FC2ブログ
category翼の刻印編 第1章

2・調合

trackback--  comment--
 メリィが部屋を出たのを確認して、フロウは両袖机の左側の引出しから丸く蒼い石を取り出した。
 そのまま机と組の椅子に腰掛ける。
 石を軽く握り締めて呪を込めると、それは柔らかな光を放つ。
 てのひらを開いてやると、そのままふわりと宙に浮かんだ。
「ディ モリオーン」
 フロウが石に向かって呟くと、金属を弾くような細い音が数度。
 程なくして石から男の声が返される。
「優雅な昼下がりに何の御用?」
 そのセリフとは裏腹に、口調は柔らかだった。
「メリィちゃんの事かしら」
 相変わらず察しの良い男だ。
 そしてそのオネエ口調も。
 声を聞いてフロウは笑みを零す。
「議会で翼骨の封印が決まってな」
「あら、相変わらず黒い判決だこと」
「半月後の新月の曜日。もう時間がないんだ」
「ほんっとにそういうどうでも良い事だけは早いんだから、年寄り達は」
 石の奥で笑い声が響く。
 声をあげて笑うとは珍しい。
「キドニゼム持ってる?」
「ユニコーンの角もあるわよ」
「助かる」
 ちょっと待ってて、と呟く声が聞こえた。
 かすかな衣擦れの音がして、再び声が返ってくる。
「アタシ物飛ばすのニガテ。
 誤差出るかも知れないけど良い?」
「天下のロードモリオーン様が何を言う。
 謙遜はやめて。笑い話にもならない」
 くつくつとフロウは笑う。
「キドニゼムは良いけどさ、角は細胞構成がややこしいんだって」
「わかった。再構成はこっちでやるから」
「あんたホント何でもできるわよね。
 細胞記号全部帯状に透えてるんじゃないの、ひょっとして」
「正のものだけは」
 石の奥の声に返答を返すが、そこから言葉が紡がれない。
 フロウはしばし返事を待つが、それでも石からは何も聞こえてこない。
「どうした?」
 いぶかしんで尋ねる。
 ためらいがちに声が紡がれる。
「冗談のつもりだったの。まさか本当に透えてるなんて・・・
 今更だけど、本当にあんたみたいなのを天才っていうのね」
 感慨深げな声に、フロウは自嘲ぎみに笑みを零す。
 石の向こう側の親友に、なんと返せば良いのかわからずフロウはそっと吐息をもらす。
「で、そっちはどう?」
 用件は他にもあったのを思い出して、話題を変えた。
「充分キナ臭い事だわね。
 ペンタグラムを反対から描いたのが、まあこれでもかって残ってる。
 その割には色彩のかけらさえ残ってない」
「開いた後なのか、罠なのか・・・」
「アタシにアンタにメリィちゃん・・・偶然かしら・・・ね?」
 フロウはニヤリと笑った。
 その表情は、新しいおもちゃを見つけた子供のように楽しげだ。
「蟲が動きだしたのかもね」
「無理はしないでよ、フロウ」
「そっくりそのまま返す、シェルビー」
「シェリーだって言ってるでショォッ――――」
 シェルビーのヒステリックな叫びが石から響く。
 フロウはそれにバカ笑いをしながら、右手を差し出した。
 浮かんだ玉は光を失い、シェルビーの声を途中で遮ってストンと手のひらに落ちた。
 フロウが玉を元の場所に収め終わる頃、机の上に光の帯が現れる。
 否、フロウ以外の大多数の者には、むしろそれは光の塊にしか見えないだろうが。
 石を収納した所とは別の引出しを開け、そこから束にした枯れ草と小瓶に入った液体を取り出した。
 引出しを閉め、更にその下の取っ手を引く。
 そこから液体の小瓶より三倍程大きな瓶を取り出した。中身は空だ。
 フロウは右手を光の塊に差し入れる。
 帯の切れ目を見つけ、目の高さまで引き上げる。
「エギナ・・・ヤー、セグ、ジ、オ」
 始まりから眼で帯を追いながら、浮かんだ古代語の羅列を適当に拾い上げる。
 両手を使って巻き上げながら、帯の最後を手繰り寄せる。
「ゼダ」
 最後に浮かんだそれを読み上げて、帯の始まり――エギナ――を重ねた。
 刹那、帯が一語ずつに弾ける。
 そしてまた一箇所に収束され、渦を巻きながら形成して机の上に乳白色の細長い円錐が転がり落ちた。
 フロウが何もせずとも、残った光の帯も同様の現象を見せる。
瞬きほどの時を経て、緑色の苔の塊が現れた。
 前者はユニコーンの角、後者がキドニゼムだ。
 フロウは一度机を離れ、壁際に並んだ書棚の前へ移動する。
 部屋自体はかなりの広さがあるが、壁面の大多数をこの天井まで嵌まった書棚で埋められている。
 フロウの部屋に収められているのは所有する蔵書のほんの一部にすぎない。
 ここにあるのは、高等呪術の関連書籍や高等薬学書、世界に現存数の少ない貴重な秘書など多岐にわたる古文書ばかりだ。
 その中から一冊を取り出して、パラパラと項をめくる。
 しばらくめくったところで手を止めた。
 その項を開いたまま、また元まで戻ってそれを机に置く。
 座れば丁度腹の部分にあたる中央の引出しから、ゴテゴテと飾りつけた杖を取り出した。
 それでコンコンと机を二度叩き、中空に杖の先で右回りに真円を描く。
 描く杖の先から白い光が尾を引いて、始まりに戻る頃には綺麗な光の環が出来ていた。
 フロウはその中に、まずはユニコーンの角を二つに折って小さい方だけを放り込む。
 ついで枯れ草を半束。
 無造作に投げ入れたそばから順に燃えて行く。
『ゼル ダー ゼオ』
 ここで一度呪を施す。
 円の中の炎が緑色に変化する。
 それを確認してからキドニゼムをちぎって四分の一程投げ入れる。
『ベクト』
 炎が紫へ変わった。
 出しておいた空瓶の蓋を空けそれを左手に、杖をもう片方で持ち直す。
 円の真下に来るように左手を差し出して、真円の外側を左回りでなぞって行く。
 すると光は失われ、紫の炎は瓶の中へと流れ落ちた。
 両手のものを机に置いて、フロウは液体の入った小瓶を手に取る。
 蓋をとってそれを傾け、紫炎の瓶に半分程流し込んだ。
 大きい方の瓶の口から少しだけ湯気が立ち上る。
 それを手にとって目線の高さまで持ち上げ、出来栄えを確かめる。
 覗きこむと、淡い水色の液体になっていた。
「良い出来だね」
 見ていた本の記述通りの状態に出来上がったので、フロウは満足して二つの瓶の蓋を閉じた。
 水色の液体の瓶と杖以外を片付けた後、フロウは二つを手にして部屋を出る。
 毛足の短い紺色の絨毯の廊下を長い足で闊歩しながら、フロウはオルソワを呼んだ。
 玄関広間へと続く螺旋階段を降りた所でオルソワが現れた。
「これが先ほど言っていた薬。
 一日三度、食後に一匙ずつ飲ませて」
 説明しながら、フロウは瓶を手渡す。
「かしこまりました。
 それまでにお戻りになられますか?」
 それまで、とは勿論半月後の新月の曜日。
 多忙を極める主には、それで充分なのだ。
「できればそうしたい所だけど・・・なんとも言えない。
 では、後を頼みました」
「行ってらっしゃいませ」
 オルソワは頭を深々と下げて主を送り出した。
 ここが玄関広間の中央だと言うことは百も承知。
 フロウが玄関木戸を開いて出て行く所はここ十年は一度も目にしていない。
 頭をあげるとすでに主の姿はなく、光のかけらだけが残されていた。
 オルソワにとっては、これがいつもの日常。
 ほんの少し頬を緩めて呟いた。
「お気をつけて」



 前へ次へ

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学