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category第6章

1・砂の旅路

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 少年はロードライトの杖の軌跡を追う。
 蛍火のような淡い光を残しながら、途切れることことなく星が刻まれて行く。
 その始まりと終わりが繋がった瞬間。
 瞬きをする余裕もなく一行は光のかけらを残して飛んだ。
 
 少年の瞳に次に映った物は、ほんの数週間前に旅立った故郷だった。
 それでもリッキーには、ずいぶんと長く離れていたような気がする。
 一人で旅することは慣れっこだった。
 おつかいと称した修行での砂漠の行き来にはそれなりの日数もかかるし、ライネルと己だけでの野宿もたくさんした。
 だが、おおよその日数は想像できたし、帰郷することに感動を覚えたことなどなかった。
 しかし今回はどうだ。この、胸の内側に湧き上がるものは。
 今の自分を育んできた場所。思い出があふれた場所。愛すべき人々が住む場所。
 故郷。
 その時初めて、少年は還る場所のあることの幸福を感じていた。
「かえってきたんだ・・・」
「エルンストの息子、家まで案内しな」
 リッキーの背中にロードライトの声が刺さる。
 心ここにあらずだったリッキーは、その声にビクリと反応して我に返った。
「あ、はい」
 慌てて返事をして、歩を自宅方向へと進める。
 メリロはその最後尾に付いて歩く。
 ロードライトの派手な後ろ姿を眺めながら、メリロは誰知れず疑問を感じていた。
 あの、気持ちの悪い感覚が消えたからだ。
 過去数回に渡り、一人で飛ばされたり、一緒について飛んだりしたが、そのいずれもあの軽い船酔いの後のような感覚を覚えたものだ。
 しかし、自分で飛んだ時も今回もそれが全く感じられない。
 自分で飛ぶことが出来たことに関係しているとは思うが、確証は持てなかった。
 到着した場所がリッキーの家からそう遠くない路地の近くだったので、さほど歩くことなく到着する。
 後ろ姿だけを見ていたメリロの耳に、飛び込んでくる声。
「そんな・・・そんな事って!」
 扉の前で、リッキーは叫んだ。
 それは悲痛とも言うべき声だった。
 無意識に、小さなその手から手綱が逃げて行く。
「間に合わなかったようだね」
 メリロが目線を向けると、ここを出るときにはなかったものがある。
 砂漠の黄砂と同じ色に染め上げられた粗布が、木戸の取っ手に結び付けられていた。
 アシュヴァン独特の、家人が亡くなった時にする慣わしである。
 青ざめながら、リッキーは勢いよく扉を開く。
 何も言わずに中へと入って行くリッキーについて、ロードライトが続く。
 メリロは急いでライネル二頭の手綱を柱に括りつけて、家の中へと足を踏み入れた。
 そこには、メリロの知らない青年が立っていた。
「兄貴、母ちゃんは!」
 その言葉で、彼がリッキーの兄のリンジーであることを知る。
 メリロは彼に少し違和感を覚える。しかし、それはすぐに合点がいった。
 毛髪の色がリッキーとは違うからだ。
「お前が旅に出た時にはもう召された後だったんだ。だからわざと怒らせたって父さんは言ってた」
「じゃあ、じゃあ・・・」
「もうここにはいない。風流しの儀式も終わったよ」
 砂漠の民は砂と共に生き、砂と共に死んでゆく。
 呪をかけて全てを粉にし、砂漠の風に流すのだ。
 その肉体が砂へと還るように。
「なんでだよ!なんで!」
 少年は絶叫してその場にへたり込んだ。
「なんでー!!」
 号泣しながら、その拳が床を打つ。
 言葉に出来ないものをたたきつけるように、少年は何度も何度も拳を打った。
「リッキー、これをお前に渡しておく」
 兄は腰に吊った皮袋の中から、バラバラにならないように何箇所かを糸で括った毛髪を取り出した。
「母さんの形見だ。お前が持っておけ」
 それは、手にした青年のものと同じ、砂漠の黄砂と同じ色の髪だった。
 リッキーはそれを受け取って、懐に抱きこんで泣いた。
 メリロはその小さく丸めた背中を見つめながら、一緒に泣いた。
 他人の自分が泣くなんて僭越すぎる。
 そう分かってはいても、涙は勝手にあふれ出た。
 己は縁が浅かった。だからこそ、少年の願いは叶えてやりたかった。
 共に旅をしてきて、その想いは痛いほどわかっていたから。
 しかし、最初からそれは叶わなかったのだ。
「エルンストも酷なことよ」
 ロードライトが聞こえぬくらい小さく呟いた一言が、メリロの心を貫いた。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学