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category翼の刻印編 第3章

1・家族

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「明日から毎日、正午きっかりに授業じゃ。扉をくぐってあちらにくるようにの。
 ではわしは帰る故、後は頼んだぞ、ニノ」
「あら、食事ぐらい一緒に」
「そうしたいのじゃが、色々とやることがあっての」
「相変わらず落ち着きのない人だこと」
 ニノの遠慮のない物言いに苦笑しながら、レザンはメリィに目配せをした。
 一国の王とて、妹にかかればその威光などひとかけらの役にもたたないのだと知って、メリィは少し笑ってしまった。
 若き生徒のその様子に穏やかに目を細めて、そのまま踵を返して帰ってゆく。
 メリィはその後ろ姿に頭を下げる。
 扉の閉まる音を聞いて、頭を上げた。
「さぁ、お昼を食べましょう」
 ニノのその声に振り向いて、メリィは頷いた。
 体躯に似合ったゆったりとした足取りのニノについて行く。
 小さな台所は、メリィの育った家を思い出させる。
 薪をくべて使う石釜や焜炉があり、大きな水甕や調理卓が隙間を埋める。
 薬缶や鉄の鍋や木の食器。調理卓の上の網籠にはパンが入っている。
「私は何をお手伝いしたら良いですか?」
「じゃあ、これを切ってもらおうかね」
 ニノはそう言って、戸棚の中から油紙に包まれたチーズを取り出した。
 それを受け取って食卓に置く。
 振り返ると、ニノがまな板とパン切り包丁を差し出した。
 微笑みながらそれを受け取ると、老女はパンもついでにお願いねと気安い口調でメリィに言う。
 食卓の上でチーズを切り分けながら、メリィは老兄妹の暖かさに心を打たれていた。
 そもそもメリィは人との会話に不慣れだった。
 幼少の頃より家に引きこもり、日中の唯一の話し相手だった母にはあまり構ってもらうことが出来なかったから、感情を表に現すのを無意識に抑えてしまうようになった。
 一通りの読み書きや計算は学校から帰ってきた兄のクロサイトが復習ついでに教えてくれたから、ある程度の会話や買い物などには不自由しないが、人付き合いに関してはおそらくかなり下手な部類に入るだろう。
 だが、今日会ったばかりのレザンやニノに対しては、気詰まりな感じがしない。
 それは、クロサイトと過ごすような心地良さにも似ている。
 家族と過ごすような心安さを与えてもらえる事、そしてそんな自分を許容してもらえる事を、心から感謝せずにはいられない。
 自分に祖父母がいたらこのような感じだろうかなどと考えながら、自分の役割に埋没していった。

 
 師と同じく心穏やかなニノとの昼食は楽しいものになった。
 パンとチーズとスープの昼食を摂った後、ニノを手伝って片付けを終える。
「今日はもう授業がないのだったら、村を案内しようかね」
 片付けが一段落したところでニノが言う。
「そうそう、その格好じゃ動き辛いねぇ・・・下には何か着てるかい?」
 通常ローブだけを着る事はまずない。下に普通の服を着て、上からすっぽりと被るものなのだ。
 だが、天候の良い季節には何枚も着ると暑くなるので、下着の上にそのまま着用することは珍しいことではない。
 今朝は天気が良かったが、暑いという程ではなかったので下には普通の服を着ていた。
「はい、シャツとスカートを」
「じゃあ、前掛けを出してあげようね」
 そう言うと、ニノはメリィが最初に到着した部屋とは別の方にある部屋に入って行く。
 扉のない部屋の奥から小さな物音がして、それからすぐにニノは白い前掛けを持ってきた。
「着替えといで、最初に入った部屋がメリィの部屋だよ」
「ありがとうございます」
 律儀に礼を言う少女に、ニノは頬を緩めながら、
「いいんだよ」と返した。
 幸せそうな笑顔を浮かべながら、使い古しの前掛けを大事そうに抱えて奥の部屋へと歩いて行く少女の痩せっぽちの後ろ姿を眺める。
 数日前に兄レザンがいつものように急にやってきて口にしたその内容が信じられない。

「ニノ、急で悪いが少女を一人預かってくれんか」
「かまいませんけど、どれくらい?」
「正直わしにも見当がつかぬが・・・早くて三月。長くてニ年」
 いつも心配事なぞどこ吹く風で、ふらりと現れては様子だけ見て帰って行く兄が、今日に限っては険しい表情をしている。
 何かあるのだ、と直感する。
「まぁ。・・・何か大事ですか」
「あまり詳しくは言えぬのだがの。娘の名はメリィと言う。およそ考えられぬ過酷な星を背負って産まれての。充分な愛情を受けられずに育った故、心に傷を負っておる」
「わたしなぞが役に立ちますかしら」
 夫を無くして早五年。子供達も独立してニノは悠悠自適の生活をしている。とは言え独居の身だから、少々の寂しさが無いと言えば嘘になる。
 孫のような子供が一人増えるのだと思えば、生活に張りも出てさぞ楽しかろうと思う反面、自分がその少女の支えになれるかどうかは疑問だった。
 自分との生活で、その子の心の傷が癒されるのだろうか。
「村人から忌み嫌われておったでな、極端に人と交わることが出来ずに育った。
 ここでなら、その子の過去を知る者はおらぬから、普通の生活をさせてやれると思うての」
「忌み嫌われてって・・・」
「呪気が強すぎての。強すぎる力は紙一重じゃから」
 複雑な表情を浮かべるニノに、レザンは穏やかな眼差しを向ける。
「先だって呪を封印したのじゃ。故にもう普通の子じゃよ。
 あまりの苦しみから一度心が壊れてしもうた。もっと早うに封じてやるべきじゃった。わしが躊躇うたばかりに、むごい事をした」
 苦いものをかみ締めるように言葉を紡ぐ兄を見て、ニノは心を決めた。
 時の巡導師に見出されて兄が家を出たのは、ニノが八才になったばかりの頃だった。
 四つ上の優しい兄はどこか浮世離れしていて、一見して何事もなく見える家畜の体調が悪いだの、晴れているのに天候が荒れるだのと急に言い出すような少し変わった子供だった。
 けれど、兄の言うことは外れたことがなかった。村人はそれからレザンを神童扱いするようになったが、今思えばあれが呪気というものだったのだろう。
 やがて歳をとって巡導師としての地位が上がり、何やら大層な位をもらったと聞いた時には驚いたものだ。にも関わらず、それから十年足らずで今度は王になったと言うから腰を抜かしそうになった。
 家を出てもう半世紀以上もたとうというのに、いつ頃からか村の為に使えと大層な額の金を置いてゆくようになった。
 地位が上がればそれだけ多忙になり心労も増すだろうに、いつも兄はそんな事はおくびにも出さずに帰ってゆく。
 その兄がこのような顔をしているのだ。助けになるならば喜んでその子の面倒を見よう。それが家族というものだから。
「何かあったら責任はわしが取る故」
「あら水くさい。わたしなんかで良いのなら、喜んで面倒をみますとも」
 ふっくらと笑う妹の横顔に安堵しながら、レザンは頷いた。
「すまぬ。頼れる者がお前しかなくて」
 そう、搾り出すように呟いた兄。

 事情はレザンから聞いていたから、言葉少なく、はにかむように笑う所に違和感はない。
 左右の瞳の色が違ったり、見事な銀髪を持っていたりするところなどは確かに珍しいが、それだけで後は本当に普通の娘だ。
 話していてもおかしいところはないし、何よりきちんと挨拶もできて礼も言える。
 あんなに愛らしく、礼儀正しい普通の娘が、心に深い傷を追っているなどとは、レザンに聞いていなければ考えもしなかっただろう。
 どんな事情があったのかは知らないが、ここにいる間は心安らかに過ごせるよう、大切にしてやろうとニノは思った。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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