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category翼の刻印編 第1章

4・封印

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 フロウは結局、一度も帰宅することなくメリィは新月の曜日を迎えた。
 刑の執行に対してはとりたてて不安な気持ちも、まして絶望感なども感じてはいなかったが、その日の朝せっかくオルソワが用意してくれた食事はほとんど喉を通らなかった。
 ただ、漠然とした焦燥感が己の中にずっとある。
 また何かを見失ってしまいそうな歯がゆさ。
 用意されたお茶を最後まで飲み終えると、幾分かざわめいた気持ちが落ち着いた。
 朝食の後、一度与えられた自室へ戻り、目に付いた物を片付ける。
 普段から特に散らかしているわけではないから、昨夜読んだ本や、無造作に突き刺したペン類を整頓するだけで後はやることがなくなってしまった。
 仕方なくメリィは略装に着替え、中央からの使者を待った。
 背まで伸ばした髪も邪魔にならぬよう二つにまとめて胸元に垂らす。
 先だって届いた書簡に、背中の開いた服装でという指示があったからだ。
 正装ではなく略装でと指示してくるあたり、巡導師の正装であるローブ着用では執行に際して邪魔になるのだろう。
 逃げも隠れもしないのに、わざわざ中央から迎えが来るというのだから、己の罪はこれほどまでに重いのだ、と今更ながら思う。
 犯した罪を取り消すことは出来ないけれど、これでようやく走り出せる気がする。
 罪を償えば、自分をもっと好きになれるだろうか。
 そんな想いを胸に抱く。
 一刻ほどがたったとき、中央からの迎えがやってきた。
 オルソワに見送られて玄関を出て、庭園を抜けて門扉を開けると、そこには使者であろう男が一人立っていた。
 もちろん、見知った者ではない。
「メリィ=ラトバルクだな?」
「はい」
「では、連行する」
 無言で頷く。
 男は門前に聖水で手早くペンタグラムを描く。
 物言わず腕を引かれて星の中に引き込まれると、瞬時にして景色はグラリと溶けた。
 たどり着いたのは、元老院へと続く大扉の前だった。
 石組みのアーチにぴっちりと嵌まった扉を無造作に開くと、その先には薄暗い石造りの廊下が伸びている。
 促されるまま、メリィは男の半歩後についてゆく。
 ごくわずかに、湿ったような、埃っぽいようなにおいがする。
 他にも人が居るのだろうがその気配はなく、廊下には二人の足音だけが響く。
 しばらく歩くと、男は一つの部屋の前で立ち止まった。
 木戸を数度叩いて、中からの返事を待つことなく取っ手を引く。
 開いたところに無言で押し入れられ、戸惑う表情の先で扉は閉められた。
 その後ろ姿に、冷たい声がかかる。
「ラトバルク、中央へ」
 その声は、紛れもなく師フロウの声であった。
 振り向くと、壁面三方に正装のロードが鎮座していた。
 その数十ニ。
 師を除いてほとんどが白髪の老人ばかりだった。おそらく女性も師ただ一人。
 正装であるローブは一目で良し悪しが分かる。
 良い織り糸を使ったり、素地に織り柄を入れたり、留め具に家紋を打たせたりと値段と比例して作りは贅沢になる。
 好みの色や素材を自由に選べるが、ほぼ単色で構成されるそれには地位と個性が如実に現れる。
 ここに鎮座した面々は、最高級品を気負いもためらいもなく着用できるだけの地位と財力を兼ね備えている。
 つまり、半数以上が冠位持ちということだ。残りもそれに近い者。
 居住まいの悪さを覚えつつも、フロウの指示どおり中央へと移動する。
 正確には、ペンタグラムの中心に。
 それは、メリィが今までにみた紋様とは少し違っていた。
 真円が大小二重になっており、小さい方の線と星の先端が繋がるように描かれている。
 星の中央には古代語-マデラ-の一語が。意味は『封』。
「両膝をついて胸の前で手を組みなさい」
 今度の声はフロウではなかった。
 それは、メリィに近づいてくる足音とともに聞こえた。
 衣擦れと足音は、やがてメリィの背後で止まる。
「では、始めます」
 頭上から聞こえたその声に、メリィはそっと瞳を閉じて俯いた。
『悪しき気脈を断ち切り神の御前に汝が子を救い給え』
 メリィの背に、杖の先が押し当てられる。
 男の詠唱と共に、杖は光を放ちながら、一語を描いてゆく。
 場に描かれた紋は光り、螺旋を描きながら少女の身体に幾重にも巻きつく。
『エトナ メダ セベダ 
 オーデ ソル アゲナ
 フェ ディエ マデラ』
 メリィの白い肌に古代語『マデラ』が描きあがると同時に呪の詠唱も終わりを告げる。
 紋は光を失い、巻きついたそれは少女の体に溶け落ちた。
 そしてそれは、壮絶な苦痛への引き金でもあった。
「・・・・ッ」
 背中を刃物で切られたような痛みが走る。
 瞬間的な痛みだけなら乗り切ることが出来ただろう。
 しかし、その後に訪れた痛みの方がより残酷だった。
 体中の細胞が割れた硝子で引き裂かれるような痛み。
 断裂する音は幾重にも重なっていつまでも鳴り止まない。
 床についた膝は痙攣し、額からは脂汗が流れ出る。
 それでも彼女は声をあげなかった。
 奥歯を強く噛んで最初の痛みに耐え、続く痛みに力一杯手を締める。
 組んだ両手の爪が甲に食い込んで血が噴出す頃、崩れ落ちるように意識を失った。
「末恐ろしい、叫び声一つあげぬか」
 メリィの真正面に座っていた男の口から批難めいた言葉がこぼれる。
 その一言を皮切りに、部屋の中にささやき声が満ちた。
 今まで幾人もがこの刑を受けてきた。
 屈強な男ですら叫び声をあげるほどの苦痛。
 それをこのひ弱そうな娘は、声一つあげなかった。
 男は不愉快そうにメリィを眺める。
 執行役の男がしゃがみこんで少女の背を確認する。
 そこには確かに封印の跡、マデラを内包した星が二つ浮き出ていた。
 フロウはそれを、身じろぎもせずに凝視している。
「バルデアス、主も冷たいの。曲りなりにも弟子であろうに」
 先ほどの男が愉快そうにフロウをたしなめる。
「弟子だからこそ、ですわ、ロードジルコニエ」
 寒々しい微笑を浮かべて、男の相貌を見つめた。
 白髪に太い眉。鷲鼻に目の窪んだ狡猾そうな初老の男。
 実年齢よりも精力的に見える。
 メンデス=ハザウェイ―――冠位ジルコニエを戴く法王に次ぐ権力者にして元老院最大派閥の長である。
 最下位のロードの刑執行に元老院のお偉方と、そのお気に入りが立ち会うなど、本来ならばまずありえない。
 師であるフロウは別としても、この事態は異常だ。
 おおかたフロウの呪で、なかったのにあったように見せかけられるのを恐れての事だろうが、そんな心配をするだけ無駄と言うもの。
 その様な下手な立ち回り方をするくらいなら、執行後に封を解いてやった方がよほど楽だ。
 もちろん、そんな事をする気もないが。
「では、解散としようかの」
 楽しい見世物は終わった。興がはければ長居は無用。
 老人特有の緩慢な動きで、ささやき声に混じる楽しげな笑い声を残しながら誰一人として少女に見向きもせずに去って行った。
 最後の者を吐き出した扉が閉まるのを確認して、フロウは弟子に駆け寄った。
 あわれメリィは小刻みに震えながら、まるで価値のないゴミのように転がっていた。
 弟子の半身を抱き寄せる。
「よく頑張った・・・」
 血色の抜け落ちた顔を覗き込んで呟く。
 額を覆った粘りつく汗を、フロウは気にもとめずに濃紺のローブの袖でぬぐってやる。
 再びそっと床に下ろし、ローブの内側から杖を取り出した。
 メリィの上に星を描いて最後の点から一気に杖を振り下ろす。
 横たわった姿は跡形もなく消え失せた。
 あとはオルソワがちゃんとやってくれるだろう。
 フロウはその場でだらりと両手を下ろした。
 俯く。永く伸ばした黒髪が揺れる。
 左手で両目を覆う。
 すぐに手を離し、毅然と顔をあげて歩き出した。
 もちろん涙は出なかった。



 ※諸事情により、ロードジアモンド→ロードジルコニエへと変更になりました。申し訳ございません。



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