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category第5章

3・交通手段

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 大気が橙に染まる前に、一行はデルトゥースに帰り着くことができた。
 街の外門の前で乗獣を降りたとき、メリロはかすかな眩暈を覚える。
 だがそれは一瞬のことだったので、すぐに記憶の彼方へと消えてゆく。
 じゃあここで、とダロンとキャティは街の喧騒の中へと足を踏み出した。
 しかし、何かを思い出したかのようにダロンが振り向く。
「あんたが何を背負ってるのかは知らねぇけど、男のふりしなくてもいい日が来ると良いな」
「ダロ・・・ッ」
 問いかけようとしたが、その先が続かない。
 なんと続ければ良いのか分からない。
 ダロンは後ろ手を振って遠ざかって行く。
 メリロは上下する彼の翼を眺めながら、ため息をついた。
「どうして分かったんだろう」
 それはメリロとリッキーの中で、疑問として残ることになった。

 宿を取るにはまだ早い時間だったので、空腹を満たすためにまた『ごった煮』へと足を伸ばす。
 ひょっとしたらダロンに会えるのではとニ人は期待していたが、あいにく真っ直ぐ帰宅したのか姿はなかった。
「どうして分かったのか聞きたかったのにね」
 その言葉に、メリロはただ頷く
 また出入り口近くの卓を陣取って注文を待つ。
 この間のように植物種の女がやってきた。
「ご注文は」
「ごった煮以外のお勧めのものはある?」
「良い白身の魚が入ってる」
「ではそれを使ったものと花茶を」
 相変わらずにこりともせず、黙って立ち去って行く。
 その後姿の、きたばかりの日に咲かせていた白い小花が、全体的に少なくなっているように感じる。
 通常の植物と同じように、見頃を終えると散るのかも知れない。
 生きとし生ける全てのものは代謝を繰り返しながら死出の旅路を歩むのか。
 ならば己はどうなのだ、死んでいる自分の旅路は。
 メリロはそう思ったが、取り留めのないことだと思考をとめた。
 ふと、傍らに座るリッキーを見ると、落ち着かないように視線をめぐらせながら何かを考えこんでいる。
 メリロは少年のはやる気持ちを充分に理解していた。
 だが、最短で帰る方法を見つけなくては何も始まらないのだ。
 飛ぶことも出来ないし、この地が大地のどこに位置しているのかさえわからない。
 あせっても仕方が無い。
 そう分かっていても、当人にすれば気持ちを抑えることは出来ないだろう。
 だから、メリロは何も言わなかった。もとより、言う気もなかった。
 そこでニ人が会話を交わすことなく、どれぐらいの時間がたっただろうか。
 その、薄いような濃密なような空気を割って、料理が運ばれてくる。
 近くに来るだけで、かぐわしいなんともいえぬ匂いが広がる。
 運ばれてきた白身の魚は、表面を焼きあげた後かまに入れて蒸し焼きにされていた。
 ナイフを入れるとほろほろと身がほぐれてゆく。
 その刹那、こめかみの辺りが音にするならパチンとはじけたような感覚に襲われる。
 はっと瞳を見開く。
 瞳の奥に通り抜けていったもの。
 視覚に映りこんだのではけしてない。網膜のずっと奥に映ったもの。
 それは、悠々と水を分け泡沫を残しながら走る。
 目前の切り身になった魚の在りし時の姿だ。否、それは違うものかもしれない。
 しかし、メリロはそうとしか考えられなかった。
 直感的にそう思った。
 その一瞬だけ見えたものを振り払い、柔らかな塊を口に運ぶ。
 ただ、旨いとしか言いようがなかった。
 絶妙な味付けで、店の力量がうかがいしれた。
 メリロは再びこの街に来ることができるなら、必ずここに食事しに来るだろうと思った。
 もちろん、それは叶うことはないと分かっているが。
 リッキーも料理が気に入ったのか、黙々と平らげて行く。
 しかし、食事自体を楽しむ余裕はないようだった。
 相変わらず、口を開く気配は全く無い。
 ゆっくり味わうことも無く一気にひとそろえを掻きこんで食事を終えた。
 一緒に運ばれた花茶を最後まで飲まず、メリロは何も言わずに立ち上がった。
 少年も黙ってそれと同じにする。
 カウンターに向かって歩いて行くと、店主のカルーサは相変わらずその中で客の勘定に応対したり店員に指示を出したりしている。
「マスター、勘定を」
「おお、この間の兄ちゃんか。1バルクと300だ」
 それに頷いて、懐から銀貨4枚を差し出す。
 カルーサはそれを確かめて、毎度と呟いた。
「ここ何日かダロンの姿が見えなかったが、お前さん一緒だったのかい?」
「ええ、まぁ」
「そうか、ならキャティも一緒だったのか?」
「そうです。どうしてそれを?」
「いや、母親が探しに来ていたからな」
 その言葉に、メリロは複雑な思いを抱いた。と同時にひどく安堵した。
 妹のメリィと同じ匂いを感じていたのだ。
 それは雨が降るとシクシクと痛み出す怪我の後遺症のように、じわじわと胸の内に広がっていく匂いだ。
 満たされぬ思慕と、ばっさりと傷口を広げた心の闇。
 だが、彼女は違う。
 違っていて良かったと思う。しかしその反面、闇は広がるばかりだ。
 真っ暗に。
「どうせあいつと一緒だから、心配するなとは言ってやったんだがな」
「そうですか。彼、今日は姿が見えませんが、情報屋は他にいますか?」
「あいにく、そんな物好きはあいつくらいなもんさ。俺でよけりゃ売ってやるぜ、情報」
 カスみたいな情報しかねぇけどな、と笑う。
「他にロードが来てないですか?この街に」
「いや、あんただけだ」
「地門が開いていたりはしないですよね」
 地門とは、七月夜の扉と似たようなもので、対になるペンタグラムが別の地にあるものだ。巡導師が呪をこめると刻まれた呪が作動して、対のところまで飛ばしてくれる。
 ただし、そういったものはよほどの者しか刻めないし、そこかしこの街にあるわけでもない。
 しかし、存在自体は巡導師以外の者にも知られている。
 この街に来るときにシェルビーが聖水で描いていたものも、地門の一種だ。
 聖水は一回きりで呪の発動とともに発光して消えてしまうが、中には連続して使用したい者がまれに呼応石の粉で描くものがある。
 耐久度は状況によってまちまちだが、呪をこめて発光さえすれば何度でも使える。
 その状態のものを開いていると言い、使えないものを閉じているという。
 ロードが行き来した地では割と見かけやすいので、残されたそれが地門だという事を知っている者は多い。
「それなら、店の裏だ。この間シェルビーが開いたのがまだ残ってら」



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学