FC2ブログ
category翼の刻印編 第1章

3・色彩

trackback--  comment--
 うららかな陽光が降り注ぐ午後、黒髪の少女は中庭の大木の根元に座って、古書を読んでいる。
 日差しは柔らかで、緩やかに吹く風が黒絹を絡めて頬をくすぐる。
 少女はこの場所が大層気に入っているようだ。
 授業の合間や昼休憩など、天候が悪くなければそこにいることが多かった。
 金髪の少年はもう随分と以前から、そのことを知っている。
 その日も授業が終わって、休憩するために学舎との続き通路から出たところでその姿を瞳がとらえた。
 ふわりふわりと薄緑色の光の綿毛が、少女の体の周りに漂っている。
 少年が近づくほどにそれははっきりと見て取れた。
 なんと、珍しい色彩。
 近づいてくる少年の足音に気付いたのか、少女は何気なく顔を上げる。
「隣、いいかしら?」
 黒髪の少女の前までたどり着いた少年は、女性のような口調で問い掛ける。
 少女は怪訝な表情を浮かべながらも、無言で少し席をあける。
 それを確認して少年は空いた場所に腰を下ろした。
 顎のラインで切りそろえられた蜜色の髪を少しかきあげて、少年は少女の本を覗き込む。
「へえ、薬学書なんか読んでるんだ」
「私に何か用?」
「そうね、珍しいオーラだから、話してみたかったのかも」
 少年から返された言葉の意味が分からず、少女は戸惑った表情を見せる。
「フロウって名付けた人はセンス良いわよね。古代語で蛍火って意味でしょ?
 あなたのオーラはまさに蛍火みたいなの。すごくキレイ」
 続いて紡がれた言葉も、少女には理解することが出来なかった。
 同じ言語で話しているのに想いが伝わらない、それに近い齟齬を感じずにはいられない。
「言ってる意味が・・・。それにどうして私の名前」
「ああ、ごめんなさい。私、特異体質みたいなの。
 人が発しているオーラの色が見えるのね、肉眼で。
 それに貴方は有名人だもの。養成所始まって以来の天才、フロウ=バルデアス。
 在学ニ年目で四年目の課程。細胞構成学では教授がゼダ――物事の終了――を出すほど」
 そこで言葉を切って、少年は文句のつけようのない美貌で優雅に微笑む。
 フロウは天才と称されることが好きではなかった。
 天才だから出来てあたりまえ。
 天才だから私の気持ちはわからない。
 天才だから凡人の私をバカにしている。
 等等、あげればキリがないほどの差別。
 勉強は好きだ。未知で構成された己の世界の扉を、知識の鍵で開けるたび、変わりゆく景色はすばらしく面白い。
 天才と言われても、勉学に勤しむのは皆と同じ。
 刺されれば簡単に血を吹く心を、傷つかないなんて思わないで欲しい。
 天才だからと心を遠ざけて差別しているのは、私のせいなの?
「そういう貴方も有名。゛オカマ″のシェルビー=ウィック」
 目の前の少年も今まで出会った学友となんら変わりないのだと感じて、フロウの返答は勢い嫌なものになる。
 それを聞いて少年は、一瞬真顔になり、すぐにはじけたように笑い出した。
 心底おかしいようで、文字通り腹を抱えて笑う。
 空色の瞳にうっすらと涙を浮かべながら、しばらくそうして笑いつづけた。
「あー、おかしかった」
 涙を利き手で拭いながら、残った左手で髪をかきあげる。
 あらわになった耳には、水晶の耳飾りがぶら下がっていた。
「安い言葉ね」
 再び優雅な微笑を浮かべながら、またとらえようのない言葉を紡ぐ。
 振り向いた少年と、視線がかち合う。
 そのまま水色の瞳に覗き込まれたまま、視線を外すことが出来ない。
「アタシはね、美しいものが好きなの。物でも、人でもね。
 男性より女性の方が美しい、なんて思っていない。
 アタシは女性の言葉のやわらかさが美しいと思うの。だから、女性のように話す。
 男性でも女性でも、美しいと思えば愛せるわ。
 男性だとか女性だとか、アタシにとっては何の意味も持たない。
 ただ、それだけのことよ」
 フロウは少年の言葉を受け止めて、ああ、そうなのだ、と納得した。
 この類まれな美貌の持ち主には、確固たる自我が存在している。
 揺るがない自我、美学。
 だからこんなにも、真っ直ぐだ。
 きっと彼は、今までの者達とは違う。
 何が、と問われれば、それは不確かな直感でしかないのだけれど。
「確かに、安い言葉だったわね。ごめんなさい」
「良いのよ、慣れてるから。でも、今度からシェリーって呼んでよね」
 いたずらっ子のように少年は片目を瞑った。
 後に、互いに得がたい親友となった二人の初めての会話であった。



 前へ次へ

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学