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category翼の刻印編 第2章

3・先生

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 「立ち話もなんだでな、座ってお茶でも飲もうかの」
 そう言って法王は隣の続き部屋へと向かって歩いて行く。くりぬかれた入り口には、扉がなかった。
 メリィは黙ってそれに従う。
 踏み込んだ部屋には、見たことのないものが所狭しと並べられていた。
 まず最初に眼に飛び込んできたのは大きな天体儀。
 太陽から4番目の星、エギナ。物事の始まりを古代語でエギナと表記するのは、この大地の創生が、この星に生きるもの達の始祖(はじまり)であるから。
 エギナから離れて月が。その月の近くにまた小さな星。月の周りを巡る月だ。今は月の裏側に入っているこの星が巡ると、夜には月が二つ輝く。
 ついで、やはり大きな本棚。書物が隙間なく埋められている。
 その隣には、小さな引出しがいくつもある物入れ。
 両袖机に丸卓、調合用の天秤や何かが保存された瓶などなど。
 壁面の大部分を大小様々なものが覆い隠しているから、天井の近くまで見上げないと地壁が見えないほどだ。
 法王は丸卓を指し「ここにおすわり」と呟いた。
 そのまま室内をごそごそと動き回る。
 メリィは言われた通りに丸卓につき、法王の動きを見つめる。
 お茶を飲もうと言った法王は、おそらくその準備をしているのだろう。
 本来ならメリィがやるべき事だが、勝手が分からぬこの部屋で、自分がやるとは言い出せなかった。
 それ以上に、ガチガチに緊張してしまってもいた。
 やがてお茶の道具一式を持ってきて、法王も空いた席に腰を下ろす。
「すまぬな、いつ来るか知らざったでな。準備しておらんかった」
「そんな・・・法王様、もったいのうございます」
 法王は埋もれた目を驚いたように見開いて、すぐにかかかと笑った。
「法王様・・・なんて言われた日には、背が痒うて仕方ないわい。わしゃただのジジだで。お前さんより少々長う生きとるだけにすぎぬ」
「はぁ・・・」
「わしゃお前さんの師のそのまた師であるな。よってお前さんの師と言っても良いわけじゃ」
 メリィは言葉の真意を受け取りそこね、苦悶の表情を滲ませる。
「こういう場合はの、レザン先生と言うのじゃよ」
 レザンはそう言って穏やかに笑むと、手元にあったポットを引き寄せて瓶から茶葉を適当に移し入れた。
 湯を注ぐこともなく蓋を閉め、右手の人差し指でポットをポンポンとたたく。
 するとポットの注ぎ口と蓋の穴から湯気が立ち上る。
 メリィは驚き、目を瞬いた。
 年若い生徒のその様子が面白かったのか、レザンは更に笑みを刷く。
 二つ用意された質素な杯に茶を注ぎいれ、その片方をメリィに寄越す。
 メリィが申し訳なさそうに小さく礼を述べると、レザンは気にした風もなく頷いた。
「で、お前さん・・・メリィはこれからどうしたいかの」
 相変わらず口調も表情も穏やかな老爺から、予想外の質問が投げかけられる。
 メリィは思ってもみなかった言葉に、少し思い悩む。
 しばらく考え込んで、口を開いた。
「ロードになれば、この力も何かの役には立てるかと思っていました。けれど・・・」
「もう、使えなくなった・・・と言いたいのじゃな」
「はい」
 ふむ、と呟いてレザンは茶をすする。
「呪が使えぬなら、ロードにはなれぬなどと思うでないぞ」
「え?」
「ロードとは、何者であるのかの」
 じっと瞳をみつめられる。
「人々を救う者・・・ですか」
「大きく括れば概ね間違いではないの。しかし、メリィが言うておるのは生業のことであろ?」
 こくり、と頷く。
「ロードとは、何者でもない。中身はただの人だの。わしも、そしてお前さんも」
「そんな、レザン先生は尊い方です。私は・・・化け物、です」
 涙があふれてしまいそうだった。けれど、それが真実。
 逃げる事はできない。もう充分に逃げた。
 眼をそらして、耳を塞いで、後ろを向いて、その結果―――代償はあまりに大きかった。
 俯いたメリィの頭に、あたたかな手がそっと載せられる。
「人に序列などあるまいよ。お前さんが化け物と言われるのは、力の扱い方が分からぬ故じゃ。誰しもみな生まれたときは赤子だの。食べることも、歩くことも、喋ることも、みな訓練せねばならぬ。それと同じだけであると、わしは思うがの」
 染み入るような言葉に、メリィの瞳から涙が零れ落ちた。
 それを拭いながら、メリィは必死に涙をこらえる。
 どうして泣く事が許されよう。
 泣く位なら、もっと運命に抗えば良かったではないか。
「呪の力を人々の役に立てたい、助けになりたいと思うのであれば、このままロードでいるがよい。けれど、ロードでなくては人助けができぬ、というのは誤りだの。お前さんが望むままに、好きにしたら良いのじゃ」
 涙混じりの鼻声で、メリィは
「はい、レザン先生」と答えた。
「ここには誰も責めるものはおらぬ。泣くが良い。
・・・封ずることができるなら、解くこともできよう。真実メリィが望むなら、いつか封がとかれる日もこよう」
 生きていて良いのだろうか、と何度も思った。
 答えがでる事もなく、その想いをずっと胸の片隅にしまって生きてきた。
 誰かに認められることが、こんなにも心を満たしていく。
 自分にこの恐ろしい力があるのを知っているのに、人であると、皆と同じだと言ってもらえる。
 レザンの言葉に、堰を切った涙は止まらなくなった。
 メリィの苦しみは少し昇華され、心は幸せに満たされていた。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学