こんなにも、世界が鮮やかだったことをもう随分と忘れていたような気がする。
月明かりの元、手にした石は真っ直ぐに光を放って淡く輝く。
あそこへ行くのは、己を探す旅に出た時以来だった。
その背中の銀髪が、今は腰元まで伸びて揺れている。
覚醒したあの時から、それは止められた時間を取り戻すかのように、ただ伸びつづけている。
ずっと止まっていた月のものも再開された。
運命のあの日から、自分自身で未来を否定した結果だったのかもしれない。
街外れの共同墓地に到着すると、光は一段と強くなった。
その光に導かれるように、兄の墓前へと足を運ぶ。
粗末な墓だった。
自分の墓だと思い込んでいたから、とびっきり粗末な物にした。
ロードライトに借金してでも、もう少しマシな所に入れてやればよかったと今更ながら後悔する。
また、母の墓もその隣にあった。
二つの墓の間に、メリィはしゃがみこむ。
瞳を閉じると、懐かしい記憶がよみがえる。
まだ、黒く染まる前の自分が。
深く閉ざされた世界に、自分の未来も閉ざされていると思い込んでいた。
でも、兄は違う。
足かせを解いてやれば、きっと彼は飛び立っていける。
不自由な生活から開放してやりたいと、ずっと思っていた。
それなのに。
どうして。
いつから自分は変わってしまったのだろう。
「兄様、旅立ちの日には、必ず持って行ってね」
メリィは、クロサイトに呼応石の片割れを差し出した。
「メリィ、これどうしたの。なんでこんなものを」
いぶかしんで、兄は己を見つめた。
「安心して、ちゃんと買ったものだから」
「お金なんか持ってなかっただろう?第一、俺は旅になんか出ないよ」
少し怒ったような、そんな表情をして兄はそう言った。
どこにいるかも知れない、顔も知らない父親のものだと言って、母が兄にあげた指輪をお前が持っていろと言ってクロサイトがくれたものを、こっそり質に入れた。
母が直接自分にくれたのではなかったものだから、さして罪悪感はなかった。
また、質屋も家の経済状況をわかってか、兄の使いだと言ったらあっさりと換金に応じてくれた。
もっとも、随分と叩かれていたかも知れないが。
「力が強い方・・・これは兄様」
クロサイトの手を取って、そのてのひらに乗せて握らせる。
そしてもう一つをその手で握って、胸に抱くようにする。
「こっちは私・・・必ずよ・・・」
「どうしたの、メリィ・・・?」
クロサイトが心配そうに覗き込んでくる。
「兄様はもっと広い世界に出るべきだわ。こんな所で一生を終えてはだめ」
「なにを・・・。俺はそんな事望んじゃいない」
「きっと私が兄様を開放してあげる」
キット・・・・
そう言った自分が、兄の・・・そして母の命を奪った。
薄れて行く意識の中で、ただ己を助けたいと願う兄の心を無意識に読んでいた。
灼熱に焼けたドアの取っ手を引く度に、熱せられるてのひら。
焼けた肉の匂い。
早く外へとはやる気持ち。
世界でたった一人、最後まで己を守ってくれたのに、どうして信じてやれなかったのだろう。
「ごめんね、兄様・・・」
ぽたり、と確かな重みをもって、己の膝に染みを作る。
また、ひとつ、ふたつ。
メリィはその手に握った光る石を、兄の墓石に埋められた片割れに合わせる。
一瞬強い光を放って、あっけなく散っていった。
そこには、埋まっていたくぼみだけが残された。
光がなくなっても、辺りは月明かりでほの明るい。
その事にぼんやりと気がついて、ふと空を見上げた。
兄のような痛烈な光を受けて、己の存在は影のようだと思っていた。
だが、影は光があってより強調されるもの。あまりにまばゆすぎて分からなかった。光と影は、いつも寄り添っているということに。
闇の中には月だけが顔を見せているが、太陽の存在が消えた訳ではない。
兄はもういない。だが、己の中で彼はずっと生きつづける。
己の闇の中で、太陽は永遠に。
それが、これから先己が背負うもの。
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