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category翼の刻印編 第2章

5・招かざる客

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 メリィは何と切り出して良いものか分からず、言葉に出来ないものを何度か飲み込んだ。
 気詰まりな沈黙を先に破ったのは、レザンであった。
「話は変わるがの、お前さん今日からわしの郷里で暮らしてみぬか」
 師の話はどれもこれも皆唐突だ。
 けれど、いたずらに意味のない事は言わないというのをメリィはこれまでの会話の中で学んでいる。
 レザンがそうせよと言うのなら、きっとそれは己にとって意味のあることなのだろう。
「レザン先生がそうおっしゃるなら」
「不本意であったかも知れぬが、これも良い機会だと思うのじゃ。稀な力を持って生まれた故、今まで知らずに過ごした事も多かろう。人の営みとはこういうものなのだ、と知る事はお前さんの糧になるはずじゃ」
 確かに、翼骨を封じれば呪が使えなくなると言われて残念な気もしていた。けれど、それは裏を返せばあの忌まわしい力も封じられるという事なのだ。
 ならば師の言う通り、良い機会なのかもしれない。
 火憑きと呼ばれるようになってからは、何年も他人とまともに接することが出来なかった。話すことはおろか、目を合わせることすら避けられていたから。
 それに、メリィは気付いている事がある。
 人の思考が流れてくる事がなくなったのだ。
 何か遮るもの――衣類や手袋――があれば良いのだが、生身で直に誰かに触れたり触れられたりすると、その者の思考を透視てしまう。
 それが、刑執行後はぴたりとなくなった。
 オルソワに子守り唄のことを聞いてみたのも、もしかしたら彼女の思考を無意識に透視てしまったのかと思った事も理由の一つにあったからだ。
 しかし、先ほどレザンの手が頭に触れた時にも、何も感じなかった。
 新しい場所で一から人との繋がりを作ることができるなら、それは願ってもないことだ。
 もしもこの力がなかったら、と何度も思った。そして、思いがけずこんな形で、それが叶う。
 きっと何の後ろ暗さも感じず、人と接する事ができる。
 不安がないと言えば嘘になる。けれど、期待の方がずっと大きい。
「なに、心配要らぬでな。こことあちらを行き来できるように繋ぐゆえ、毎日ここに勉強に来て、それが終わればあちらに帰るというだけじゃ。お前さんはわしの妹と寝食を共にすることになるが・・・嫌かの?」
 ずっと返事をせずにいるのを否定の意味に受け取ったのか、心配そうに訪ねてくる。
 そんなレザンの優しさが、無償にうれしい。
 メリィは慌てて頭を振った。
「あまりにうれしすぎて、何と返して良いか分からなくて・・・よろしくお願いします」
 メリィは心からの感謝を込めて、頭を下げた。
 老爺はそれに満面の笑みをこぼしながら、満足げに頷いた。
「では、早速行こうかの」
 言うが早いか、レザンは席を立った。そのまま踵を返して歩いて行く。
 メリィは黙ってそれに従った。
 石畳の廊下に続く部屋へ入り、そのまま真っ直ぐに歩いて行く。
 その先にまた部屋があるようだ。今まで居た部屋と同じく、そこにはくりぬかれた入り口があった。もちろん、扉はない。
 レザンに続いてそれをくぐると、そこはまるで小さな図書館のようであった。壁面全てが本で埋め尽くされている。部屋の大きさは先ほどの部屋とほぼ同じ。おそらく間取りは左右対称に作られているのだろう。一つだけ違うのは、天窓のない代わりに、部屋の中央に螺旋階段が伸びている所だ。
 レザンの足がその一段目にかかる。
 繊細な細工が施された金属製の手すりにつかまりながら、上へと登って行く。
 踏み板が二重に反響しながらカツンカツンと冷たくこだまする。
 最上階へ登りきると同時に、メリィは感嘆のため息を漏らした。
 そこには階下の部屋とは比べ物にならないほどの陽光が満ち溢れていた。
 ドーム状に造られた半透明の屋根から射す光は、螺旋階段を貫いて階下にも注がれている。なるほど図書室――とメリィが勝手に決めた――までもが明るい訳だ。
 壁に沿って寝台や物入れ、寝椅子、小さな書き物机などが置かれている。
 どうやらここは、真の意味での法王の私室の様だ。
 寝椅子と書き物机との間に、何も置いていない部分がある。
 レザンはその白く塗られた壁の前に立った。
 それを見て、階段を登りきったところで呆然としていたメリィは、慌てて側まで近寄る。
 翁はローブの内側から杖を取り出した。
 素材は木で、よく使い込んでやけている。やや長めのそれは、持ち手の部分と先端が金属のようなもので補強されている。メリィのもう一人の師フロウの杖は軸部分が全て金属で出来ており、水晶やレリーフなどで派手に飾られているが、レザンのそれはいたって簡素なものであった。
 持ち主によってこれほどの違いがでるのだと、メリィはしみじみと思った。
 杖の先が、白壁に光を灯して行く。古代語の羅列。複雑な図形。
 レザンは手早くそれらを描ききって、中空で杖を十字に切る。
『グロウク』
 レザンのその一声が合図だった。発光していた呪が壁に吸い込まれるようにして消えると、そこには木の扉が出現していた。
「レザン先生・・・これは一体」
 新米生徒の驚きの声に顔だけ振り向くと、師は薄く笑いながら口を開く。
「この扉は、お前さんとわしにしか見えぬようになっておる。もっとも、お前さんが見ている扉とわしの見ている扉は違う意匠かも知れぬがの」
「せ・・・先生?」
「次元を固定してこちらとあちらを繋いだのでな、いつでも行き来できる。・・・あまり使うてはならぬのだが、まぁ、これくらいなら均衡も崩れぬじゃろ」
 そう言って、はははと笑う。
「メリィとわしだけの秘密じゃぞ?」
 師はいたずらをした少年のように楽しげに笑いながら、少女に向かって片目を瞑った。
 メリィは面食らって師の顔を見つめながら、訳も分からぬまま頷いた。
 レザンは扉の取っ手に手をかけ、それを一気に引っ張る。
 扉の内側は不気味な程に真っ暗で、その先に何があるのかは窺い知ることができなかった。
 老爺はそれに躊躇する様子も見せず、事も無げに足を踏み入れると、瞬時にして姿を消してしまった。
 メリィはあっけにとられていたが、はたと我に返る。
 少し怖い気もするが、ずっとそうしてもいられないので、そっと足を踏み入れた。扉の淵に足がかかるのと同時に瞳を閉じた。
 両足が硬い感触をつかむ。
 恐る恐る瞳を開くと、目の前には師の後ろ姿。怖がる事など何もなかったのだ、と胸をなで下ろす。
 視線を巡らせると、そこは何処かの部屋の中だった。
 小ぢんまりとした室内には、小さな寝台や机が置かれている。
「悪いが、扉を閉めてくれぬかの」
 振り向いたレザンがそのように言うので、メリィは後ろを振り返る。
 そこには、開いたままになっている衣装戸棚があった。中はやはり闇(くら)い。
 これでは本来の目的には使えまい。苦笑しながら、言われたとおりにそれを閉じた。
「ありがとう。さあ、妹に紹介せねば」
 レザンはそう言って、部屋に一つだけある本来の目的の為にある扉を開いた。
「ニノ、おるかの」
 扉を引きながら、名を呼ばう。
「はいはい、おりますとも」
 師の向こう側から、幾分か嗄れた女の声が聞こえた。
 レザンの後ろについて行くと、そこにはふっくらとした優しそうな老婆が立っていた。
「ニノ、この子が言っておったメリィじゃ。メリィ、こちらがわしの妹のニノ」
 紹介され、メリィは深く頭を下げる。
「まぁまぁ、愛らしいお嬢さんだこと」
「よろしくお願いします」
 頭を上げると、そこにはレザンによく似た柔らかな微笑みがあった。
 覗き込んだその瞳は、翁と同じ薄茶色だった。



 無事ニノにメリィを引き渡し、レザンは件の扉から自室に戻ってきた。
 ふいに、階下へと足を運んでいる途中で弦を弾くような振動を感じる。
「だれぞ来たな」
 呟きながら、歩を進めた。
 法王居室へと繋がる廊下に、レザンはわざと空間のねじれを髪の毛ほどの厚みで生じさせてある。
 そこを誰かが通過すると、呪を施したレザンだけにそれがわかるようになっていた。
 良くも悪くも、突然の来訪に備えての事だ。
 廊下へと繋がる部屋に一歩踏み込んだところで、誰かが木戸を打ち鳴らした。
「お入り」
 いつものように、穏やかな返答を返す。
 木戸を開いてやってきたのは、瞳にどこか闇さを宿した男―――メンデス=ハザウェイであった。
 レザンに向かって一礼する。
 その相貌に、苦いものが浮かんでいた。
「ディアマンテ様、どのような理由であの小娘に入館許可証をお渡しになったので」
 門番から、法王自筆のサインと固有紋を刻んだ入館許可証を持った者が通ったと報告があった旨を直轄の部下から聞いた。
 詳しく報告させると、それは銀髪の少女だったという。
 先だって翼骨を封印したバルデアスの弟子だとすぐに直感した。
 法王就任以来あれほど弟子を取ることを拒んできたのに何故だ。公平さを欠くと自ら公言してはばからぬくせに。
「バルデアスもウィックもモナセムも一時(いちどき)にロードだと言うでな」
 メンデスは要領を得ぬ返答に、不快感を隠そうともせずにレザンを睨め付けた。
 その手をぐっと握り締める。
「だからとて、貴方が面倒を見る必要はないでしょう。もとより、もうロードですらない」
「ならば余計に面倒を見てやらねばの」
 メンデスの視線を受けてなお、法王の穏やかな眼差しは変わらない。
 その様子に、メンデスの苛立ちは募って行く。
「答えになっておりません」
「母親と引き離して育てることが最善とは思えなんだで、バルデアスに一任すると言うことでわしも了承した。じゃが、人としての尊厳まで奪う事は許しておらぬ」
 その眼差しと口調とは裏腹に、静かでもその言葉には強い怒りが含まれていた。
「すでに身内は死別し、ロードとしての力まで封じては、生きるすべがなかろう。稀なる力を持って生まれたために、他と交わることも出来ず、学ぶべきを学ばずに来た者に、今日から己で立てと何故言える」
「しかし・・・」
「主ら元老院に任せた結果がこれじゃ。もはやこれ以上の無体は我慢ならぬ。特別扱いと言いたいのなら言うが良い。それぐらいしてやらねば、メリィ一人があまりに不憫だからの。ロードでないなら養成所では面倒を見られぬ。師として立つものは全員不在。だからわしが面倒を見るのじゃ。他に異議があるなら申せ」
 法王の静かなる恫喝に、どうして異を唱えられようか。
 メンデスは苦いものをかみ締めたまま、一礼して法王居室を辞した。
 薄暗い廊下をローブを引きずるようにして歩きながら、唇をかみ締める。
「あのような化け物を・・・!」
 法王にはぶつけられない怒りを吐き捨てた。



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