予測していなかったところから、思いがけずシェルビーの名前がでて、ニ人はしばし面食らった。
こうなることを予測してここへと導いたのではないかという錯覚を抱く。
必然だったのか偶然だったのかはわからないが、とにかくありがたい。
自ら飛ぶことは出来ないが、行き先の決まった門からなら飛ぶことが出来るかもしれない。
初めてのことなので、確証はどこにもなかったが。
カルーサはそんなニ人の様子を特に気にするわけでもなく、裏手へと案内してくれた。
「マスター、情報料は・・・」
「ありゃ冗談だ。こんなもんで金なんか取ったら、商売人の名がすたる」
「ありがとうございます」
「いや、気にするな。それより、シェルビーに会うことがあったら伝えてくれよ。
ラウが旨い季節になったってな」
ラウとは先ほどニ人が食べていた魚のことだ。
確かに旨かったが、今が旬だったのか。
一言も話してはいないのに、おかまロードと知り合いだと判断されてしまっている。
ニ人の表情から読み取った辺りは、客商売の長さゆえか、年の功か。
「分かりました、会えたら」
その言葉に頷いて、カルーサはまた店へと戻って行く。
立ち去る店主に軽く頭を下げて、足元の地門を見据える。
「ここから帰れるの?」
「どうかな。呪が上手く発動するか自信はないよ」
中へ、と少年と乗獣二頭をペンタグラムの中心へと行かせる。
自力で飛ぶのは初めてだ。勿論成功する可能性は限りなく低いが。
しかし、おそらくこの方法でなくては間に合わないだろう。
「奇跡を起こせ・・・」
飛ぶ方法なんて知らない。教えてもらった事もない。
しかし、その時がくれば分かるとロードライトは言った。
その時が、今。
ペンタグラムの内側の際に立って、己の中の火を開放する。
己が使えるたった一つの呪はそれしかないから。
力をありったけ解放する。
淡い炎の飛沫がパチンパチンとしゃぼんのように弾ける。
蒼い光がその身を包む。
銀髪は踊り、その軌跡が蒼く揺らぐ。
だが、相変わらずオルドランの姿は確認できないし、地門も発光しない。
それは自分の力不足ゆえなのか、地門が閉じているからなのか判別できない。
一向に開く気配を見せない地門の上で、それでもやめることが出来ずに力を解放しつづける。
気力は消耗し、惰性だけで流れつづける。
あと少し、あと少しと思いながら無意識に瞳を閉じた。
その網膜に、また奇妙な光景が写りこむ。
産まれたばかりの赤子が徐々に大人へと、そしてそのまま老い、朽ち果てて行く。
朽ちた肉は大地への糧となり、そこから草木が、そこに鳥が。
翼を広げ、飛び立つ。ゆっくりと、飛翔して。
羽ばたく。
そう、この鳥の様に真っ直ぐに飛び立つのだ。
その背の翼を広げて。
「飛べ!」
萎えかけた力がよみがえる。否、同じ感覚ではない。
もっと、深いところから湧き上がるように。
メリロの立っている足元から、光が伸びてペンタグラムが徐々に発光して行く。
呼応石の発する蒼。
それが一瞬強く発光してメリロは大地を蹴った。
その先の未知なる場所へと。
再びその両足が大地をとらえた感覚で、メリロは瞳を見開いた。
そこは明らかに『ごった煮』の店裏ではなかった。
自分は確かに飛んだのだ。その事実が胸を熱くする。
リッキーもきちんと飛べたのかを確かめるために、振り向いた。
その瞳の先に広がっていたのは、紛れも無い故郷だった。
懐かしい、その町並み。
決別と共に旅立った場所。こんなにも早く帰ってくることになろうとは。
「メリロ・・・本当にロードだったんだ」
「ああ、俺も今実感したよ」
少しだけ、飛ぶという事の本質が分かったような気がした。
あの、網膜を通り過ぎていった真理。
それは、大地の気をとらえ、そこに溶けていくようなそんな感覚。
まさに、大気と一体になるという事。
「問題は、ここからどうやってアシュケナまで帰るかだな」
「ここどこなんだろう」
「セルジアンゼル法国。俺の故郷へようこそ、リッキー」
メリロの言葉に、瞳を大きくして辺りを見回す。
信じられないといった表情をしている。
「こんな・・・」
「もっと栄えていると思っていただろ?」
「うん」
広がる街並みには、見るからに活気が無かった。
街の作りも質素で、景色自体が疲弊しているように映る。
それは、この国が疲弊しているという事だ。
地門から出て、二人は手綱を引きながら街路を歩く。
「皆この国を豊かな国だと思っているが、実際は貧しい」
「でも、シェリーちゃんもお師匠さんもお金持ちなんだよね」
「あのニ人は特別」
「特別?」
「国からもらう報奨金よりも、自分で稼いでる分の方が多いからな」
いくら冠位のあるロードとは言え、国からの報奨金などたかが知れている。
裕福に暮らすにはそれなりにおいしい仕事をしているからだ。
普通の冒険者が入れないような危険な迷宮や扉を開いていると、そのリスクと相応の財宝や秘宝を手に入れる事が多い。
法国は報奨金が少ない代わりに、そういったトレージャーハンティングを容認している。
もちろん、容認ハンティングレベルは高く設定されているのだが。
「ねえ、これからどこに行くの?」
「ロードライトの屋敷。それが駄目なら・・・」
「駄目なら?」
メリロはそこで大きく息を吐く。
ロードの仮認定以来だが、はっきり言ってあそこには行きたくない。
蛇の巣窟のようなあそこには。
「ロード登録所本部。あそこに行けば誰かつかまるだろ」
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