FC2ブログ
category第1章

3・千尋の谷(前半)

trackback--  comment--
 泣いた後で気まずいのかリッキーは押し黙ったままである。
 少し後ろについてゆく形で、メリロと砂トカゲが続く。
 日差しの密度も心なしか和らいだように思えるが、依然として暑いことにかわりは無かった。
 暑さからか、視界にはどこまでも陽炎がゆらめいている。
 メリロから見れば広大な砂漠など、どこを見ても同じ様にしか見えないが、リッキーからみればきちんとした道があるらしい。
 まっすぐ進んでいるように見えるが、実際には曲がったり砂丘の際をそれたりしている。
「たいしたものだな。俺は三日もここにいる」
 前にいるリッキーに聞こえるよう、声を少し張る。
 足でライネルの腹をやんわりと蹴り、速度を少し緩めると、程なくしてリッキーがメリロの隣を併走する形になった。
 乗獣の扱いも見事なものだ。
「アストラウス砂漠は俺の遊び場みたいなもんさ。七つの頃には兄貴と一緒に行ったり来たりしてたから」
 アシュヴァンの高いガイド技術は親から子へと受け継がれてゆく。
 同じ様に見える砂地の形の違い。星の読み方、病や怪我への対処法など。
 親についてそれらを学び、砂漠を遊び場にしながら育つ。
 最初は短い距離から初め、少しずつ距離を伸ばしながら砂漠の渡り方を覚えてゆく。
 そうして、おおむね十五・六歳で親元を離れ他のアシュヴァンの元へ弟子入りし、成人するとともに独立するという。
 このアカチェ地方にはこのアストラウス砂漠の他に、アシュケナやアシュタルのようなオアシスを基点として大小さまざまな砂漠がある。
 その中でもアストラウスは一番小さな砂漠とされ、メリロの中では高をくくっていた所があった。
「三日も渡っていたとはいえ、よくあの道にいたね」
 不思議そうにリッキーはつぶやいた。
「道? ・・・俺には砂丘と砂丘の狭間にしか見えなかったけどな」
「あそこにいなかったら、メリロ人知れずくたばってたかもね」
 そういって楽しそうに笑っている。
「星の読み方を知っているんだ。旅するなら覚えろって昔ロードライトの奴に無理やり・・・」
「ロードライトって?」
 ロードライトとはメリロの師である。
 その昔、メリロが瀕死の重体におちいったとき助けてくれたのがきっかけで、それからのつきあいになる。
 そのときから師弟関係なのだが、教えてもらった事と言えば星の読み方と、火の呼び方だけだ。
 星を読むことが出来れば大まかな方位がわかるため、旅をするなら勉強しておいて損はない。
 とはいえ、半ば強制的に嫌々覚えたため、それにまつわる思い出はあまりいいものとはいえない。
 難解なのだ。しかもロードライトの教え方もまた難解だった。
 まず、星の名前は知っているという前提のもと講義が始まる。知らないと抗議すると、知らないほうが悪いと言われるのだ。
 また、ロードライトは年中多忙の為、講義は空き時間で行なわれた。
 次の講義までの間がまちまちだったり、ロードライトが前の抗議の内容を覚えていないので、関連のないところから再開したりと、ついていくのがやっとだった。
「すごいね、その人」
 リッキーからすれば面白いらしく、先ほどからメリロの話をききながら、ライネルから落ちそうな勢いで笑っている。
「笑い事じゃあない。本当にあれは苦労した」
「でも、そのおかげで命拾いしたじゃない」
 そのようにいわれれば、確かにそうだが、それを差し引いてもやはり尊敬する気にはなれない。
「リッキーはあの人の本性をしらないからな」
 聞こえているのかいないのか、リッキーはずっと笑っていた。


 他愛もない話をしながら先を急ぐ二人だが、日が翳り始めてもまだアシュケナには到着できていなかった。
「もうそろそろ駄目だな。ここらで野営するか?」
「野営は駄目だよ。父ちゃんに怒られる」
 訊けば今日の夕方には帰り着く予定だったらしい。
 この調子では夜半を過ぎそうなのに、野営などして明日帰る羽目にでもなれば、当分外出禁止の上小遣いがへってしまうと、リッキーは心配しきりだ。
 それにしても視界が悪くなってきている。
 メリロはこのまま進む方がかえって危険なのでは、と内心思ったが、己の胸のうちにしまっておいた。
 彼にだってプライドはあるのだろうから。
 そうこうするうちに空と大地の切れ目から、薄闇が射してくる。
 もう暗闇が間近に迫っていた。
「もうちょっとのはずなんだ。あとちょっと進めば街が見えるはずなんだよ」
 うわごとのように繰り返しながら、前へ前へと乗獣をはやらせる。
 いきおい速度は増してゆく。
 メリロは付いて行くのがやっとだ。
 そうして完全に大地に闇の帳が下りた頃、目が利かなくなったライネルは走ることを自らやめた。
「おい、走れよ!」
 叫びながらライネルのわき腹にけりを入れるが、野生の感がそうさせるのかリッキーの命令にしたがうことは無かった。
 メリロにはリッキーの焦りが、空気を伝わってくるように感じられた。
 その後メリロは、ようやくなすすべなくライネルの背でうなだれているリッキーに追いついた。
「呼応石(こおうせき)使うしかないのかなー・・・」
 ため息をついた後、あきらめたようにリッキーがつぶやく。
 呼応石は砂漠をゆく旅人が必ずと言って良いほど携帯する道具だ。
 砂漠に詳しいガイドといえ例外ではない。
 万一道に迷ったり、負傷などで旅の途中で動けなくなったりした場合に使用する。
 呼応石は特殊な湖で産出される双子石である。
 呼応石の成分の混じった鍾乳洞におおわれた湖の、湖面と湖中に上下で全く同じ形の石が出来る。
 沈む事なく浮いているその石の、ちょうど真ん中に切れ目をいれて二つに分ける。
 すると、離れていてもお互いを呼び合う様な光を放つのだ。
 それはどこにいても、二つが再び合い見えるまで消えることなく光り続ける。
 湖中に出来るほうの力が強いらしく、湖から出荷される前にそちらに強い呪をかけて封印する。
 旅人は呪のかかったほうを携行し、その片割れを近しい者に手渡しておけば万一の場合なきがらだけは拾ってもらえるという寸法だ。
 ただし産出量が少ない貴重なこの双子石は、そうやすやすと使える程安価ではなかった。
 一度使えば効力は失われる。所詮は道具、永遠には使えない。
 一番距離の短いアシュタル―アシュケナ間のガイド料が一見して高く思われるのも、ガイド料にこの呼応石の代金が含まれているからだ。
 一組百バルク程のこの石は言わば保険のようなものだ。
 まさに、冥王の呼び声も金次第なのである。
 ただし、何事もなければ使わなかったそれをガイドに返却し、六・七十バルク返金されるのが通常なのだが。
「呼応石なんか使ったら、今度こそ父ちゃんに殴られるかも・・・」
 また、心配そうにつぶやいている。
 月明かりの下だが、リッキーの表情はわからない。
 おそらく青ざめているにちがいない。
 どうする事も出来ないが、せめて方位だけでも割り出そうとメリロが周囲を見渡すと、
 遠くの方に小さな光が浮かんでいた。
「リッキー、あれ!」
「え・・・?」
「右のほう!」
 回れ右したリッキーが、ようやく安堵したように一息ついた。
 闇の静けさの中、意外にもそれは大きく響いた。
「アシュケナだ」
 ようやく希望の光が差し込んだ。
 あともう一息だ。
 二人はどちらからでもなく乗獣の手綱を引き込んだ。
 


 前へ次へ


 修正済

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学