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category翼の刻印編 第2章

1・子守唄

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 父なる大地に守られて 
 母なる大気に抱かれて
 澄んだまなこをお閉じなさい
 夢の世界に落ちたなら 
 かわいいおまえ安らかに
 いとしいおまえ幸せに
 光の元へ着けるよう
 おまえのそばで見守っているよ
 安らかにおやすみよ
 幸せにお眠りよ
 健やかなる朝の光に
 溢れんばかりのくちづけを
 



 朝の光が瞼を透かして抜けていく。
 眩しさに、眉間を寄せる。
 ゆっくりと瞼を開いて、宙を仰ぐ。
 それは、見慣れた光景だった。
 天蓋の内側の木目―――そう、自分に与えられた部屋の寝台の上だ。
 横たわったまま今日は一日何をしようかと考えて、はっと眼を見開く。
 そうだ、己は刑場に引き出され、刑の執行を受けたのだ。
 あれから、何日たったのだろう。
 考えていても始まらぬので、メリィは起き上がろうと手に力を込めた。
 刹那、体中を引きつるような痛みが走る。
 痛みに耐えながら緩慢な動きでようやく半身を起こして、息をついた。
 何もせず起き上がっているだけなのに、それだけでもつらい。
 支えなしでいるのに苦痛を感じて、頭板まで尻を引きずった。
 枕を腰元に入れ込んで、ようやく少しだけ楽になった気がする。
 ふと、枕と尻の隙間に硬いものが当たるのを不思議に思って手をやると、指先に冷たい感触が触れた。
 持ち上げてみると、それは呼び鈴だった。
 オルソワが気を利かせて枕もとに置いて行ってくれたのだろう。
 彼女の気遣いに感謝しながら、改めて部屋の中を見渡した。
 寝台横に置かれた脇机の上には、水色の液体が入った瓶と水の入った桶が置かれている。桶の中には白い布が沈んでいた。
 熱を出していたのだ、と理解して、そこでようやく師に言われた事を思い出していた。
 なるほどこれでは無理は禁物だ。
 そこへ、そっと木戸を開けて入ってくるオルソワを確認した。
 起きているとは思わなかったのだろう、メリィの姿を確認するや、一瞬驚いたような表情をみせると足早にやってくる。
「メリィ様、あまり無理をなさってはいけません」
「ごめんなさい、今起きたんです」
 手にした銀盆を脇机の空いた部分に押し込む。上には水差しと杯が置かれている。
 メリィに向き直ったオルソワの手が、額にそっと押し当てられる。
「熱はないようですけれど、もう少ししたらちゃんと寝て下さいまし」
「はい。・・・私、何日眠っていました?」
 水差しから杯に水を注ぎながら、オルソワは口を開く。
「三日でございます」
 水が満たされた杯を、メリィに差し出した。
 メリィはそれを受け取って口をつけた。
 三日ぶりに飲んだ水は、今までに口にしたどの蜜よりも甘く感じた。
 口にしてみれば、随分と自分は乾いていたのだと自覚する。
 喉を通る痛みよりも、乾きの方がより強かったとみえ、渡されたそれをゆっくりではあるものの全て飲み干して一息ついた。
「もう一杯お飲みになられますか?」
「いいえ、充分です。ありがとう」
 オルソワは頷いて、空の杯を受け取った。
 それを銀盆に戻してから、メリィを床に促す。
 オルソワの助けを借りて、再び寝台に体を横たえた。
 瞼を閉じると、身体が泥のように沈んでゆくのを感じる。
 眠りに落ちる間際、木戸の閉まる音が聞こえた。
 

 父なる闇夜に守られて 
 母なる月光(つきひ)に抱かれて
 澄んだまなこをお閉じなさい
 夢の住人に会ったなら 
 かわいいおまえ安らかに
 いとしいおまえ幸せに
 小さな手を引いてくれるよう
 おまえのそばで祈っているよ
 安らかにおやすみよ
 幸せにお眠りよ
 清清しき朝の光に
 零れんばかりのくちづけを


 幾度かの眠りと目覚めを繰り返し、ようやくまともに起き上がれるようになったのは、刑執行から七日後の事だった。
 オルソワの献身的な介護と師の薬のおかげで、体中を巡る痛みはすっかり引いた。
 寝台の上でオルソワの運んだスープを食べながら、浅い眠りの淵で聴いた子守唄を思い出していた。
 あれは、夢だったのだろうか。
 それとも、忘れてしまった記憶だろうか。
 けれど、何度記憶を探ってもメリィには子守唄を聴いた記憶がなかった。
 そもそも、母が歌う姿すらメリィは知らない。
 
 昨日ネ、眠レナカッタラネ、オ母サンガオ歌ヲ歌ッテクレタンダヨ
 私ハ本ヲ読ンデモラッタヨ
 僕ハオ母サンガ一緒ニ寝テクレタ

 年の近い子供達の、幸せそうな、誇らしげな笑顔。
 過去の記憶の発掘は、否応なく己を暗闇の淵へと追い詰める。
 手にした匙がずっと止まったままなのを見て、オルソワはメリィの面を覗き込む。
「もう、お止めになりますか?」
 オルソワの声に、意識が引き戻される。
「ああ、ごめんなさい・・・少し考え事を」
 オルソワはそれに頷いてそれ以上は何も言わなかった。
 メリィは残りのスープを平らげ薬を飲んだ後、意を決して口を開く。
「オルソワさん、こんな歌を知っていますか」
 メリィは夢の中で聴いた唄を歌った。
「子守唄・・・でしょうか。でも、この辺りのものじゃないかもしれません。
 私の先祖は代々この地の者ですけれど、子供の頃によく聴いたのとは、歌詞も旋律も違うようです。・・・それが、どうかなさいましたか?」
 不思議そうに問うオルソワに、取り繕った笑顔を浮かべて両手を振った。
「何でもないんです、気にしないで」
 オルソワからすればかなり見え透いていただろうが、彼女はいつものように無関心を決め込んでくれた。
 思えば二人を殺したあの日から、ずっと彼女に世話になっている。
 素性も事情も知れないメリィを、彼女は主と同様に扱ってくれる。
 オルソワは、己が深い事情や秘密を抱えていることを、きっと気付いているのだろう。
 だから、自分が話したがらない事柄を、あえて追求するようなことはしない。
 メリィには、それがとてもありがたかった。
 過去と向き合い、自分の内側を直視するのは、正直今でもつらい。
 まして、自分の過去を包み隠さず人に伝えるだけの勇気が持てない。
 罪を償えば、そこから何かが開けていくような気がしていた。
 けれど、やっぱり踏み出せない自分が居る。
 考えていたようなゴールとスタートではないのだと、むしろ正反対なのだと感じていた。
 メリィは、少しも好きになれずにいる自分を、虚しく思った。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学