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category第5章

5・おいしいとこ取り

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 懐かしい町並みをゆっくりと眺めながら歩いている余裕など無い。
 なにせ相手はいつでもどこでも飛んでいってしまう。
 今この瞬間にも飛び立たんとしているかも知れない魔女の箒をつかむには、とにかく先回りするしかない。
 足早にメリロが知っている近道を選んで幾度か通り抜け、ようやくロードライトの屋敷にたどり着く。
 旅立ってから数ヶ月しかたっていないから、もちろんその光景に変わりはなかった。
 しかしリッキーは初めて見るそれを、呆然と眺めている。
「立派なお屋敷だね・・・」
「あの人クラスのロードはみんなこうさ。シェルビー様の屋敷も立派だよ」
 庭園へと続く門扉の前で、メリロは右手を差し出した。
 開いたてのひらに一瞬光が集まったかと思うと、程なくして門扉の錠がガチャンとなる。
 不審者が出入りできないよう、あらかじめ呪が施されている。
 開錠された門扉を開いてくぐりぬけ、邸宅の入り口に向かって歩き出す。
 その後ろのほうで、またガチャンと音がした。
 よく手入れが施された庭園を通り抜け、しばらく歩くと屋敷の入り口が見えてくる。
 大きな焼き菓子のような扉の前で、メリロは再び同じ動作を繰り返す。
 今度は小さくカチャンと錠が回る音がした。
 その扉を開くと、そこには身なりの良い老婦人が立っていた。
「お帰りなさいませ、メリィ様」
「ただいま戻りました、オルソワさん。といってもまたすぐに出ますが」
「さようでございますか」
「師匠はロードですか?」
「いえ、どちらともお伺いしておりません」
 屋敷に戻れば万が一にも出会えるかとも思ったが、どうやらそれは甘かった様である。
 もちろん、飛び回っていることの方が多いのは充分承知しているから、それくらいでめげたりはしないが。
「わかりました。万一師匠が戻るようでしたら、不肖の弟子が探していたと伝えてもらえますか?」
「承知いたしました」
 ロードライトに拾われてからずいぶん世話になったが、本当に物静かで領分をわきまえた人だ。
 一見して冷たい性格ととらえがちだが、彼女が優秀で親切なひとだと言うのは分かっている。
 たのんでおけば、悪いようにはしないだろう。
 けっきょく屋敷内に一歩も足を踏み入れることなく、メリロはそのまま踵を返す。
「お師匠さんいないんだ」
「うん。ここがだめなら本部に行くしかないな」
 そこでメリロは大きくため息をつく。
 意識する気はなくとも気は重い。
 ロード登録所本部と言う場所は、メリロにとってもっとも苦手な場所の一つだ。
 そもそも見習いでロード養成所に通わず、冠位つきのロードの弟子になっているというだけでも、妬みや反感を買いやすい。
 ましてや、ロードライトは知恵者で組織の中枢権力をかなりの割合で握っているらしいが、そのせいで反勢力の派閥争いは熾烈をきわめる。
 どうしても反勢力側の者からの風当たりは厳しい。
 もっとも、メリィが覚醒して順当にロードとして独り立ちすることになれば、後ろ盾がロードライトなのだから、当然組する派閥は彼女の傘下だ。
 見習であろうと何であろうと、ロードライト一派ととられても致し方のないことなのかもしれないが。
 考えても無駄な事ではあるが、そのあたりもメリロの杞憂の一つである。
 覚醒後、あの妹が組織の一翼を担って行けるのか。ありていに言えば、権力抗争の縮図の中で上手く立ち回って行けるのだろうか。
 思考の海に沈んでいるうちに、どうやら目的の場所に到着していたようだ。
 伊達にここで生まれ育ったわけではないらしい。
 重厚な石造りの大きい建物だ。
 無駄を一切省いた造りで、優雅さとは無縁だった。
 それがこの国の経済状況を示していると言わんばかりのありように、メリロは眉をしかめた。
 中枢の腐敗は魔女の弟子になって初めてわかった事だった。
「ここがその本部なんだ?」
「うん。だけど、リッキーは何か言われたり聞いたりしても、絶対に喋ってはダメだよ」
「どうして?」
「ここは毒蛇の巣窟だからさ」
 え、と一言、リッキーが驚いて見上げるのにむかって、メリロは呟く。
「入ればわかるさ」
 石段を幾度か上り、石造りのアーチに足を踏み入れる。
 さほど長くはないその先に、ぼんやりと白んだところがある。
 白濁としたところが、決して白いとは限らない。真っ黒に塗りこめられた場所も存在するのだ。ここのように。
 くぐりぬけたその先で、待っていたのはやはり真っ黒な歓迎だった。
「おや、誰かと思えばラトバルク。ここによくそんな臭い獣を連れてきたな」
 目前に見たことのある男が立っていた。
 顔は見知っている。だが名前は知らない。知っているかもしれないが、思い出せない。
 相手の名前はわからなくとも、相手は自分の名前を知っている。それが、ロードライトの弟子であると言う証拠だ。
 どうせ反勢力派の階級の低いロードだろう。だれかの腰巾着をしなれば生きていけないような実力のないやつだ。
 そういう輩に言われるこの程度の嫌味など慣れっこだ。
「私の聞き間違いでしょうか。フロウ様の愛玩獣です、かぐわしいの間違いでしょう」
 そう返されて、男はぐっと押し黙る。
 中枢権力者の名の前において、男はあまりに無力だった。
 男を捨て置いて、メリロは先を急ぐ。
 こんな所で油を売るだけの時間がおしい。
 リッキーはニ人のやり取りをはらはらと見守っていたが、メリロが男に見向きもせずに立ち去っていくのを見て、慌てて後についてゆく。
 無骨な石畳の先に石のアーチがあり、その形どおりに木の扉がはまっている。
 躊躇することなくメリロは扉を開いた。
 開いたその先に、古ぼけた赤いじゅうたんが広がっている。
 木でできた丸卓と布張りの椅子が何組か置かれ、さながら下流貴族邸のサロンのようだ。
 そこに腰掛けたもの、はたまた立ち話をしているもの、奥手の階段から古書を片手に降りてくる者と様々だが、こちらに関心を向けてくるものは少なかった。
 その少数派も、ちらりと嫌な視線を投げかけただけで、特に絡んでくるものもいない。
 サロンの奥手に通路が見え、その先はいくつかの部屋に仕切られている。
 メリロは慣れた様子でその方向へと歩を進める。
 通路の入り口からニ番目の扉の前で立ち止まる。
 その扉には、金の装飾でできた両翼のついた杖が張り付いていた。
 幾度か軽く扉をたたき、内側からの応答を待つことなく扉を開く。
「失礼します。第六位冠順生ラトバルクです」
 第六位はロードの中でも最下位。
 冠はロードライトなどの冠位付きの者、順生はその弟子という意味だ。
 これが養成所の生徒になると、学順生となる。
 両方見習いと言う意味において変わりはないが。
「ロードライトから修行に出したとの報告を受けていたが、戻ってきたのか」
 木で出来た事務机の椅子に腰掛けていた男は立ち上がり、方眉を上げて上からメリロを見下す。その色は明らかに悪意に満ちている。
「地門を開いてたどり着いたのがたまたまここだっただけです」
 その言葉に、男の方頬がピクリと反応する。
「で、何用だラトバルク」
「アシュケナまで行きたいんです。できるだけ早急に。地門を刻めるロードを紹介していただけませんか」
「ロードライトに頼めばいいだろう」
 この男の対応はいつもこうだ。話に真摯に耳を傾るような事はしない。
 それができるならこんな所までわざわざ赴いたりはすまい。
 もちろんそれを分かっていて言っているのだから、たちが悪い。
「師匠は不在でした。ロードモリオーンを要請できませんか」
 シェルビーとは懇意にしている間柄だ、だからメリロが頼めば簡単に引き受けてもらえるだろう。
 しかし、シェルビーは冠位つきのロードだ。事はそう簡単には行かないのが現状だ。
 まず、ロードライト同様大きな邸宅に住んでいる。
 仮に帰宅していたとしても、門前払いで取り次いではもらえない。
 しかるべき方法で取次ぎを仲介してもらわないと、会うことすら出来ないのだ。
 男は机の上の帳面を手元に引き寄せ、それをパラパラとめくる。
「ロードモリオーンは今サザブスロットに飛んでる。ロード中だから無理だな」
「では他の方を・・・、モナセムニ位を!」
 必死に食い下がるメリロの目の前で、男は手にした帳面を机に大きくたたきつけた。
 一瞬、その場にいたリッキーや乗獣の背がびくりと伸びる。
「冠順生だかなんだか知らないが、ずいぶんと良いご身分じゃないか。
 お前ごときの為にわざわざ上位者をあごで使えると思っているのか。
 立場をわきまえろ!」
 そう言い放つ男の目を見据えて、メリロはぐっと拳を握り締めた。
 もはや何を言っても無駄だと分かっているのに、そこから動けずにいる。
「おやおや、い~いご身分だね、サヴァキスよ。
 うちの不肖の弟子がなにかおかしい事でも言ったかい?」
 聞き覚えのあるその声に、メリロはとっさに振り向く。
 開いた扉のその前に、意地悪そうに口の端を上げて笑うロードライトが立っていた。
「それがお前の仕事だろう?よほど仕事が嫌だと見える。
 今度の総会でお前の移動を提言しておいてやろうね」
「そ・・・それは」
 いくよ、と一声放って踵を返して立ち去っていく。
 メリロは胸のすく思いでその場を後にした。
 きっとサヴァキスは今ごろ地団太を踏んでいるに違いない。
 これであの男の更迭は確実だろう。
 ロードライトは脅しだけで済ませるような甘い性格ではない。
 だが、メリロはそれを差し引いても許してやる気にはなれなかった。
 いい気味だ。
「で、何の用だ、バカ弟子」
 建物を出たところでロードライトが口を開いた。
「アシュケナまで飛ばしてもらえませんか」
「どうして」
 歩きながらメリロは訳を話した。
 リッキーの母が肺砂症にかかっていること。
 七月夜の扉でフェニックスの羽を手に入れたこと。
 それを使えば救ってやれるかもしれないこと。
 病状は末期に入っていて、急を要すること。
「たく、私が帰ってきていて良かったよ。お前達だけじゃ、それは使えないからね」
「・・・それじゃ」
「ああ、私も一緒に行ってやるさ。エルンストにも久しぶりに会えるしね」
 どういうかぜの吹き回しかは分からないが、あの気まぐれな魔女が同行するという。
 ニ人にとってこれほど心強いことはなかった。



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