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category第6章

3・真実

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「おい、メリィ!」
 ロードライトは焦点の合っていないメリロの瞳を覗き込んで、その肩をゆするが、その意識が戻ってくることはなかった。
「まずいな、こいつ暴走し始めている」
 ロードライトは小さく舌打ちをして、後ろを振り向く。
「大きいほうの息子、こいつを支えといてくれ」
 それを聞いたリンジーは、すばやく歩み寄って今にものめってゆきそうなメリロの肩をしっかりと支えた。
 ロードライトはそれを確認してすぐ、リッキーの手のひらで幻炎に包まれて浮遊しているフェニックスの羽に手をかざす。
 刹那、深紅の炎は蒼へと色を変えた。
 余っているほうの手の指で、光を囲むように星を描くと、それは更に白へと色を変える。
 そのまま手を閉じて丸ごとをつかみ、エルンストの額にそれを押し当てた。
 指の隙間から漏れる光が徐々に消えると、彼女はそっと手を離した。
 その一連の行為は、ほんのわずかでしかなかった。
「おい、フロウ・・・」
 何かが起こったのかなど、まるで嘘のようだ。
 フェニックスの羽は確かにエルンストの体内へと消えていったように見えたが、それだけで別段変わった様子は感じられない。
 当事者のエルンストでさえ、痛いとか苦しいとか、あるいは清清しいといった変化を感じ取ることはできなかった。
「てのひらを見ろ、エルンスト」
 とっさにエルンストは両手を開いてみる。
 どんな変化があるのかと、いぶかしんで見つめていると、少しずつ粉をふいてゆく。
 手といわず、顔から首から、皮膚という皮膚から塵のように細かい砂の粒子が排出されているのだ。
 あっと言う間にエルンストは粉だらけになった。
「病は完治しただろう。風呂に入るんだね、エルンスト」
「信じられない・・・」
「末息子に感謝するんだね。さぁ、もう行かなくては」
 ロードライトはリンジーと交代して、メリロの体を支える。
「お師匠さん、もう行くの?」
「メリィの火が暴走し始めてるからね。
 こんな乾燥したところで開放したら最後、街一つ消えちまう。
 ホームでないと対処できない」
「メリロどうなっちゃうの?」
「さぁ・・・こいつ次第かね。最悪戻らんかもしれん」
 リッキーはその言葉に瞳を見開いてメリロを見つめた。
 そして決心したように口を開く。
「父ちゃん、俺も一緒に行ってくる。
 大事な人の最後を見届けられないのはもう嫌だ。メリロは俺の友達だから」
 それを聞いたエルンストは薄く笑う。
「ああ、行ってこい」
 それに大きく頷いて、ロードライトの顔を見た。
「どんな事が起こっても、必ずこのバカ弟子を見守ってやっておくれ」
 リッキーは
「もちろん」
 と返した。



「母さま、飲みすぎよ」
 メリィは今日何本目かに空いた酒の瓶を見て、母親をねめつける。
 それと同時に深い後悔がメリィを襲った。
 どうしてそんな事を言ってしまったのだろう。
 この母親をたしなめたとて、何一つ良いことなどないのに。
「あんたのような化け物を、ここまで育ててやった私に言うことかい?」
 母の悪し様な言いように思わず両手で耳を塞ぎたくなる。
 その化け物をこの世に産み落としたのは一体誰だ。
 己が頼んだわけではない。ましてや、こんな能力など欲しかったわけではない。
「クロスはまだなの?あたしはあの子さえいればいいのよ」
 酒が切れてきたのか、少々機嫌が悪い。
 中毒症状が確実に体を蝕んでいるのは分かっていたから、何とか酒をやめさせようとしたが、半狂乱になって手がつけられず、結局日に何度か小さな酒瓶を与えるて事なきを得ている。
 もちろん働いてはくれないから、兄のクロサイトが学校を辞めて働きに行っていた。
 安い賃金を稼ぐために朝から晩まで働いて、それで得た日銭で酒と少しの食料を買って帰るという生活がここ何年か続いている。
 いつまでこんな生活を続ければい良い。
 兄を少しでも助けてやりたいが、母から目が離せないから、働きに行くことさえ出来ない。
 否、そうでなかったとしても、化け物と言われて育った自分を雇ってくれるところなどありはしないだろう。
「クロスはまだかと聞いているだろ!」
 上の空で聞いていて返答しなかった自分に怒りを覚えたのか、母の言葉が矢のようにつき刺さる。
「兄さまはまだ仕事よ。そんなに怒らないで」
 慌てて母をなだめるが、いつもそれを聞いてすんなり収まるわけではい。
 酒のせいか、彼女はいつも情緒不安定で、喜怒哀楽が激しかった。
 だから、怒りを覚えるとなかなかそれをおさめることが出来ない。
「お前何様のつもりだい!クロスは真面目に働いていると言うのに、お前だけどうしてここでのんびりしているんだい」
 母は普通の状態ではないからと自分を慰めても、苦しい気持ちが楽になるわけではなかった。
 どうして自分だけがこんなにも虐げられるのか。
 一生懸命に考えても何一つ光を見出すことは出来ない。
 理不尽で、不公平で、それでもこの世に生を受け、いつまでもこうして生きている意味などあるのだろうか。
 いっそ自分が兄だったなら、どんなに楽だっただろう。
 己を差別したりせず、いつもかばってくれる優しい兄。
 双子なのに、兄だけは能力を持たずに生まれてきた。
 クロサイトは世界でたった一人の見方だが、そんな兄を側で見て、心のうちの黒い部分は広がるばかりだ。
 母は兄ばかりをかわいがる。大切にする。
 もしも自分にこの能力がなかったら。
 もしも自分が兄だったなら・・・。
「返事ぐらいおし!化け物!」
 叫んで、手近にあったランプをつかんで投げつける。
 我に返った時にはすでに遅かった。
 よけるいとまもなく、それは左側に飛び込んでくる。
 ざくり、と肉に食い込む音が、近いところで聞こえた気がした。
 そのまま落下したランプが派手な音をたてて転がって行く。
 同時に襲ってくる苛烈な痛み。
「痛っ・・・」
 とっさに左手でそれを覆ってしゃがみこむ。
 つ、と生ぬるいものが頬を伝っていくのを感じた。
 どこまでも神は己だけを苦しめる。
「メリィ、大丈夫かい?ごめんね、当てるつもりはなかったんだよぅ」
 どんな顔をしてそんな事を言う。
 それは一体どんな気分なのだ。
 痛みと情けなさで、メリィは顔をあげることが出来なかった。
「ごめんね、ごめんねぇ。あんたが悪いわけじゃないのにねぇ。どうしてあたしはこんなことばっかりしちまうんだろうね」
 今更何を言うか。
 どの口がそんな綺麗事を言う。
 十五年間虐げてきて、今更何を後悔すると言うのか。
 心の中の黒い部分が火を噴く。
 怒りと憎しみが、心の中を支配して行く。
 なんだかとても楽しい気分になる。とてもおかしい。
 だから笑った。痛みなど、もう気にならない。
「どうして笑うんだい?そうだよねぇ、おかしいよねぇ、謝ったってすまないよねぇ」
「黙れ!私の苦しみがお前にわかると言うの」
 それは己がはじめて示した反発だった。
 そこから、箍が外れて行くのがわかった。
 もう止められない。
 轟。
 火の入っていなかった壊れたランプに火がついた。
 壊れて流れた油にも引火する。
 チリチリと焦げている。
 自分の中の何かが暴走する。
 否、何かではない。火の化身オルドラン。
 昔から、自分を助けてくれたもう一人の見方。
 だが、このお友達は誰の目にも見えないらしい。
 小さな頃、仲の良かった友達のマルコと手をつないで遊んでいたら、彼の意識が自然と自分の脳裏に飛び込んできた。
 それが何を意味するのかが幼い自分は分からなくて、それはマルコがこっそり自分だけに教えてくれたのだと思った。
 でも、それを秘めていることが出来なくて、兄に喋った。
 回りまわってマルコがそれをほかの友達から聞いて、自分はうそつき呼ばわりされる事になった。
 それが悲しくて花畑の片隅で泣いていると、オルドランがあらわれて慰めてくれた。
 一瞬で燃えて行く野花を見ていると、なんて綺麗なんだろうと思った。
 己はそれを、少しも怖いとは思わなかった。
 だがそのような出来事が数回続き、村人達はメリィを化け物呼ばわりし始めた。
 心を読むのは魔獣の化身。
 あれに関わると呪われる。
 呪いの証があの魔火だ。
 だから自分は化け物なのだ。
 ただただ、苦しかった。
 段々と物事がわかるようになってくると、余計に虚しさは増した。
 言いようのない孤独。
 迫害をまともに浴びる悲しさ。
 先の見えない不安。
 もがいてももがいても、たどり着くことの出来ない終着地。
 今まで秘めていたその黒いものが、体の中から全て噴出してゆくような気がした。
 全部出し切ったら、己は白くなれるだろうか。
 轟々と、火はただ燃え盛る。
 オルドランが喜んでいるような気がした。
 喜んで、あちらこちらに火を放つ。
 それと同時に、どうしてだか体から力が抜けて行く。
 このまま自分は死ぬのかも知れない。
 薄れゆく意識の中でメリィは思った。
 崩れ落ちた体に、不意に風が当たったような気がして、少しだけ意識が戻される。
「あなたは、どうしてここまでメリィを傷つけるんだ!!」
 兄だった。
 今頃帰ってきても、もう遅い。
 ゆっくりと浮遊する感覚を遠いところで感じながら、さらに黒いものが頭を支配した。
 だれからも虐げられることなく幸せなお前。
 世界中の誰よりも見方だと言ったお前。
 そのお前が、どうして私を助けてくれなかったのか。


 ――――モシモ私ガオ前ダッタナラ・・・





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