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category翼の刻印編 第2章

2・岩窟

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 数日後、体力も回復したメリィは元老院へ向かって歩いていた。
 オルソワが用意してくれた白いローブの裾が歩む度に揺れる。
 法王に面会するのだから、正装するのは当たり前だが、ローブを着るのはいつ振りだろう。
 しかも、前に着たものとは別のものだ。何でも、師フロウが学生時代に着ていたものだとか。仕立てが良いからなのか、それとも保管が良いからなのか―――おそらく、その両方なのだろう―――着古した物とは思えぬくらい状態が良かった。
 ローブの袖から出ているその手には、療養中に届いていた元老院入館許可証が握られている。
 法王の自筆の手紙と共に届けられたそれは、何の変哲もない一枚の紙片でしかなかった。
『元老院への入館を許可す』と簡潔に記載されたその下に、法王の筆跡でレザン=スピングとサインが入っている。それが、法王の名だ。
゛ディアマンテ″と記さぬ辺りに、法王の人柄を感じる。
 手紙には、まずメリィの体調への気遣いが書かれており、急がずにゆっくり静養してから法王居室を訪ねて欲しいと括られていた。
 法王自筆の手紙が届くこと自体に驚いて、その内容に更に驚いた。
 自分にとっての法王は遥か高みの存在で、それにもかかわらず旧知の友に送るような親しみのこもった手紙を書いてくれた。
 メリィはそれがとても誇らしく、うれしかった。
「早くお会いしたい」
 呟いて、その時を想像する。
 まずきちんとご挨拶をして、それから、どんな話をしよう。
 教えを請えるなら、法王様の話をずっときいているだけでも良い。
 それとも、師ロードライトのように厳しい講義になるだろうか。
 考えているだけで、胸が躍る。
 無意識のうちに早足になる自分に気付かぬまま、メリィは疲弊した街並みを通り抜けて行く。
 元老院はセルジアンゼル法国の首都マデヴィスの中心部にある。周辺にはロード登録所本部・ロード養成所・香薬所・監査院などが軒を連ねる。
 法国は実に単純なつくりをしている。
 国土はほぼ円形で、その中心が政治関連施設。
 それを取り囲むように政治従事者の邸宅、それ以外の国政従事者、富裕層、市街地、商業施設、中所得層、貧困層へと広がって行く。
 色分けして円を描けば分かるように、貧困層が圧倒的に多いのだ。
 首都は文字通り国家の中心、にも関わらず街並みは精彩を欠き、建物は疲労し、人々には活気がなかった。
 マデヴィスでさえこの有様なのだから、他は推して知るべしだ。
 容易に埋めることの出来ない格差と貧困が、この国を蝕んでいる。
 突き固められただけの埃っぽい道程を、踊るような足取りで歩ききって目的地に到着した。
 何度か通った事があるが、今回が一番短かった気がする。勿論、気分だけだが。
 石造りの階段と、そびえるような柵状の門扉が見える。門扉の両側から、広大な敷地を取り囲むように石塀が繋がる。
 階段の一番上には、門番が二人立っていた。
 メリィはその前に立ち尽くしてそれらを見上げていたが、意を決すると階段を登り始めた。
 階段そのものはそれほどの段数ではないので、すぐに門までたどり着く。
 本来ならこの場所に来ることすら許されないような少女に、門番は明らかな不審の色を見せる。
「君、ここは簡単に入れる場所ではないのを知っているのか」
 メリィから向かって左側の男が言う。
「許可証をもらっています」
 メリィはそう述べて、大事に握っていたそれを差し出した。
「これは・・・」
 紙片を受け取った門番は、その記載に驚いた様子を見せた。
 ためつすがめつしたあと、右側の門番と小声で話し始める。
 メリィに背を向けて話しているので、内容はわからない。
 なすすべなくしばらくそのまま待っていると、二人揃ってくるりと向き直る。
 左の門番は許可証を顔の高さまで持ち上げ、口を開く。
『カント』
 紙片に火がつく。
「あ・・・」
 そしてそのまま、手にした許可証を燃やしてしまった―――かに見えた。
 しかし、確かに火が着いたように見えたそれは、その形を変えぬまま男の手に残されていた。
「確かに本物のようだ。どうぞお入り下さい」
 門番はそう述べると、許可証をメリィに差し出した。
 メリィはそれを受け取ってみて驚いた。
 その中央には、法王の固有紋――アイオート――が発光して浮かび上がっている。
 ロードの最高峰、冠位者ともなれば、それぞれが固有の紋を持つ。
 冠位者はそれぞれに管轄の部署を持ち、政務を行うため、決済時に必ず紋が必要になる。
 古には自筆での署名をしていた事もあったようだが、容易に偽造ができるため、今では紋を刻むのが当たり前になった。
 アイオートとは、この国ならばどこででも見かける雑草だ。
 植物が上手く育たないこの地でも、その強い生命力で繁殖し、年間を通して水色の小花を咲かせる。
 紋は戴冠時に自分で好きなものに決めることができるため、動植物や神獣を模した物、古代語、家紋に至るまで人によって様々だ。
 ローブ同様権威の象徴ともいえる固有紋に雑草を使用するのは、現法王以外において後にも先にも例がない。
 面食らって止めようとした周囲に、「懸命に生きようとするたくましさこそが美しい」と述べたという。
 蛇足ではあるが、メリィの師フロウの紋はバルデアス家の家紋【双架杖――二本の杖を斜めに交差させたもの】で、シェルビーの紋は【シャトヤンシー――中央大陸秘境に棲息する群生蔓草】である。
 メリィが驚いて許可証を凝視している間に、門番二人は重い門扉を開きにかかる。
 金属のこすれる嫌な音を響かせながら、内側に向かってゆっくりと開かれて行く。
 メリィ一人が余裕で通れるほどの幅まで開いて、門番は動きを止めた。
 どうやら、これで通れということらしい。
 無理もない。見るからに重そうだから。
 メリィは無言で頷いて、その間を通り抜けた。
 踏み込んだその先には、広大な庭園が広がっている。
 個人宅では大きいはずのバルデアス邸でも、ここまでは広くない。
 下界との格差を感じて、眉根を寄せた。
 まるで、ここだけは別世界だ。
 それを、悪趣味だと感じてしまった己は愚かなのだろうか。
 綺麗に掃き清められ、砂埃一つない石畳を一直線に歩く。
 庭園内を歩きながら、眼前に見えている大きな建物を目指す。
 しばらく歩いていくと、そこで初めて見知った景色に遭遇した。
 半月前の新月の曜日、刑執行に際して男に連れられてたどり着いたのがこの場所だったのだ。
 前回は男の後ろについてゆくのみだったが、今日は自分の手で扉を開く。
 木戸の蝶番が寂しげに悲鳴をあげる。
 中に入って後ろ手に扉を閉め、歩き出した。
 相変わらず、薄暗い岩窟のような通路だ。
 石造りの廊下に、メリィの足音だけがコツコツと響く。
 あの日は細部まで見る余裕もなかったが、歩を進めながら改めて視線をめぐらせた。
 左手はほぼ全て壁に覆われ、見上げた天井は高い。
 真っ直ぐに伸びた廊下の先は、随分と長く続いている。
 右手は等間隔に木の扉が並んでいる。
 扉と同じ間隔で、左手の壁の高い所に嵌め殺しの窓が並んでいた。
 光源はそれだけなのだから、薄暗いのも当たり前かもしれない。
 随分と歩いているが、一向に景色は変わらなかった。
 おかげで前回入った部屋がどこだったのかも、見分けがつかない―――そこに用事はないので、別段困るわけではないのだが。
 法王居室はこの廊下の突き当たりだ。出掛けに調べてきたので、それだけは分かっている。
 しかしなんと広大なのだろう。
 元老院は政治の中枢だ。それは冠位者だけで構成されているのだが、総勢で二十名ほど。
 どうしてこんなに部屋が必要なのか、疑問を感じる。
 つらつらと考えながら歩いてゆくと、ようやく廊下の終点に突き当たった。
 そこにまた両開きの木戸がはまっている。おそらくここからが法王居室だろう。
 メリィは息を吸い込んで、木戸を叩いた。
 しばらく様子を伺うと、中から返事が返ってくる。
「お入り」
 木戸の向こう側からなので若干小さめに聞こえたが、声は穏やかだった。
 少し緊張気味に取っ手を引き、中に入って扉を閉めた。
 振り向いて、俯きがちに一礼する。
「メリィ=ラトバルクです。法王様、拝謁いただき、ありがとう存じます」
 更に続きを述べようと一息吸い込んだところで遮られる。
「よいよい。堅っ苦しいのはあまり好まぬでな」
 メリィはきょんと面を上げる。
 視線の先に、薄緑色の簡素なローブを纏った老翁が立っていた。
 ゆるい癖のある白髪を肩まで伸ばし、眉もひげも同じく長く、それらに埋まるようにして薄茶色の瞳と口元が笑みをたたえている。
 顔も袖から出た手元にも深いしわが刻まれては居るものの、背筋はピンと伸び、血色も良かった。
 そこに居ながらにして、この国にしっかりと根を張った、樹齢を重ねた大木を思わせる。
「こちらへ」
 法王の手招きに頷いて、メリィはその近くに歩み寄った。
「おお、ほんによう似ておる。アリィの若い頃を思い出すの」
 少女の顔を覗き込んで、法王はそう述べた。
 メリィはその言葉に、一瞬耳を疑う。
 今、アリィと言わなかったか。
「母を・・・ご存知なのですか?」
「うむ、浅からぬ縁がある。それについてはおいおい話すゆえ」
「はい」
 まさかこんな所で母の名を聞く事になろうとは。
 釈然としないまま、メリィは法王を見つめていた。



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