだったのか教えて欲しい」
 ただ、その情景だけが思い出される。
 なぜならば、思い出すまいとつとめてきたからだ。
 旅立つ日のその後ろ姿だけを思い出すことが出来る。
 父と呼んでいいのだろうか。
 きっと血のつながりはなかったはずだ。
 父と呼んでいたその男は、獣人だった。
『死んだそなたの母をよみがえらせて欲しいと』
 やはりそうか、とため息をつく。
「あなたはなんと答えた」
『朽ちた肉体を蘇らせる事は、その者を不死にする事だ、と』
「その続きがあるはずだ」
 そう静かに述べて、深紅の炎を見つめる。
『では、自分の息子を助けて欲しいと。
 定められた寿命を延ばすことは出来ないとわたくしが述べると、では己の寿命を息子にと』
 その言葉を聞いて、ダロンの瞳から涙が溢れた。
「バカな男(ひと)だ!」
 呟くと同時に記憶は彼方へと戻される。
 在りし日の父を思い出す。
 母は体の弱い女だったという。
 詳しいことは何一つ分からない。
 ただ、自分を産み落とした数年後になくなったということだけしか。
 もの心ついた時には、全く容姿の違う者どうしが親子だった。
 それでも、雄雄しい姿の父が大好きだった。
 ダロンは母親に似て体の弱い子供だった。
 病床で、思い出すことが出来ない母を呼んでいたような気がする。
 優しい男だった。
 だから、己は生きていられるのだ。
 あのままでは、永く生きられなかった己がここにいることが全ての証明だった。
『血のつながりがなくとも、親子であることに変わりはない』
 それを最後に、意識は薄らいで行く。

 何故俺ヲ助ケタンダロウ?



『自然の摂理に抗う者よ、その情愛の心がまことなれば』
 リッキーはその深紅の炎を、持ち前の好奇心でしげしげと眺めている。
 少年の心には畏怖や恐れといったものは全くない。
 ただ、あるのは真っ直ぐな想いと好奇心。
「かぁちゃんが病気なんだ。だから、羽を下さい。病気が治るんだよね?」
『母の病を治すのに、他の命が消えても良いとそなたがいうのであれば』
 その声に、少年の顔から表情が消える。
 ここでもまた、つかみかけた希望が消えて行くのを感じながら、リッキーは奥歯をかみしめた。
「そんなのじゃ、ダメだよ。きっと母ちゃん喜んでくれないよ」
『では、そなたに一つ知恵を授けましょう』
 リッキーはその一言一句を聞き逃すまいと、瞳を閉じてそれを待つ。
『砂は人体に必要ないが、水は人が生きるのに必要だという事』
「お水飲めば治るの?母ちゃんの病気」
『わたくしが手助けできるのはここまで。最後の仕事がそなた達で良かった』
「最後の仕事って・・・」
 言いかけて、リッキーは息をのむ。
 深紅の炎が徐々に色を変えて行く。
 紅から朱へそして蒼へ。
『命あるものは確実に死へ向かって歩く。それはわたくしとて例外ではない』
 命が燃え尽きようとしている。
 文字通り、燃え尽きようとしているのだ。
「何で皆死んじゃうの」
『わたくしの創造主はこう言われた。炎より産まれ炎へと還るようにと。
 わたくしは容(かたち)なきもの。再生と消滅を繰り返す』
 蒼から白へ。
「いかないで」
 その白き光に手を伸ばす。
 止められないと分かっていても、それでも手を伸ばさずにはいられない。
 母を助けて欲しいからとか、そんな気持ちでは消してない。
 どんなものとて別れはつらい。
 まして今生の別れとなれば、身を裂くような痛みを伴う。
 リッキーは、この目の前の神獣に、母の姿を重ねていた。
 母の面影が消え行くと同時に、少年の意識は白い光の中に融けてゆく。
 薄れ行くその脳裏に、かすかに聞こえた声。
『終わりと始まりは繋がっている』

 何デミンナ死ンジャウノ?



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学