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category第6章

4・覚醒

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 メリロの躯(からだ)は沫だっては還す波の上に横たわっている。
 リッキーは彼―――否、彼女を育んだ故郷の波打ち際でそれを見守っていた。
 ロードライトは満ち満ちた水面を優雅に歩きながら、弟子の周りに杖で軌跡を描いた。
 まず、一つ。三角形を、彼女の頭上で頂点になるように。
 一度しゃがみこんでメリロの眼帯を剥いで傍らに投げ捨てる。
 二つ目、同じように反対向きにもう一つ。
 つま先の延長線上で結ばれたその星は、リッキーが今まで見てきた形とは少し違っている。
 それは、六芒星―――ヘキサグラムだった。
 友人の頭上とつま先で結ばれたそれぞれの天から、ゆっくりと光を変えながら伸びて行く。
 リッキーの瞳には、その変光が至極幻想的に映った。
 二つが同時に完成したのと同じくして、メリロの躯から光が伸びた。
 六つの角を経由して、真円が出来上がった。
 ざあ、と水がドーム状に跳ね上がる。
「わぁ」
 リッキーの口から、思わず感嘆の声が漏れた。
 少年が見守っている限りでは、友人はただ眠っているだけのように見える。
 メリロの師が言うように、暴走しているなどとは到底思えない。
 その師はというと、出来上がったばかりの半球体の外側で、なにやら呪を唱えている。
 あいにくと、リッキーの座っている所までその内容が届くことはなかった。
 ロードライトの瞳が開いた瞬間、それは瞬時にして凍りつく。
「凍った・・・」
 少年にどうしてそれがわかったのかと言うと、そのあたりの波打ち際が一瞬だけ動きを止めたからだ。
 そして、すぐにパリパリと音をたてて弾けたから。
 だが、波間の氷は自然が持つ力に耐え切れずに割れてしまったが、半球体のそれは光の上できちんと形を保っている。
 また優雅な足取りでゆっくりと波打ち際に戻ってきて、リッキーの隣に腰を下ろす。
「お師匠さん、この後はどうするの?」
「黙ってみているだけだね、今は」


 誰かが呼んでるような気がする。
 でも、このまま眠ってたい。
 だって、今まで生きてきた中で、一番っていうくらいに心地良いんだもん。
 だけど、起きたら楽しい事が待っているような、そんな気もするわ。
 いいわ、一度起きるわ。
 それを確かめてから、もう一度寝れば良いわ。

 
「あ・・・」
「始まったね」
 それは、唐突に始まった。
 まずドームの中が朱に染まった。
 正確には、炉の中ので熔ける金属のような燃ゆるあか。
 さらにそこから蒼を経て白へ。
 リッキーは、先ほど家でみた幻炎に似ていると思った。
 だが、それが同じものではないとすぐに分かった。
 白い蒸気がドームの周りを覆って、あたりは霞みがかったようになる。
 もちろん、メリロが中でどうなっているのかは見ることができない。
 リッキーは、そこでようやく、ロードライトの言葉の意味を理解した。
 メリロが暴走すれば、一瞬で蒸気が発生するくらいの高温の炎があらわれるのだ。
 この状態が乾燥したアシュケナでおこると、たとえロードライトがいたとしても少なからず街は巻き込まれていただろう。
 だから、海に囲まれたこの国でしか対処できないと言ったのだ。
 白濁とした景色を、目を凝らして見つめていると、目が慣れたのかわずかだがドームの状態が見えてきた。
 凍りついたドームの頂点が融けて、そこから真っ直ぐに蒸気が上に逃げ出している。
 だから、少しだけ視界が良くなったのか。
 徐々にその穴は広がっているように思える。
 視界が良くなったのはその一瞬だけで、今度は余計に視界は悪くなった。
 海の水がずいぶん蒸発している。
 もう視界はゼロだが、リッキーはそれでも目をそらすことが出来なかった。
 友人の瀬戸際の一時も見逃してはならないと思った。
 自分にもそうしてくれた様に。
 
 ポツン

 一滴、リッキーの頬に。
「雨・・・?」
 その声を皮切りに、雫となった蒸気が勢い良く注ぐ。
 それが、白濁とした大気を洗い流して行く。
 それは、本当に少しの間だった。
 あたりのもやが完全になくなった頃、雫も注ぐことをやめた。
 水気を含んで瞼に垂れかかる髪を手で掻き分けて、メリロへと瞳を戻すと、 そこには穏やかに漂う波の上に横たわるメリロがいた。
「もう良いだろう、お前もおいで」
 そう言って、ロードライトは少年の手を引いた。
 そのまま何事もない様に歩く。
 リッキーは、波の上はどうしたら良いのかと思ったが、歩を進めるうちにその疑問は解消できた。
 自分も波の上を歩くことができている。
 メリロの足元まで来ると、ロードライトはリッキーの腕を引っ張って、少年をヘキサグラムの中に入れて手を放した。
 リッキーは驚いて目を見開いたが、少年の意に反して海に沈むことはなかった。
 どうやらこの中では浮いていられるらしい。
 どうして良いのか分からなかったが、リッキーはそのまま歩いて、メリロの顔が良く見えるところまで行ってそこに座り込んだ。
 そしてその左手を取る。
「メリロ、戻ってきて」
 ロードライトはリッキーの反対側に立ち、そのまま見下ろしている。
 祈るように少年がその顔を覗き込んでいると、瞼が小刻みに動くのが見えた。
「メリロ!」
 メリロは薄く瞼を開く。
 一気に差し込んだ光に一度瞬いて、そして覗き込むリッキーの顔を認識した。
「リッ・・・キー・・・」
「俺が分かる?分かるんだね!」
 メリロは首をゆっくりと動かして肯定した。
 そのまま緩慢な動きで上体を起こす。
 それをみたロードライトはようやく口を開いた。
「伝言だよ、あんたの兄から」
「兄さまから・・・」
「助けてやれなくてすまないと」
 その言葉に、メリロは瞳を大きく開いた。
 絶叫がこだました。

 
 兄さまーーーーーー!




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