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category翼の刻印編 第2章

4・尊き子

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 どれくらいそうしていただろうか。
 やっと涙の収まった目元を拭って顔を上げると、そこには師の穏やかな眼差しがあった。
 メリィの涙が止まるまで、レザンは何も言わずに見守っていてくれた。
 ふと我に返ると、それがとても申し訳ないように思える。
 メリィは恥じ入って、また俯いた。
「申し訳ありません、取り乱してしまって・・・」
「若人(わこうど)は、泣ける時に泣いておかねばの。そのうち泣きとうても泣けぬようになる」
 またもレザンの言葉の真意を量りかね、メリィは目線をさまよわせた。
 天窓から射す光が、燦々と室内を満たしている。
 メリィのその様子に、レザンは眼を細める。
「無垢なる赤子はよく泣くな。そして育つと共に涙を忘れる。老いて行く、とはそういうことかもしれぬ。傷つくごとに強うなり、いつしか泣くことを弱さのせいにする。泣くことは罪かのように思う」
 余計に混乱し、少女は内心、頭をかかえた。
「気にするな、ジジの戯言じゃて」
 ふふふ、とレザンは笑う。
 メリィには、レザンの言葉は深すぎてよく理解できなかった。
 それでも、いつかは理解できる日がくるだろうか。そう、心に問い掛ける。
「して、母の事であったの」
 予期せぬ言葉に、メリィは反射的にレザンを見つめた。
 その横顔は、まるで遠くを見つめるように宙を仰いでいる。
「その昔トトニコスの山岳地帯の裾野に、ウェナという少数民族が暮らしておった」
 セルジアンゼルを星体儀の最南に置くと、そこから北東方向に伸ばした線が、中央線にかかる部分がある。その位置にセルジアンゼルの面積を約10倍程度大きくした大陸がある。
 東に行くほどに細く狭くなり、いびつな形をしている。
 その大陸のほぼ西北から、大陸中央通って抜けていくトトニコスという山脈群があった。山脈群の切れ目の裾野――大陸でいうと中央からやや南東部分――にウェナ族という少数民族が暮らしていた。
「当時わしゃニ位でな、巡導でそのすぐ近くの地域を回っておった」
 ロードの位は冠位者を筆頭に、すぐ下を一位、順に六位までで構成される。
「ウェナの民はの、月光神アレスを敬虔に信仰する部族じゃ。と言うても、月光神アレスの存在は体系経典には存在せぬ故、自然崇拝から創造された土俗信仰神なのじゃがな」
 この地を創造したとされる神々、神獣から次元の裏側の魔神、魔獣に至るまで、この地に存在する 全てのものは、体系経典という書物に記載されている。
「あるとき長雨が続いて、山がずれてしまうことが頻繁に起こった時期があってな」
 ウェナ族が暮らす谷は、すり鉢状の盆地であった。上方に山脈があるため、他とは隔絶された環境であったと言える。
 特殊な地形であったため他部族からの侵略にあうことも少なく、少数民族が繁栄するには一見してこれ以上の土地ははないかに思えた。事実、その時までおよそ数百年、部族は繁栄していたのだ。しかし、一つだけ盲点があった。
 記録的な長雨が頻発した時期があり、貯水量を超えた山は何度も地滑りを起こした。
「アレスは晴れの神であるな。何故なら、晴れの日にしか月光は射さぬからじゃ。
 では、何故太陽神でなく月光神を信仰するのかというと、それは盆地が熱をためる性質があるからじゃ」
「ただでさえ暑いのに、太陽神など信仰して日照りが続けば生活は立ち行かない。けれど、作物の実りには晴れの日は欠かせない、という訳ですね」
 飲み込みの良い生徒に、レザンは頬を緩めた。
「さよう。じゃが、実りの季節に長雨が続く。あげく頻繁に山はずれる。
 月光が射さぬのは・・・つまり、晴れぬのは、アレスが怒っておるからだ、とウェナは思う」
「それは・・・。大地の創生以来、神々は沈黙したままだと。
 山がずれるのは、事象に対する当然の結果というものでしょう?」
「そこが、少数民族の純粋さであり、怖さでもあるな。他民族との交流が極端に少ない故、事象に対する結果という概念がない。人知で解さぬ事柄に・・・殊更自然現象には神の意志と決め付ける」
 世界には様々な種族、民族がいる。
 セルジアンゼルはその国政故に他民族との交流が極端に多い。
 他文明を吸収し、知識を増大させることで国を保ってきたと言っても過言ではない。
 天からの恵みの雨は、山や地下に蓄えられ、河や井戸に注がれ、人々はそれを使い、後に気に還って天に昇って行く。だが、貯水面積に限りがある以上、限界値を超えれば溢れる。その時点で循環は破綻する。
 この国では、そんな事は皆がそういうものだと知っている事柄だ。
 しかし、その常識は一体どこからきたのだろう。
 メリィとて、教えてもらわねば、それが神の仕業であると思ったかもしれない。
 そう思うと、メリィは少し怖くなった。
「ウェナは、アレスの怒りを鎮める為に、贄(にえ)を用意したのじゃな」
「まさか・・・」
 メリィは利き手を口元に当てた。
「ウェナ族では銀色は月光色と同じであると定義されておる。銀髪を持って生まれたお前さんの母は、尊い子供であったのじゃな。故に、贄として選ばれたのは必然であったのだ」
 レザンはそこで、ため息を一つこぼした。
 メリィは絶句し、次の言葉が見つからない。
 しかし、その母が何故死ななかったのだろう。
「トトニコス山脈には貴重な薬材があってな。ロードの合間に採集しようと歩いておるところに、幼子の泣き声が聞こえた」
 それは、ほんの思いつきでしかなかった。
 わざわざ大雨の降る最中、薬材を採集しなくても良かったのだが、神経鎮痛薬に使う菌類が手持ちに少なかった。それは、トトニコス山脈と、別のもう一箇所でしか摂れない種で、金さえ出せば手に入れられるが、せっかく近くまで来ているのだしと山へ飛んだ。
 しばらく歩き回ったところで、ウェナ族が神木とする―――月光神アレスが降臨すると考えられている―――大樹の根元で、そこに括りつけられた幼女を見つけた。
「わしゃ未熟だったで、その子が贄だとは思わんでな。親を探そうと連れて山を降りた。恥ずかしい話じゃが・・・捨て子じゃと思うての」
 着衣がまだ乾いていたので、きっと親はまだ近くに居る筈だと思い、探しながら山を下った。なんとか思いとどめて欲しいと願いながら。
 幾時間もかけて下山し、ようやく裾野が見えるかという所でレザンは驚愕の光景を目にすることになった。そして、その先に歩いて進む事は叶わなかった。
「裾野の手前から大規模に山が滑った後での・・・土石流が裾野を押し流して、人里は陰も形もなくなっておった」
「それでは、母だけが?」
「かろうじて数人生き残ったものがおった。贄の話はそれでわかったのじゃな。
 もちろん、アリィの親ではなかったから、この国の施設に預けた。わしゃ独り身だったでな、アリィを育てることはできなんだ」
 レザンはそこで言葉を切って自嘲気味に笑う。
「無責任な話じゃがな」と呟いた。
 最後まで、愛を感じられぬままだった母の過去に、そんな重大なことがあったなどとは夢にも思わなかった。
 メリィは何かを言おうと口を開いたが、結局何も言葉にはできなかった。



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